3.同士がいるということ
いやホント、自分でも馬鹿だと思うけど。
目の前に出された麦茶の氷がカランと音を鳴らす。その向こうにいるのは不機嫌そうな顔をした藤木だ。
「で、用事ってなに」
藤木の玄関のチャイムを勢いよく押したものの、何を言えばいいかパニックになっている間に、玄関から藤木本人が出てきた。僕の顔を見て、かなり驚いていたけど、突っ立って何も言えない僕にとりあえず中に入れ、と入れてくれた。ご丁寧に麦茶まで入れてくれて。
「用事は特にないんだけど、体調大丈夫かなって」
「何だそりゃ」
ますます不機嫌な声で藤木がこっちを見る。
「横になりたいから、用事ないなら帰れよ」
その言葉に僕はカチンときた。
「な、なんだよ! 心配してやってんだろ!」
「は? 何で俺がお前に心配してもらわないといけないんだよ」
僕は拳を握って、バン! とテーブルを叩いた。
「だってお前、顔真っ白だったから! 新川の話聞いてた時に!」
勢いで出てしまって、僕は思わず自分の口を手で塞いだ。そんな僕の顔を藤木は、厳しい目で睨んできた。
「……何が言いたいんだよ」
ああもうこうなったら、全部言ってしまえ!
「お、お前新川が好きなんだろ? だからあいつに彼女出来たって聞いてショックなんだろ!」
「は……」
「お前が新川のこと、見てたの、知ってんだからな! デレデレしたり、ガッツポーズしたり! 僕のほうが新川のこと前からずっと見てたんだから!」
言い切って、目の前の麦茶を一気に飲んだ。藤木の顔が見れなくて、僕は目を逸らした。
しばらくの沈黙。藤木も僕も、言葉を発しない。外の蝉の鳴き声だけが響いていた。
やがて、藤木が口を開く。
「……俺も分かってたよ、福山が新川好きなの」
「へっ」
藤木の声に僕は鼓動が速くなる。バレてたの?
「俺だって、新川を見ていたからな。お前いつも隣で嬉しそうにしてたもんなぁ」
恐る恐る藤木の顔を見ると、少し口元を緩めて笑っていた。藤木も僕のことを分かっていたなんて。
何だよ、そりゃ。
「俺よりつらいよな、お前。近いもん」
「そ、そんなこと……お前こそ明日のテスト、よかったら告白しようとしてたんじゃないの?」
「あー、それは……半分くらい当たり」
照れたような、寂しいような笑いを藤木は見せた。よく聞いたら告白もだけど、本気で英語がやばかったらしく、追試になる前に、と頑張っていたらしい。
僕らは同時にため息をついた。
「つまり俺らは失恋したもの同士」
「そうだね」
ククッと藤木が笑うので僕も笑った。失恋したというのにこんなにおかしいなんて。だんだんおかしくなってきて、挙げ句の果てには腹を抱えて笑う。
「あー、可笑しい。そういえば藤木、あの漫画読んだ?新刊買ってただろ」
「読んだ! まさかラスボスが手下になるなんてな!」
漫画の話に食いつく藤木。僕も嬉しくなって当分その漫画の話で盛り上がる。
「あとさあ、福山『キミダカ』好きなんだろ。先月のライブ行った? 俺、行ったぜ」
「えー。羨ましい! どんな感じだった?」
僕が『キミダカ』が好きなことを新川から聞いていたらしく、以前から話したかったんだと藤木が笑う。
ああなんだよやっぱり僕ら、気が合うんじゃないか!
それから僕らは今までのバトルがまるで嘘のように盛り上がり、笑い合った。
「新川のさあ、笑顔大好きだったんだよね」
「ああ、分かる。あいつ、キラキラしてるもんな」
「そう! キラッキラ! やっぱ藤木よく分かってんなあ!」
「お前こそ。さすが二年見てきただけのことはあるな」
笑いながら新川の好きなところを言い合う僕ら。きっと新川は今頃、彼女の前でくしゃみをしているだろう。
そんなこんなですっかり友達になった僕と藤木。こんなこともあるんだなぁ。だけど友達からさらに深い関係になってしまうことになるなんて、この時の僕らは分からなかった。