作戦変更、そして遭遇
「じゃあ行くぞ。隆谷寺、また案内を頼む」
「了解」
とりあえずの作戦を定めたところで、改めてわたし達は、次の地点を目指して歩き出す。
既に説明している通り、福島県支部の隊員が襲われた場所は合計で4つあって、その順番通りにAからDまでのアルファベットを当てて呼んでいるのだが、ならばD地点は最後に隊員が襲われた場所だということだ。もしかしたら、まだ敵はそこにいるのかも知れない。
C地点から南東へ進み、木々が多く茂る緑豊かな街道を抜ける。かなり涼しげな場所だ……、俗に言うマイナスイオン効果みたいなのを感じる。
「マイナスイオン効果って。今時そんなのを信じている10代も珍しいですよ、篠守さん」
「あくまで例え話よ、梨乃ちゃん。わかってるよ、陰イオンっていう物質はあるけれど、沢山ありすぎてどれのことだかわからないからね。硫酸イオンかも知れないし、アンモニウムイオンかも知れないし」
「アンモニウムイオンは陽イオンだ、篠守」
「………」
馬垣くん……
どうしてわたしより学力が上なの……
街道を抜けると、今度は住宅街に差し掛かった。
「この向こうにあるショッピングモールがD地点だね」
まだ見える位置にはないが、隆谷寺さんがそう言う。言い方からして多分、ここから1kmも離れていない場所にあるのだろう。
「ショッピングモールだったのか。今知った」
と、馬垣くん。それぞれの地点が具体的にどんな場所なのかという事は割とどうでもいいような感じはするけれども、こういう細かいところもしっかり覚えておいたわたしと比べると、抜けているような印象だ。
「篠守、お前今、俺を舐めてるような顔してんぞ」
「…〜〜♪」
何故かバレたけれども、わたしは口笛で誤魔化した。
誤魔化し方としては古典的だけれど……いやしかし、読心術がある訳でもない馬垣くんに、何故わたしの考えていることがわかるのだろう?
『顔』と言うくらいだから、顔を常によく見ているということなのだろうか?わたしの顔を常にチラチラ見て……ああ、そうか!
「あー、はいはい、さてはわたしのことが好きなんだな?」
「くびり殺すぞ」
距離感が難しかった。
ツンデレめ。
「ところで、福島県支部の方達が襲われた四つの地点は、全て大きな建物の中なんですよね?何故、屋外では襲われなかったのでしょう?」
また梨乃ちゃんが私語を始める。それもまた、隆谷寺さんに話しかけるかのようにだ。
やっぱりさあ、梨乃ちゃんって、隆谷寺さんのことが…
「ごあっ!?」
急に馬垣くんの喉輪が、茶化そうとしたわたしを襲う。
痛えじゃねえか。本当にわたしをくびり殺すつもりかよ。
「あー、確かに、言われてみればそうだよね。敵は一様に、屋内で隊員を襲っている。俺は最初、屋内のほうが隠れられる場所が多いから不意討ちを仕掛けやすいってことなのかなーと思っていたんだけど、改めて考えてみると、もっと決定的な理由があるのかも知れないね」
隆谷寺さんは真面目に答える。恐らくはこういう、何も茶化したり揶揄したりしない真面目な感じに、梨乃ちゃんは惚れ…
「んむー!」
「…」
馬垣くんに口を塞がれた。
逆に梨乃ちゃんを揶揄おうとするわたしは、こうやって強引に口を塞がれてしまうという訳か。
この不良、とうとう言葉ではなく実力行使でツッコミを入れてくるようになりやがった。ある意味では、わたしはもう人として扱われていないのかもしれない。
「決定的な理由、ですか」
「うん。例えば、日光に当たったら死ぬとか?」
「それは吸血鬼ですね」
「あはは、じゃあもしかしたら敵は吸血鬼なのかも知れないな」
わたしが口を塞がれているのを他所に、梨乃ちゃんと隆谷寺さんは二人で話を進めている。
「待って、一回やめて?余計なこと言わないから」
二人がしている話はちょっと面白…もとい、重要であるように思ったので、わたしも話に参加しようと、わたしは口を塞いでくる馬垣くんに言う。
「あなたの口塞ぎの上手さはもう思い知ったから。路地裏に連れ込んだ幼女を襲う時に身に付けた高等テクニックなのよね」
「そんないかがわしいテクニックじゃねえよ!」
「んー!んむー!」
……ともかく。
「はあ、はあ…で、でも隆谷寺さん、確かに吸血鬼は日光を浴びたら灰になるけれど、それが死んでいるということと同義だとは限らないんじゃないですか?」
やっと馬垣くんから解放されたわたしは、適当に言ってみた。
「灰になった状態でも活動できるかも知れないじゃないですか」
「はあ〜、面白い仮説だねえ」
と、わたしの屁理屈のような指摘にも、肯定的に反応する隆谷寺さん。
優しいなこの人。おじいちゃんみたいな寛容さだ。わたしの分の寛大さが、この人のところに行ったんじゃないか?
年齢不詳だし、本当におじいちゃんなんだろ、きっと。
年齢不詳だとそういう決め付けをされてしまうんだぞという恐ろしい教訓を与えてやるぜ。
「割と屁理屈だな、それも」
…不良の口出しは聞かない。
わたしは主張を続ける。
「つまり、屋外では日光の関係で灰になっちゃうけれど、灰になった状態でも移動できるとしたら、そりゃあ見つからない訳ですよ。傍目には、ただの砂埃が風で飛ばされているようにしか見えませんからね」
福島県支部の人達も敵を必死に探しただろうに、そうでもない限り、屋外で鉢合わせるように遭遇しなかったことの説明は付かないのではなかろうか?
「灰になっている時は、我々からも見つかりにくい代わりに、向こうからも攻撃してこれない…と。しかし、福島県支部の方々は、一回目は夜間に襲撃されたのではありませんでしたっけ?」
「ああ、そうだったね」
くそっ、梨乃ちゃんは相変わらず、屁理屈ではない論理的で鋭い指摘をしてきやがる。
してきをしてきやがる。
人の考えの穴を見つけるのは、わたしの特技なのに!
「いずれにせよ、遭遇してみればわかることですね」
ーーーと。
梨乃ちゃんが言って、その時だった。
「まあ、それはそう…」
「危ない」
「え?」
突然、聞き覚えの無い声がわたしの後方から聞こえた。
『危ない』とか言うくらいだから味方なのだろうけれど、いやまじで、本当に知らない声だ。まあ恐らく、この直後の展開から考えるなら、御水見深海さんの声だったのだろうけれど。
「うわっ!」
「敵襲!!!」
日倭さんが機敏に反応して声を上げる。
そしてわたしが横を見ると、そこには御水見さんの《船幽霊》によって造られた、わたし達を守るかのような透明な水の壁と。
その奥から壁に向かって叩き付けられた…否、叩き付いてきた、大量の砂が見えた。
一瞬だけ見えた。その砂が、風で飛ばされたでは済まない程に、あり得ない速度で水の壁にぶつかってきたところが。
「何だ?こいつ…」
その砂はもはや、天然物でも、武器でさえもなく。
「これは…!」
ひとりでに浮かび、ひとりでに動き、ひとりでに自らを人型に形作る、砂の集合体。
紛れもなく意思を持つ、砂の人形だった。