ADF福島県支部
長野県長野市から栃木県宇都宮市まで、直線距離ではおよそ150km。かなり遠いけれども、自衛隊のヘリは最高速度が200km/hを超えるものばかりだから、1時間もかからないだろう。さりとて、何もしない1時間は長いのだけれど。
理由は忘れたが、今回の任務では人員総勢30名を3等分にして、ヘリ3機に10名ずつが搭乗している。10名のうち6〜7名が抵抗者であるが、今わたしが乗っているヘリには6名の抵抗者がいるという状況だ。
わたし・篠守久凪…おっと名乗り忘れてたっけ?まあいい。紫野梨乃。馬垣熔巌。国栖穴八束。そして真面目にもここまでにおいて私語を慎み通した、左門凍さんと御水見深海さん。
左門さんと御水見さんは喋らなかった訳だから、あまりの退屈さにヘリの中で愉快なお喋りを繰り広げていたのはわたしを含めて4人だけだった訳だが。
「問題児が揃っているなーっていう感じだわ」
「篠守さん、私と左門さんは違うと思いますが」
と、わたしの呟きに対する、これは梨乃ちゃんの指摘。
「まあ百歩譲ってそれは認めるとしても、不良が1人いて、いくら言われても髪を切ったり結んだりしないメカクレの女が1人いて、何よりも性格の悪いクズな医者が1人いるんだから、そりゃあ問題児が揃っていると言っても良いじゃないのよ」
「それくらいは百歩譲らなくても認めていただきたいところですが、それより篠守さん、性格の悪いクズは2人いますよ」
「確かに2人いるよな」
「けけっ、あたしと同類とは思わねえけど、まあ、誰かさんもそんなところだよな。つーかあたし、医者じゃなくて医師免許持ってるだけなんだけど」
誰が性格の悪いクズだコラ。
小声で言ったのに、地獄耳で聞き取りやがって。
ていうか、わたしも自分で言っておいてなんだけれど、国栖穴さんはクズ呼ばわりされてるのに何で怒らないんだよ。自覚あったのかよ。
「あはは、あたしは確信犯なんだよ。一般論だったり社会通念だったり、道徳とか倫理とか、そういう法則を基準にするならばあたしは性格の悪いクズだってことになるって、それくらいのことは認めるさ……大人だからな。だが、あたしの中ではそんなことはないんだってことよ」
なんてことだ。これでは、クズ呼ばわりされて怒っているわたしのほうがまだ徳が低い人間みたいじゃないか!
「『確信犯』を『故意犯』と違うほうの意味で使う人も今日日あまり見かけなくなりましたけれども、まだいるものなんですね。重畳です」
人の発言に対して国語的な指摘をすることに定評のある梨乃ちゃんが、珍しく、それもよりによって国栖穴さんに対して、好意的な反応を見せる。
まずい…このままではわたしの梨乃ちゃんが取られてしまう!こんなクズ女の魔の手によって!
「久凪、てめえ後で地獄を見せてやるからな」
「篠守さん、私を何だと思っているのか知りませんが、少なくとも私は貴方の物ではありません」
恐ろしいことを言う国栖穴さんと、冷たいことを言う梨乃ちゃんの板挟み…もとい、挟み撃ちに怯むわたし。
「ひぃ…!助けて馬垣くん…!」
「なんでこの状況で俺に助けてもらえると思ったんだよ。お前が俺のことを不良呼ばわりしたこと、忘れてねえからな」
お前も根に持つタイプだったのかよ!
根に持つのはわたしの専売特許じゃないのかよ!
「そんな専売特許があっては堪りませんが、それはさておき、そろそろ1時間くらい経つと思うのですけれど……もうそろそろ到着でしょうか?」
梨乃ちゃんが言う。
まあ色々と問題のある会話は置いといて(そもそも私語をすること自体に問題があるという問題は置いといて)、そろそろ目的地に着くというのならば気を引き締めないといかん。
「はい私語を慎めー、そろそろ到着するからなお前ら。真面目に行けよこっからは」
わたし達抵抗者グループから少し離れた位置にいる日倭かおり曹長が、少し声を張ってわたし達に声をかける。
もはや私語を叱ることすら無くなってしまった日倭さんの態度に空しさを感じたが、ともかく、さしもの問題児勢揃いのわたし達でも、任務の最中にまで不真面目でい続ける程にとち狂ってはいない。と自覚している。
そのため、そこからは全員が私語を慎んで沈黙のままに、目的地である宇都宮市の上空に到着した。
正確には宇都宮市の西側、鹿沼市との境目に近い辺りに臨時的にキャンプを展開している、ADF福島県支部を始めとする自衛隊の方々と合流するため、そのすぐ近くの空中に到着したという状況だ。
「降下用意!」
さて、ヘリを指定された地点に着陸させて、これからADF福島県支部の人達と合流しようという流れである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ADF福島県支部の人達』なんて言ったものの、それに該当する人間は、たったの2人だけだった。
いや、本当はもっといるのだろうけれども、その二人以外の人員は悉く、意識不明になっているか行方不明になっているかのどちらかなのだとか。
今動ける人員が2人しかいないのだ。
「いやあ助かるよ、君達が長野県支部から応援に来てくれた人達なんだよね?」
そう言いながら、そのうちの一人がわたしと梨乃ちゃんに話しかけてきた。
わたし達と同じ、ADFの黒と白の制服。
弛緩したようなしょぼくれた目つきで、何だかこう、性格が柔らかそうな人格者って感じだ。髪は白髪だが見た目はかなり若くて、まあ30歳も行ってなさそうな感じなのだけれど、雰囲気だけで言うならこう……『老練』って感じだ。白髪はやや短く切られていて、黒い手袋を着用している。
「俺は隆谷寺愁弥っていう者だ。一応抵抗者なんだけど、ちょっと五感が鋭いだけの落ちこぼれだよ。はは…」
一応の礼儀として、わたしと梨乃ちゃんも名乗り返す。
「初めまして。紫野梨乃です」
「どうも、篠守久凪です。わたしはまあ、落ちこぼれではないと思いますけれども」
こうじゃなかった気がする。
何を言っているんだわたしは。結構失礼というか、これじゃあ初対面の相手を見下すマウンティング女みたいな感じになってるじゃないか。
しかし、わたしのそんな失言を気にも留めず、隆谷寺さんは続けて訊いてきた。寛大である。
「それで…君達の異能って、どんなんなの?」
「異能ですか?」
「うん、ほら、気になるじゃん。因みに俺は、五感が鋭く敏感になるっていうだけの異能だよ」
「私の異能は簡単に言うと、触れた物を何でも切り裂く糸を空中に出現させるというものですが…」
「おお、強そうだね。それで、そっちの久凪ちゃんは?」
馴れ馴れしく『久凪ちゃん』と呼んできやがったことは、まあこの際、水に流そう。わたしも丸くなったものだ。
「わたしの異能は、身体が頑丈だっていうだけです」
「……へえ」
おい。
なんか今、隆谷寺さんの反応が遅かったんだけれど…
何?何だよその複雑そうな顔は?地味な異能だとか思ってるんじゃないでしょうね?『お前も落ちこぼれなんじゃないか』とか思ってるんじゃないでしょうね?
「あはは、まさか。凄く便利な異能だと思うよ?」
流れるようにさりげなくではあっても、そんな適当なフォローをされたところで払拭しきれない不安がある。
因みに、隆谷寺さんが今動けるADF福島県支部の人員のうちの一人目だとして、二人目は誰なのかと言うと、それは今まさにキャンプの中で忙しなく右往左往している、不思議な少女だと言う。
彼女の名は、再冉目品。異能については、治療に特化した能力だそうだ。そのため戦闘には直接駆り出されず、負傷者の治療を主な仕事にしているらしいが……
「ほら見て、あの目品ちゃんはね、いっつも右手に籠とか袋とかを持っているんだよ」
隆谷寺さんがそう言うが、確かに彼女は今、右手に籠を持っている。中には消毒液とかが入っているようだけれど、別にそれは治療班として普通のことなんじゃないのか?
「いや、それがね?中になんにも容れていない状態でも、とにかく四六時中ずっと、右手に籠か袋を握りしめているんだよ」
「え?」
「いやもう、本当に。訓練中も課業中も食事中もずっと。左利きだからまだそこまで生活に支障をきたしている訳ではないんだけど、もし強引に奪い取ろうものなら、狂乱状態になっちゃうんだ」
それはまた、凄い変人が出てきたな……
常に袋か籠を持っていたいという、謎のこだわり。いや、持っていなければならないという強迫観念に近いのだろうか?
絶対に髪を結んだり切ったりしない御水見さんと通ずるところがあるのかもしれない。
「でも、寝る時はどうするんですか?」
「あ、寝る時だけは例外らしい」
例外なのかよ。
どうせならそれくらい頑張れよ。
「というか、今戦闘不能になっている人達を再冉さんの異能で復活させられないものなのでしょうか?」
梨乃ちゃんがいつものように鋭い指摘をする。
教師風に言うなら、良い質問だ。
「あー……、それはね、できないんだよ。目品ちゃんの異能は外傷を治すだけで、気絶している人の意識を戻すようなことはできないんだ」
なるほど。良い質問には、時に面白く、時につまらない答が待っているものである。
それにしてもあの再冉目品ちゃん、年齢はいくつくらいなのだろう?遠目に見ただけでは、どう見ても幼女にしか見えないのだが。
12歳くらいか?
「いやいや、人の年齢を外見で判断しちゃいけないよ。目品ちゃんはああ見えて、20歳だから」
「ええ!?」
「ええ!?」
わたしと梨乃ちゃんが息ぴったりに驚嘆の声を上げるが、いや、え、20歳!?あんな幼女が、わたしや梨乃ちゃんよりも歳上だと言うのか!?
「人は見かけに依らないからね」
見かけに依らな過ぎるだろ。
信じられない。嘘吐いてるんじゃないのか?
「え、やばい、何も信じられなくなってきた。因みに梨乃ちゃん、あなたの年齢っていくつだっけ?」
「疑心暗鬼にならないでください。私は16ですよ」
「そうだったそうだった。それで、隆谷寺さんはいくつなんですか?」
「ああ、俺の年齢?俺の年齢はね…」
と、わたしの質問に対し、そこで何故か隆谷寺さんは、微笑みを浮かべて言った。
「秘密」
やっぱり信じられなくなってきた!うわーん!