第二話
じりじりと肌を焦がす太陽を見上げ、片手を陽の光に透かす。
手は影になり真っ黒なのに、眩しい光に目を細める。
「あちー……」
じっとしていても首や体に汗が湧き出る感覚が気持ち悪い。
決して広くはない家の中から、何やら人の声が聞こえてくる。
内容は詳しく聞こえないが、今日来ていた人はやたらと声の大きい人だったからここまで届くのだろうな、と王華は思った。
今日来ていた人。何度か見たことのある、いわゆる常連客だった。
家の中を仕事場にしている祖母への客だ。
玄関の扉を振り返る。
そこはきっちり閉まっているから、中は全く見えていない。
けれど座布団に正座して向かい合う祖母と客の姿が目に浮かぶ。
額から流れた汗が頬を伝った。
腕で額の汗を雑に拭って、王華は川へと駆け出した。
「おー、王華!」
「こっち、魚いるよ。早くおいでよ」
走って数分で辿り着いたそこには、すでに数人の子供がいる。
全員王華と同じ年頃の少年少女だ。
声をかけてきた彼らにいたずら気な笑みを返して、王華は川に勢いをつけて飛び込んだ。
浅いのでふくらはぎあたりまでしか浸からない。
けれども着地した瞬間、ある程度の速さと重量を持っていたそれは、周りにいた子供たちに水しぶきを浴びせた。
子供特有の甲高い悲鳴が青空へと響き渡る。
「あー! 魚逃げちゃったじゃんか!」
「髪の毛まで濡れちゃった!」
「おいっ! せっかくの誕生日だっつーのに何してくれてんだよっ!」
非難の声が次々に上がる。
それらを明るく笑い飛ばして軽く謝りを入れた王華は、上がった声の中から一つを拾った。
「てっちん誕生日だっけ? また同い年になれたな!」
「忘れてんなよ! 昨日も言っただろうが!」
「そうだっけ」
「ったく……親友やめんぞ、こんにゃろう」
てっちん。この中で一番王華と仲の良い、同い年の少年である。
二人の掛け合いに、周りから次々に「誕生日おめでとう」と声が上がった。
てっちんに「お前それ何回目だよ」と指摘された可愛らしい小柄な少女は、彼の妹である。
似てない兄妹だよな、という王華の思考を遮るように、てっちんは口を開いた。
「昨日までは早く誕生日来いって思ってたけどさぁ、もう十才なんだから遊びまわってないで働けって母ちゃんには言われるし、父ちゃんは店継げってうるせーし、さっきので着物びっちゃびちゃだし……今年の誕生日は散々だ……」
言われてみると確かに、薄灰色の着物が胸元まで濃い灰色になっている。
眉間にしわを寄せて「誕生日の贈り物はこの店を継ぐ権利だ、とか言い出すんだぜ。父ちゃん……」と続けたてっちんに王華が「いいじゃん」と笑って返すと、思いっきり睨みつけられる。
王華はそれを見なかったことにして、話を続けた。
「オレはそんなの言われなかった。お前んとこ厳しいんだな、家計ってやつが」
「そりゃお前のとこは金なんて有り余ってんだろうよ。何せばあちゃんは、かの有名な先見師様だ。よく当たるって人気みたいじゃんよ」
「確かに不思議な力は持ってるみたいだけど……金はそこまでないんじゃね? てっちんとこの方が、家綺麗だしでけーじゃん。父ちゃんの鍛冶屋、儲けてんじゃねーの?」
「まー客はそこそこいるみたいだけどな。でも鍛冶だけじゃダメだとかっつって、最近忙しそうだぜ。きっとうまくいってねーんだよ。だから母ちゃんもイライラしてんだ……」
「ふーん。色々あんだな、商売って」
王華は友人の愚痴を聞き流し、両手で水をすくって顔の汗を流した。
気持ちよさに目を瞑って太陽を仰ぐ。
その冷たさに全身の汗が引いていくようだった。
これだけ暑いと川の水も熱くなるのかと思っていたが実際はそうでもないことを、王華は祖母に尋ねずとも知っていた。