5.自業自得の涙
それからたまに藤木と一緒に家で勉強するようになった。相変わらず、教室ではお互い干渉せず。新川も何故か僕らの秘密に付き合っている。よく分からないけど、僕らのことを楽しんでみているようだ。
僕と同様にK大の合格ラインが厳しい藤木は、たまに教室で新川に勉強を教えてもらっている。
以前、同じように二人きりで勉強しているのを見てイラッとしていたのに、今は全くそんな気持ちは湧いてこない。アイツも勉強を頑張ってるから、僕も負けられないなと思うくらい。
『藤木、僕、合格できるかなあ。模試もやばかったし』
『自分を信じろよ。お前が弱気になると、俺にもうつるだろ』
『わ、藤木くんが慰めてくれてるう』
『あほ。それよりさっさと次の問題やるぞ』
お互い切磋琢磨しながら、受験勉強の日々を送っていた。
そんな日々が続いたある日。昼休みに稲森達と受験の話をしていた。勉強が続き、うんざりしていた僕らは早く遊びたいとぼやく。
「福山はK大だよな。受かったら一人暮らしするの?」
憂さ晴らしに妄想するのは、合格したあとのこと。合格するとは限らないけど、どうせならわくわくする未来の話をしたい。
「うん。K大指定のマンションがあるみたいでさ」
「へぇ、いいなあ。俺は結構距離あるのに実家通いだぜ。一人暮らししたいって言ったのに、親が金がかかるからダメだって」
稲森の隣で飴を食べている矢沢がぼやくと、稲森がそう言えばと切り出した。
「知ってるか? 藤木の志望校、K大なんだって」
それを聞いてギクリ、とした。いや別にやましいことじゃないんだけど……
「えー? 福山と同じ? 本当にお前ら仲が悪いのに気が合うなあ。他にいないだろ、K大志望するやつなんて」
「どーする、じつは藤木が福山を追いかけてたら」
それはよくある冗談の一言だった。
分かっていたはずなのに、普通に笑い流せば良かったのに。僕は過剰に反応してしまったんだ。
「やだよ、あいつと一緒の大学なんて。冗談じゃない」
「わーひでえ」
稲森と矢沢が笑うと、僕は胸がちくっとしたけど秘密を守れたことに安堵した。
だけど次の瞬間、血の気が引いた。なぜなら、視線の少し先に藤木と新川がいたからだ。購買でパンを買ってきて教室に戻ってきたようだ。
(さっきの、聞こえてないよな?)
途端に動機が激しくなっていく。すると藤木は僕の横を通り過ぎる時、口を開けた。
「俺だって、お断りだね」
その時の藤木の低い声は、鋭い矢となって僕の心に突き刺さる。どうやら僕の失言は聞こえてしまったらしい。藤木の後を追っていく新川は、心配そうな顔をしていた。
その日は藤木のメッセージが届かなかった。
そして僕のメッセージは既読スルーされたまま。帰宅してベッドに寝転んで、返事のこないスマホを眺めていた。
僕は、今日ほど自分の言葉を後悔したことはなかった。
一緒に家で参考書を開きながら勉強していた時の藤木の顔を思い出しては胸が痛む。
分からないところを一緒に復習して、少し疲れたらお菓子をつまみながらゲームをしたり。
教室では見なかった藤木の笑顔。弱気になった僕を不器用な言葉で励ましてくれた。
それなのに、僕は……
急に鼻がツンときて、目が潤み、じわっと涙が落ちた。自業自得なのに。
『俺だって、お断りだね』
いつものようにわざと喧嘩口調にしたんじゃない。だってあのときの彼の顔は明らかに怒気を含んでいて……拳を握ってきたから。