移動中
「じゃあ、ここからは徒歩で行くぞ!」
喋ってばかりもいられず、早速わたし達ADF長野県支部は、福島県支部の中では今のところ一人しかいない活動可能な戦闘要員である隆谷寺愁弥さんを含む、上官が指揮する3つの班を組み、車両を使って東に移動した。市街地が見えてくると車両から降りて、そこからは徒歩で行くことになった。
それぞれの班が微妙に離れて、しかし離れ過ぎない程度の距離を保ちながら移動するのだ。
長野県支部の抵抗者の人数は20人。それを3等分することはできないので、いつもならばどこかが1人少なくなる訳だが、今回は隆谷寺さんがいるから、合計で21人だ。これなら3等分できる。
という訳でわたしの班における抵抗者のメンバーは、わたし、梨乃ちゃん、馬垣くん、国栖穴さん、御水見さん、左門さん、そして隆谷寺さんの、七名によって構成されることになった。
…………
「クズ女、陰湿読心術、不良、クズ女、こだわり頑固女、狭い場所では役立たずの男、初対面の相手を馴れ馴れしく呼ぶ男…」
「待て、おい待て、何を言っているんだ篠守。どうしたんだ。ネガティヴすぎるし、何気なく卑屈だし、やめろ。士気に関わる」
「わたしが十字架を背負って、あいつらのことを見ときます」
「お前何を言ってるんだ」
と、馬垣くんの冷静なツッコミだった。
ごめん、嫌な予感はしていたけれど、まさか本当にこの問題児グループがそのまま、今回の作戦行動を共にする面子になるとは思っていなかったから、ちょっと取り乱しちゃった。動揺して訳のわからないことを言ってしまった。
ともかくわたしは、わたしなどの前述の七人に加えて日倭さんなどの上官を含む、合計12人の班の一員として、今こうして歩いているのである。
「隆谷寺、他の隊員が襲われた場所は、ここから距離にしてどれくらいだったか?」
日倭さんが尋ねる。
「そうだね、複数箇所あるけど、最寄りだとC地点だ。ここから2kmくらいの場所だよ」
「……因みに、隆谷寺、敬語は?」
「え?ああ、敬語か。ごめんね、敬語とかわからなくて」
お前もかよ。お前も上官に敬語を使わない問題児だったのかよ。ガチで問題児集団じゃねえかよ、この班は。しかも馬垣くんの場合は『敬語を使えない』だったけれど、何だよ「敬語がわからない」って。わかれよ。
「隆谷寺1士、君はその、他の隊員を襲った敵を見ていないのか?」
今度は、別の上官が隆谷寺さんに尋ねた。
別の上官というか……馬垣くんと左門さんとの相部屋の上官、枝倉ゆきのり曹長なのだが。
最近気づいたけれど、そういや長野県支部が置かれている葉川駐屯地に初めて行った時、体育館でわたし達に色々と説明をしてくれた人の苗字が『枝倉』だったのだけれど、どうやらその枝倉さんとゆきのりさんは別人らしい。ただし血の繋がりはあって、なんとゆきのりさんは、体育館で説明訳を演じたほうの枝倉さんの息子さんなんだとか。
あ、ついでに思い出したんだけれど、わたし達のような抵抗者の人員にも、従来通りに自衛官としての階級が与えられる。さっきゆきのりさんが言ったように、隆谷寺さんは1士の階級らしい。わたしと同じだ。
さておき、隆谷寺さんはゆきのりさんの質問に答える。
「いや、見ていないね。俺のところの隊員はみんな建物の中で襲われたようで、俺はたまたま建物の外で待機していたから助かっただけなんだ。急に通信が途絶えたもんだから異常を察して、俺は一人で撤退したんだ」
「そうか」
一人で撤退、か。
責める訳にもいくまい。相手が何なのか判らなくとも、他の隊員を全滅させるような強敵だということくらいは判るのだから、様子を見に行くなんて自殺行為をするよりかは自分だけでも撤退するべきだ。
いや、死人は全く出ていないんだけれども。ただ気絶させられただけで、まあ昏睡状態っぽい人も中にはいるとはいえ、それでも確認できる範囲内では死者は今のところ0人だ。
改めて考えると、それも気味が悪いよな。
そうして少しだけ話しつつも、歩くのに疲れてなのか私語はあまり無いままに、わたし達はある程度の距離を移動して、問題の区画が見えてきた。
隆谷寺さんが注意喚起をする。
「あの辺り一帯だよ。ここから見えるあの辺り一帯で、屋内で隊員が何度も襲われたんだ。既に聞いていると思うけど、隊員が敵襲を受けた時にいた建物は複数箇所ある。敵が今どこにいるのかわからないから、なるべく全ての場所を警戒したほうが良いね」
「隆谷寺、最寄りのC地点まで案内しろ」
「了解」
日倭さんの指示に従う隆谷寺さん。
ところで、宇都宮市か。初めて来たけれど、別に荒廃したというような感じはしない。ただやはり、人気は無いけれど。
「篠守さん、そこで振り仮名を振らないのは駄目でしょう。宇都宮市の風評被害に繋がりかねません」
……ただやはり、人気は無いけれど。
「あの、ところで隆谷寺さん。もし良ければ、その手袋を着けている理由を聞かせていただいても良いですか?」
梨乃ちゃんが、隆谷寺さんの着用している黒い手袋を指して尋ねる。珍しい、優等生の私語である。
「え?ああ、ちょっと手を痛めててね。保護するために手袋をしているんだよ」
「大丈夫ですか?一体どんな怪我を…」
「いや大丈夫だよ、ちょっと肌を怪我しただけだから、乾燥しないように外気に晒さなければ問題ない。そこは安心してくれて良い」
隆谷寺さんは何ともなさそうに答えるが……
んー?梨乃ちゃん、どうしたどうした、普段はわたしの私語に口出しすることはあっても、自分から私語を始めることはそうそう無いっていうのに?もしかして、梨乃ちゃん、隆谷寺さんのことが気になっ…
「ぐっ!」
「おっと、気を付けてください篠守さん。どこに糸が張られているかわかりませんからね」
突如、歩いていたわたしの喉に何か糸のような物が当たったと思ったら、凄い力で食い込んできた。
いや、食い込んできたのではない。わたしが食い込んだのだ。普通ならば、いくら張ろうと糸なんて押せばたわむものだから、それが全くたわまなかったことで相対的に『力強く食い込んできた』と感じただけであって、実際にはただ、完全に固定されていた糸にわたしが突っ込んだだけである。
「げほ、げほ……梨乃ちゃん、《固定斬撃》は味方に使っちゃいけないと思うの」
「味方には……そうですね」
誰が敵だこの野郎。
同じベッドで添い寝してやろうか?
「お前は脅し方がいちいち独特なんだよ篠守。それじゃあ国栖穴が言った冗談も洒落にならねえぞ」
と、馬垣くん。
確かに、出し抜けに変なことを言ってしまったのは認めるけれど、それにしても酷くない?わたしを味方じゃないみたいに言って……
「いやまあ、実際、この作戦の中では俺達は味方同士なんだから、紫野の発言は酷いというか、現実を見てねえってのはあるけどよ……まあ、誰しも時には、現実を直視したくねえ時があるもんだ」
「わたしと裏で付き合ってるっていう噂を流布してやろうか?馬垣くん」
……さておき。
「あそこだ。あの建物で、他の隊員が襲われたんだ」
どれくらい歩いたのかと言えば、それは最初に言われた通りに2kmくらいなのだろうけれど、道中たまーに雑魚の貪食獣と遭遇しては瞬殺しているうちに、とにかく目的地は目前だった。
いつもよりかは比較的、比較的私語を慎んでいたわたし達だったが、隆谷寺さんのその警告とも言える報告を聞いてからは更に緊張が走る。
C地点、大きめのビルディング。アパートやマンションの類ではなさそうだけれど、ざっと見ても10階以上ありそうだ。恐らく、敵はこの建物のどこかに潜んでいて、福島県支部の隊員に奇襲を仕掛けたのだろう。和歌山県のような、奇襲を。
「全員、周囲を警戒しながら進むぞ」
なんで宇都宮にそんな高いビルが存在するかは置いておくとして、とにかく先頭の上官がそう言って、わたし達の班、抵抗者7名と無能力者の上官5名の総勢12名の人員は、忍び足に切り替えてそのビルに接近し、静かに中に入った。
さて、ここで一つ、わたしの後悔を聞いてもらおう。
一つだけ、一つだけ奇襲を警戒することの欠点を挙げるならば、この時点でのわたし達には…少なくともわたしには、残念ながら抜け目があった。
奇襲。
今回の場合、それは敵がしてくることであるが……
敵が何なのかわからなければ、完璧に警戒することはできない。