2.好きの深さ
それからの日々も相変わらず。新川を見て幸せな気持ちになって、新川を見ながらニヤニヤしてる藤木を見てイラっとして。そんな日が続いたある日。
放課後の教室で、たまたま見てしまった。新川と藤木が二人きりでいるところを。ノートを広げて二人向かい合わせで勉強しているようだ。新川が何かを教えているのか。夕日のオレンジの光が入り込む教室で、二人は話をしている。
廊下からその様子を見て、教室に入ってやろうとしたけど手を止めた。
新川がノートを書いているその姿を、藤木がずっと見つめている。それは今までに見たことがないくらい、真剣な眼差しだ。それを見て、僕は教室に入るのをやめた。
藤木は僕が思っているより、もっと新川が好きなのかもしれない。グッと拳を握り、僕はその場から走って逃げた。
きっと僕の方が長い間、新川が好きなはずなんだ。藤木は今年、新川と同じクラスになったけど、僕は二年前からだし。こっちの方が片想い歴は長いはずだ。
でも、もしかしたら好きの深さは藤木のほうが深いのかもしれない。あんな一途な眼差しを送るくらい、僕は新川を好きなんだろうか。
違う、違う!僕だって、新川が大好きなんだ!
誰に言い訳しているのか、訳がわからなくなってくる。僕は何がしたいのだろうか。
「朝からビックニュース!」
稲森と矢沢がホームルーム前に僕の席に集合してくる。勢いよくきたものだから、僕は思わず怯んだ。
「な、なんだよ」
「我らの新川くんに彼女が出来たらしいよ!」
「はあ?」
俺は思わず飲んでいたパックのオレンジジュースを口から落としてしまった。
新川に彼女ができたニュースは瞬く間に広がり、昼には本人に突撃インタビューをする奴が続出した。
「なー! 新川、マジで彼女できたん?」
数人のクラスメイトに囲まれた新川。その言葉に僕は耳がダンボになっていた。少しだけ間があって、顔を赤らめた新川は小さく頷く。それを見てクラスメイトが一気に歓声を上げた。
「やったな!」
「何きっかけ? いいなー、教えろよ!」
クラスメイトに茶化されながら新川は苦笑いしている。僕はそんな新川を見ながら胸がズキズキしていたけど、同時に何故か安堵していた。
ああもうこれで叶わない恋におさらばできるんだ、なんて。そりゃ二年間見続けたんだから、寂しくないわけがない。でもそれ以上に、ホッとしたのはどこかでもう想いを断ち切らないといけないって心の底で思っていたからだろう。もう少し時間はかかるけど、これで僕は親友に戻れるのだ。
その時、ふと思い出した。……藤木は?
教室を見渡すと、藤木は新川を囲むクラスメイトから離れたところで席に座っている。まるで、興味ないって言うような感じで……いや、違う。ワザと平常心を保っているんだ。頬杖をついたその顔が、少し白い。
……あいつ大丈夫かな。
そう思っていたら、昼から藤木は早退してしまった。
「福山」
放課後、帰ろうと下駄箱で靴を履き替えていたら、背後から新川に呼び止められた。走ってきたのかハアハアと息が荒い。
「どしたの?」
「彼女できたの、言ってなくてごめん!」
目の前で手を合わす新川。僕は訳が分からなくてキョトンとしていると、おずおずと話し出した。
「福山に一番に報告しようとしたんだけど、まさかあんな公表されるなんて……」
「な、なんで僕が一番」
「だって親友だろ」
照れた顔で新川がそう言う。僕は体の力が抜けて思わず笑ってしまった。
ああ、よかった。二年間の恋を打ち上げなくて。
僕は確信した。このまま新川と親友でいたい。僕の恋は実らなくて正解だったんだ。
「……ばーか。それよりさ、彼女今度紹介してよ。僕の大切な親友を奪ったんだから」
それを聞いて新川も笑う。
「奪ったってなんだよ」
多分、彼女と一緒にいるとこを見るのは辛いかもしれないけど大丈夫だ。なんて言ったって僕は新川の親友だ。
「そういえば藤木、大丈夫かなあ」
ふいに新川がそう言う。早退したのを気にしているのだろう。本人は体調不良で早退、と言ってたみたいだけど、本当は新川のことがショックで帰ったんじゃないかと僕は思っていた。
「明日のテスト、頑張りたいって言ってたんだよ。何かは知らないけど願掛けてたみたいでね。苦手な英語のテスト八十点取れたらしたいことがあるって。だから、放課後に、勉強付き合ってたんだけど」
僕はそれを聞いて、ハッとした。
もしかしたら、藤木は点数が取れたら、新川に告白しようとしてたんじゃないだろうか。だからあんなに白い顔になって、帰ってしまったんじゃないだろうか。
放課後の教室で見た、藤木の真剣な眼差しを思い出して僕は胸がキュッとなる。いや、何で僕がそんなに切なく感じないといけないのか意味がわからないけど……ただ思ったのは、今あいつの気持ちが分かるのは僕しかいないはずだ。
「なあ、新川。……藤木の家知ってる?」