8.近況
稲森からの連絡は同窓会しようぜ、というものだった。夏に帰省はしたものの、直前に連絡がきて都合が合わなかった。だから今回は早めに言ってきたようだ。
まだ一年半しか過ぎてないのにと藤木と笑いながらも、気がつけばその日が来るのを楽しみにしていた。
そして迎えたその日。
新幹線の改札で待ち合わせしていた稲森たちは、僕らの方を見ると口を開けて何かに驚いていた。
「久しぶり。なに、驚いてるの」
「藤木が、金髪じゃん!」
あ、そうだった。こいつらは初めて見るんだったな。金髪をくしゃくしゃにされて、藤木がやめろと叫んでいる。そんな稲森たちの横に新川もいた。
「久しぶり!」
スパイラルパーマをかけた新川は少しだけ印象が変わっていた。高校生の時は清潔感あふれる、キラキラした王子様だったけど、いまは少し大人な雰囲気が加わってもっと魅力的なイケメン。思わず惚けて見ていると背後から矢沢に頭を叩かれた。矢沢は高校生のころと何ら変わってなくてホッとした。
「矢沢は変わってない! そのまんまだあ」
「お? やるのかこの大学デビューやろう」
ファイティングポーズをとる矢沢に僕らは大笑いしながら、改札を後にして早速カラオケへと移動した。
まずは十八番の曲を選択した後、それぞれ近況を教えあった。大学生活の様子、バイトの楽しさ、日々の暮らしのことなど。
稲森と矢沢は実家暮らしだから対して暮らしに変化はないようだが、新川はちょうど親が田舎に戻るタイミングと重なり、今はここで一人暮らしをしているのだという。稲森たちはよく新川の部屋を訪れるらしい。だけど新川には彼女がいるのだから、そんなに訪問したら邪魔じゃないのかな。
僕がそれを問うと、新川の顔がほんの少し、曇った。すると稲森が代わりに答える。
「あーー。今、新川はフリーなんだよ」
「へ……?」
稲森の助け舟に新川は頭をかきながら話してくれた。
高校を卒業してしばらく付き合っていたものの、半年くらいして別れてしまったこと。それは彼女に好きな人ができてしまって……つまりは新川が振られてしまったというのだ。
僕は信じられなくて、口を開けたまま聞いていた。高校生の時、卒業前に一度彼女と会ったことがある。新川が照れながら紹介してくれたその子は、ショートヘアの可愛い女の子だった。頬を赤らめて新川の横にいた彼女。もうこの頃には新川の幸せを心から祝えるようになっていて、そのうち結婚するのかな、結婚式には呼んでくれるのかな、なんて事まで考えていたのだけど、その彼女が新川を振っただなんて!
「いい子だったんだけどね」
新川のその言葉に稲森がすぐ反応した。
「そんな訳あるかよ、お前の先輩と二股かけてあっちにいっちゃうような女だぞ?」
それを聞いて眩暈を起こしそうになった。ええ? あの純情そうな女の子が?
「大学入った途端、人が変わったかのようになっちゃって……まあ、いいじゃん、この話は終わり。もう当分、女の子はこりごりだな」
苦笑いする新川にとりあえず歌え〜〜と矢沢が囃し立てマイクを渡していた。
僕は終わりと言われたこの話を反芻しながら怒りが込み上げていた。
(あの新川を振るだなんて……。しかも二股とか!)
信じられない、と思いながらふと気がついた。そうだ、さっき稲森が言っていた通り今、新川はフリーなんだ。つまり、高校生のあの頃僕と藤木がライバル同士だった頃の状態に戻ったんだ。僕は斜め前に座る藤木をちらっと見た。彼は歌を歌っている新川をじっと見つめている。それは昔、放課後の教室で新川に勉強を教えてもらっていた時に見たような眼差し。
(……もしかして)
藤木の中で、また新川への想いが復活したのだろうか。そんなことを思いながら、僕はテーブルに置いていたオレンジジュースを手に取った。