9.気づいてしまったまさかの想い
カラオケの後、食事をして解散となり僕と藤木は各々実家で一泊することにした。久しぶりの自室にホッとしながらベッドに横になる。天井を仰ぎ、僕は今日一日を振り返っていた。
やはり思うのは新川と藤木のことだ。カラオケの時に気がついた藤木の新川へ対する視線はそれ以降はなかったように思えた。だけど解散する時、ちょっとだけ二人がいない時間があった。それは食事をしたファミレスで会計をしていた時、目を離していた隙に二人がいなくなっていたのだ。店を出る時には戻ってきていて、トイレに行っていたと二人とも言っていたのだが、僕はそれが気になっている。
(何の話をしていたんだろう、二人で)
チクリとする胸の痛み。だけど僕はもう新川に恋愛感情は抱いていない。確かに今日、彼女がいないと聞いて驚いたけれど『じゃあまた好きになろう』とかは考えなかった。『こんなにカッコいいんだから、すぐまた次にいけるさ』なんて親友として新たに恋人が早くできることを願ったくらい、完全に吹っ切れているのだ。
なのにどうしてこんなに胸が痛くてザワザワする気持ちになっているのだろう。もし新川のことを藤木がまた好きになったとしても僕は嫉妬することはないのに。それよりも藤木の気持ちが気になる。
(……ん?)
僕は体を起こし、ベッドに腰掛けた。そしてもう一度、今度は真剣に考えてみた。
新川が好きじゃないなら、何故藤木が恋慕しているのを僕はソワソワしているのだろうか? 藤木が新川に向ける眼差しや、二人でいなくなったことに対して胸を痛めるのは何故なんだ? それは藤木の『一番』が新川になってしまうからだ。だって今、『一番』は僕のはずだから。それが新川になってしまう。そうなることが、嫌なんだ。だから胸が痛む。しかし友人としてそんな感情を抱くことがあるだろうか。これじゃまるで新川に対して僕が嫉妬しているような……ん?
僕は思わず顔を手で覆う。
(もしかして……)
受験前に熱を出した藤木を看病した時、触れてみたいと思った理由。大学に入って、自分の知らない友人が藤木にできていることを知った時のイラついた理由。藤木といると楽しくて、居心地がいい理由。そして新川に対する視線に胸が痛くなった理由。全てそれを説明できる『もしかして』に気がついてしまった。
「哲郎、お風呂入りなさいよ!」
突然、母親の声がして僕はノロノロと立ち上がる。
(僕が藤木が好きだなんて、そんなこと、ある……?)
翌朝。朝食をとった後、実家を出て駅のホームで藤木を待っていた。一緒に帰ろうぜ、なんて約束した自分が恨めしい。藤木への想いを自覚してしまった今、どうやって顔を見ればいいのか分からない。すると視線の向こう側に金髪を見つけて、僕は小さくため息をついた。
「おはよう」
藤木は大きなあくびをしながら近づいてきた。胸の動悸が早くなるのを感じつつ、顔に出ないようにしながら手を振った。
「おはよ。やっぱ実家はゆっくりできるなあ、味噌汁最高だった」
「お前んち、パン食じゃなかったっけ?」
「え? いやなんか、変わってた!」
僕はろくに藤木の顔も見ないで、そう答えた。はっきり言って朝食なんて何食べたかよく覚えていない。
新幹線が出発し、ポツリポツリと昨日の同窓会の話になる。稲森たちから聞いた、他のクラスメイトたちの近況など、話題は尽きなかった。できることなら、新川の話を逸らしたい、なんて思っていたがさすがにそれは無理だった。
だって僕らは新川がいたお陰でライバルになって、親友になったんだから。
(まさかそれが片思いの相手になるとは……)
隣に座る藤木の顔をちら、と見る。気づけば新川との縁よりも長い付き合いになっている。新川に片想いしていたと頃も『親友としてこの想いは打ち明けられない』と苦悩した。それなのにまた、同じように苦悩するようになるなんて。
「……福山?」
名前を呼ばれてハッとした。どうやら何か話しかけていたらしい。上の空で、聞いていなかった。
「ご、ごめん。何?」
「いや、新川のこと。別れたとは驚いたよな、しかも新川を振るなんて」
やっぱり藤木もありえないと思っていたのだろう。
「そうだよね。……新川がフリーってことはさ」
告白するの? それともしたの? と聞きそうになって思わず言葉を止めた。すると藤木は不思議そうな顔をする。
「何?」
「……いや、他の子たちが放っておかないんだろうなって」
慌ててそういうと、藤木は小さくうなづいた。そしてお互いに不自然なほど、帰宅するまで新川の話をしなかった。