第一話
「ただいま!」
がらっと音を立てて勢いよく開いた引き戸。
そこからきらきらと輝く太陽のような笑顔をした少年が、家の中へと飛び込んだ。
脱ぎ捨てられた草履が、裏を向いて土間へと転がる。
「ばあちゃん、見て!」
駆け込んだ先の畳の居間。
かかげられた少年の両手には、ぴちぴちと尾を振る、まだ生きている魚が握られている。
たすき掛けされた薄緑の着物の袖からは、水滴がしたたり落ちていた。
褒めてくれとでも言いたげなその少年に、座布団の上に座っていた祖母は一瞬表情を固める。
その意図に気付いた少年が、慌てて口を開いた。
そこから出てくるのは釈明である。
「これ、川の浅場で取ったんだ! 深いところには行ってないよ! 全然! 行こうともしてない!」
首を何度も振りながら言った少年に、祖母はほっと息を吐いた。
それを見た少年の張りつめていた緊張がとけ、同じように息を吐く。
「えらい子だ。深いところには、こわーい化け物が出るからね」
人差し指をゆるく立てて一つ釘を刺し、コクコクと頷いた少年に安心したように祖母は微笑む。
そして目の前まで来ていた少年の頭を優しく撫でた。
その手つきは愛情が溢れんばかりに感じられるものだった。
「王華は魚をとるのが上手だねぇ」
王華と呼ばれた少年は、くすぐったそうに首をすくめる。
より一層愛おし気に微笑む祖母が慈愛に満ちた笑みを浮かべたまま、ふと何かに気付いたように一瞬動きを止め、王華の頭に乗っかっている桜の花びらを取り払う。
王華は興味深そうに落ちた花びらを見つめて、それを祖母の髪へと飾った。
真っ白い髪の毛に、そして祖母の纏う江戸紫の着物に、その花びらはとてもよく合っている。
「うん、似合うよ!」
とても髪飾りと呼べるようなものではない。
知らない人が見たら全員が全員、払って捨て去ってしまうようなそれ。
けれども祖母は大事そうに花びらへと手をやり、存在を確かめた後、それはそれは嬉しそうに笑った。
「ありがとうねぇ」
同じように笑って返した王華の心は、ほんの少し冷たさが残る空気に染まらず、ほかほかとしていた。
その空間は幸せに満ちている。
幸せしか、なかった。