作戦開始
「……何もいないな」
ビルの中、全方位を警戒しながら動くわたし達は、そう言えば第三班として作られた班だ。第一班でも第二班でもなく第三班、つまり一番最後に残り物を寄せ集めるが如く作られたかのように思えるチームというのは、こんな風に問題児が勢揃いしていることを考えると、地味に嫌な推測が浮上してしまうのだけれど……。
ともかく、わたし達は例によって円形の陣を構成し、一箇所に班の全員が纏まっている状態を維持しながら、かなりの数がある部屋を一部屋ずつ索敵する。
一部屋、また一部屋。臨戦態勢のまま、ドアを勢いよく開けてはクリアリングして。
でも、何もいなくて。
その繰り返し。
「……時間かかるなー、これ」
「ちょっと効率悪いね」
探せども全く敵と遭遇することの無い拍子抜けな時間に、まず馬垣くんと隆谷寺さんが音を上げた。
「仕方ないわよ馬垣くん。下手したら全滅するんだから」
「…こういう時だけ真面目なんだよな、篠守は」
誉められた。心の中で喜んでおこう。この状況でお喋りをするのも危険だから、口には出さないけれど。
前にも言ったと思うが、わたしは自分の身の安全を確保するためならばいくらでも真面目になるのだ。
因みに、この時に限ってはお喋りな国栖穴さんでさえ黙っているし、梨乃ちゃんも左門さんもこのビルに入ってから一言も私語を発していない。
御水見さんに至っては、私語どころか命令に対する返事すらしていない。いや、それはしろよ。
というか今まで、御水見さんが喋っているところを見たことも聞いたことも無い。メカクレ無口キャラである。
ともかく、そんな時にさえ喋る馬垣くんはやっぱり神経の出来が異常であるように思えてならないし、隆谷寺さんも同様に喋っているところを見ると、やはり敬語を使わない者同士、何かしら通じるところがあるのだろうか。
「自分のことを棚に上げるのが上手いな」
「やっぱりあなたも喋るんですか、国栖穴さん」
それまで寡黙だった国栖穴さんだったが、この人は嫌味を言えそうだと思ったら言わないと死んでしまう体質なので、わたしに何か言ってきた。
おっと、時に、どうか誤解の無いようお願いしよう。
国栖穴さんが嫌味を言わないと死ぬ体質ならば、わたしやわたしの雰囲気に呑まれてしまったらしい馬垣くんとかは、私語をしないと死ぬ体質なのである。どんなに作戦に集中している時であっても私語をするし、少しくらい私語をしたところで集中が切れる訳でもないのだ。そういう風に洗練されている。
今だって、私語をしながらも身体は部屋のクリアリングをしている。わたし達も相当訓練したのだ、喋りながらでも身体が勝手に動くのである。
などと、馬垣くんの神経の異常についてフォローしておいてあげるとしよう。全く、彼には感謝して欲しいものだ。
「……十二階、敵は無し」
しかしながら、そんなわたし達の優秀さとは無関係に、ADF福島県支部を壊滅させたという敵とはついぞ、このビルディングの中では遭遇しなかった。
そればかりか、このC地点の索敵を全て終える頃には、とっくのとうに午後を迎えていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ちょっと待って、これは流石にまずいよ」
恐らくは全員が薄々思っていたであろうことを最初に切り出したのは、隆谷寺さんだった。
「一箇所を探索するのにこれだけ時間がかかってたら、隊員が襲われた全ての場所を索敵するのは1日じゃ終わらないでしょ?でも、敵だってずっと同じ位置にいる訳じゃないんじゃないかな?敵は単独であると仮定する限りにおいて、何箇所もの場所で隊員を襲っているのであればね」
大きめのビルだったとは言え、1つの建物を索敵し尽くすのに4時間以上もかかってしまったとなれば、流石に遅すぎるよな。いくら何でも。
「今さっき索敵したビルがC地点だったね?で、あと今日はここから近くにあるD地点だけ探索して、その他の地点の探索は明日にしよう…なんていうことになったとしてさ、そうやって俺達が探索を休んでいる夜間に、敵がC地点やD地点に移動していたら、俺達は敵と遭遇しないまま終わってしまう。それじゃあ駄目だよね」
「では、どうする?」
枝倉さんが問う。既存の案に対する駄目出しばかりではなく、代替案を提案しなければならないというのが社会だ。
隆谷寺さんは答える。
「こうしよう。次から建物の中を索敵する時は、何手かに分かれて索敵する。もちろん、その分一つ一つのグループの戦力が落ちるから、常に無線通話で位置情報を共有しながら行う。そもそも、可能性としては同じ建物の中で敵とすれ違うようにして遭遇せずに終わることだってあり得るんだから、その確率を下げるためにもやっぱり、何手かに分かれるべきだろう。どうかな?」
と、隆谷寺さん。
彼の意見には、個人的には賛成だ。いくら相手が福島県支部を壊滅させかけたと言っても、こちとらチートキャラ揃いの長野県支部だし、全員で一箇所に固まったまんま、びくびくと一部屋一部屋見て回るというのも馬鹿馬鹿しくなってくる。
本当に、気が遠くなるのだ。というか、気が遠くなるっていうこと自体が集中力の低下に繋がるから、却って逆効果なのではなかろうか?集中力が切れてきたところで不意に襲いかかってこられたら、意外とあっさり壊滅するかもしれない。
「うーん…」
「良いんじゃないか?」
悩む枝倉さんと、賛成する日倭さん。
「リスクはありますけれど、篠守さんも言った通り、気が遠くなるというのは集中力を切れやすくする危険な要素だと愚考します」
「梨乃ちゃん、わたしはそんなこと言ってないんだけれど。頭の中で、ト書きの中で考えていただけなんだけど」
「確かに篠守の言う通り、それもあるだろう」
「日倭さん?そんなこと言ってないって言いましたよわたし?事実の捏造はわたしの特権では?」
「そんな特権があってたまるかよ」
と、今度は馬垣くんのツッコミ。
最初の索敵をつい先程終えた途端に、皆ほっと一息吐くようにリラックスし始めたのだろう。私語が増えている。
とにかく、C地点の索敵を完了してまた外に戻って来たわたし達だったが、状況は既に芳しくなく、わたし達は予定の変更を余儀なくされることとなった。
作戦変更である。
「良いだろう。それでは3手に分かれることにしようと思うが、どう分けようか?」
悩んだ末、当初の隆谷寺さんの意見が採用され、次の場所では分散して索敵することになった。
今は枝倉さんが取り仕切る形で、グループ分けをしている状況だ。
「まず、抵抗者から分けよう。篠守は絶対に怪我をしないから、仲間に誤爆するリスクを伴う紫野や左門と相性が良いだろう」
「そうですね。または私の異能である《固定斬撃》でも、左門さんの《月下湖面》から自分の身を守ることができますし」
それをやってしまうと、《月下湖面》の怪魚が切り刻まれてしまう…訳じゃなかったな。確か、怪魚もわたしと同様、絶対に壊れない無敵の肉体を持っていた筈だ。
「御水見の異能は強力だが、不意討ちに対応できるかは別問題だ。そこで、感覚が鋭く不意討ちに強い隆谷寺を同行させよう」
すると、残るは国栖穴さんと馬垣くんだけれど……
「はずれくじ、ってゆー程に不確定でもなかったな。熔巌くんと組むのは」
「そりゃこっちの台詞だ性悪女。あと苗字で呼べ」
「わかったよ熔巌くん、次から気が向いたらな」
「てめえ…」
この二人、まだちょっと険悪なままである。
「これは任務だ。日頃の不仲は一旦忘れろ」
「はーい…」
「…わかったよ」
と、枝倉さんの一喝に、状況も状況だからと従い、国栖穴さんと馬垣くんは一時休戦協定を結んだようだけれど、大丈夫だろうか。
という訳で、次に向かう『D地点』、即ち謎の敵が四回目に福島県支部の隊員を襲った場所では、次のような三つのチームに分かれて索敵することになった。
①わたし、梨乃ちゃん、左門さん、日倭さん
②御水見さん、隆谷寺さん、その他上官二名
③馬垣くん、国栖穴さん、枝倉さん、その他上官一名
三つ目のチームは守備の面において不安が残る気もするけれど、かと言って一つ目のチームから梨乃ちゃんをそちらに回すとわたしが困るので、何も言わないでおく。