第三話
祖母の先見はよく当たる。
日頃の生活の中でも、その能力の一部を垣間見ることは多々あった。
雲一つない晴れた日に「雨が降るから早く帰っておいで」と言われ、少し後その通りになっただとか、「今日は川辺に行ってはいけないよ」と言われて別の場所で遊んでいると、川辺で事件があったと情報が入ってきたりだとか。
とにかく当たる。よく当たる。
客はそれのもっと先、自分の人生の行く先について相談しに来るのだ。
だからか祖母は客が来る時、王華を遊びに行かせることがほとんどだった。
客たちはきっと、有名な先見師に孫がいることを知らないだろう。
「そういや今日、お前のばあちゃんとこに行ってるの、オレの父ちゃん」
「あの人そうなの? 何回か来てるけど知らなかったや。どうりで声でかいと思ったんだよ」
「血は争えないってやつよ」
「蛙の子は蛙の方が似合うぜ」
「オレのどこが蛙だよ!」
親譲りの声量で、てっちんが言った。
てっちんとは内緒話などできないことを、王華は身をもって知っている。
「で、何をみてもらいたいって?」
「他の都に刀売りに行きたいけど、無事辿り着けるか。んで、うまくいくかどうかって。この都にさ、かなり凄腕の鍛冶師がいるらしくって。どうしても勝てないってよ」
「やっぱ店大変なんだな……。つーか家計厳しいのに他の都とか行けんの?」
「普通に無理。ハンターの護衛がお高いなんて、そこいらの野良猫でも知ってるだろうぜ。あ、あと、一生のうちに一度でもエルフに会えるのかみてもらうって言ってた」
「何だその子供みたいな質問」
「それとミニドラゴンが欲しいって」
「ばあちゃんミニドラの密売はやってねーんだよ」
「やっててもどうせ買えねーよ。あれ一頭どれくらいするんだろうな」
「大判金一万枚いくんじゃね」
「百万枚かも」
話しながら、魚を見つけるため透き通った川の水に目を凝らす。
他にいた少年少女は盛り上がる二人を放って、いつの間にか少し遠くまで行っているようだった。
「おーい、そっち魚いる?」
中腰になっていたてっちんが背筋を伸ばし、口元に手を当てて大声で言う。
「さっき影が見えた!」
「いると思う!」
てっちんの呼びかけに、二人の少年が矢継ぎ早に答えた。
魚を見つけて嬉しそうな表情をしている。
二人が指をさしているのは、彼らのいる、さらに向こう側だった。
「逃がすなよ!」
満足気に命じたてっちんが、そちらへと水を蹴って歩き出す。
その口調に「偉そうに命令するな」などと反抗するものは、誰一人としていない。
てっちんは言ってしまえば、ここら辺のガキ大将。
大将の呼びかけには絶対に答える優秀な子分が、あの二人だ。
相変わらずの上下関係だなと呆れたように笑う王華は、ふと気付いた。
――あの子分たちがいるのは、普段からばあちゃんに行ってはいけないといわれていた、川の深いところなんじゃ……?
そう思ってからよく見ると、向こう側は川の底が見えず暗くなっている。
川がいきなり深くなるところだ。その深さに、大人も危なくて近付かない。
魚の休み場だと聞いたから、それは魚もたくさんいることだろう。
けれど祖母が口を酸っぱくして言っていた言葉が、王華の脳裏によみがえる。
『こわーい化け物が出るからね』
祖母が今日は雨だと言ったら晴れていてもいきなり雨になるし、その場所が危ないと言ったら危ないことが起こる。
ということは、化け物が出ると言ったら化け物が出るのだ。
そこは絶対に、安全ではない。
今がたとえ太陽が真上にある真昼間だといっても、祖母が恐れるそれはきっと出る。彼女の忠告に、昼も夜もなかった。
王華の心配には誰も気付かない。
当たり前だ。そんなこと、王華は誰にも言ったことがない。
てっちんは川の水を蹴り上げて、一直線にそこへと向かっている。
もう、すぐ目の前だった。
「てっちん、待っ……」
「きゃー!」
静止する声を遮るように悲鳴が上がった。
ずるりと川に沈み込むようにいきなり背が低くなったてっちんの方へと、王華はただ駆け出していた。