7.新生活
それからしばらくして、入試に挑んだ。新川も、稲森たちもそして藤木も。みんな頑張って、力を出し切り燃え尽きた。
試験が終わった後、合格発表の日まで食事が喉を通らなかった。手応えはあったものの、いまいち自分が信じられなくて。だけど藤木がそばにいてくれたから、不安な気持ちはきっと軽くすんだんだと思う。恥ずかしくて、本人には言えないけれど。
そしていよいよ合格発表の日。発表はウエブサイトで確認できるらしく、僕は藤木の家で一緒に見ることにした。大学のホームページにアクセスし、合否判定のページを開く。
「やばい、緊張しすぎてお腹痛い」
「大袈裟だなあ」
藤木が笑いながらクリックすると画面には受験番号が羅列している。数字を見る行為に、こんなに緊張したことなんてなかった。画面の四桁の数字をゆっくり見ていき……
「あ、あった」
先にそう言ったのは藤木だ。藤木の受験番号の方が若かったからすぐに見つけられたのだろう。
それを聞いて、ますますお腹が痛くなる。ああ、早く見つけないと……
「福山、ほら」
なんだよ、もお、と藤木が指でさした番号を見る。それは……僕が持っていた受験票に記載されていた番号。
「わ、わあ! 藤木は?」
すると藤木はニヤリと笑い、違う番号を指差した。どうやらそれが藤木の受験番号のようだ。そう、二人とも合格したのだ。
僕らは顔を合わせ、やった! とハイタッチする。さっきまでのお腹の痛みはどこへやら。
「おめでとう! 藤木」
そう言うと、藤木は少しはにかみながら僕の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「福山こそ、よく頑張ったな」
何で上から目線なんだよ、と胸をポカっと叩く。そして僕らはパソコンの画面を何度もニヤニヤしながら見つめていた。
***
それから半年後。
僕はマンションで一人暮らしをしていた。大学の指定のマンションは賃料が安めに設定されているとはいえ、仕送りだけでは生活できないのでバイトに明け暮れる毎日。マンション近くにある繁華街のカラオケ店のバイトをしているのだが、バイト仲間と楽しくやっている。
藤木はといえば、同じマンションの隣の部屋に住んでいて、たまに僕の部屋に遊びにきてはゲームしたり、夕飯を一緒に食べたりしていた。
大学生になった今でも藤木と遊ぶことは変わっていない。あの頃はまっていた漫画の連載はまだ続いているし、『キミダカ』の推し活もやっている。
変わったことといえば僕がピアスを開けたこと。バイトの先輩が赤いピアスをしていたのがかっこよくて真似をして開けたら、なぜか藤木が翌日金髪になっていた。その理由は『何かお前だけずるいから』だそうで。何だそりゃ、と大笑いしたのを僕は覚えている。
「藤木、来週の土曜はどうよ。合コン」
二人で講義が始まるのを待っていたら、声をかけてきたのは最近藤木とよくつるんでいる奴だった。コンビニのバイト仲間で、いかにも女好きそうなチャラいやつ。
「用事あるから……それに俺合コン行かねえって言っただろ」
「いやいや。お前結構モテてんのよー。誘ってくれって女の子たちに言われててさ」
「……そのうち参加する。ともかく来週は無理だから」
次は約束だそ、と言いながらチャラ男は手を振って教室を後にした。高校の時とは違って僕らはお互いに知らない『友達』ができるようになっていた。
あんな奴が友達だなんて、なんか嫌だな。
「何だあいつ。藤木が嫌がってるのわかってるくせに」
友達を悪く言うのはよくないとは思うけど、何だかイライラしてしまう。そんな僕を見て藤木は苦笑いする。
「悪い奴じゃないんだけどしつこいんだよな。俺合コンにほんと、興味ないし」
僕は藤木が新川を、男を好きだった過去があることは知っている。だけどそれは新川だけなのか、そもそも恋愛対象が男なのかを知らない。そう言った話は全くしたことがないからだ。
僕の場合は元々女の子に興味はなく……というか新川以外に『好きだ』という思いを持ったことがない。大学生になったらそれも変わるのかな、なんて思っていたけれど半年過ごしても変わらない。ひょっとしてずっとこのままなのかな、と思うこともあるけれど……
「合コンねえ……」
「福山は行ったの?」
「一回だけね。あんなの、ゲームしてた方が楽しい」
それを聞いて藤木がブハッと笑う。何だよ、お前も同じくせに。僕が反論しようとした時、スマホがメッセージを受信した。何だろうと見てみるとそれは稲森からだった。