作戦説明
「来たか。紫野、馬垣、ご苦労さん」
道中、まあそう簡単に諦めるわたしではなかった訳だから懲りずに再度の脱走を試みたのだけれど、やはりあっさりと捕まって会議室までしょっぴかれて、それで会議室に着くと、梨乃ちゃんと馬垣くんだけに対して日倭さんが労いの言葉をかけた。
恐らくそれは、わたしを連行してくることに対する労いなのだろう。わたしは皆からいじめられているんじゃないかという疑惑が浮かび上がってくるけれど、そういえばわたしは遺憾にも問題児扱いされているのだったから、まあこの程度は仕方ないのだろうか。
納得するつもりはないが。
閑話休題…いや、むしろこっちが本題か…今現在において、長野県内では確認できる限り全ての貪食獣が駆除され、安全が確保された。だから最近では、我々ADF長野県支部も他県へ遠出をすることが多くなってきたところだ。
そして、ADFの支部は日本国内においては8箇所あるが、そのいずれの支部が存在する都道府県においても、同様に安全がある程度は確保されたそうだ。
そのためここ長野県支部に限らず、ADFはこの頃、それらの都道府県とは別の地域の安全確保を推進している訳だ。
「朝早くに呼び出して悪かったな。では、早速本題に入る。ADF・福島県支部から救援要請を受けた」
既に揃っていた上官が、用件を説明し始めた。
なるほど、救援要請。夜間に何かあったのだろうか?
「ADF福島県支部の部隊は現在、栃木県の某所にいる…」
「あのー、すいません、ナレーションじゃないので、ぼかした言い方をしなくても大丈夫です」
「…栃木県の宇都宮市にいるそうだ」
作戦会議でぼかした言い方をしても仕方ないからね。
「福島県支部の隊員、並びに通常部隊の隊員、ほぼ壊滅しかけている状態らしい。本来ならば今日は非番だった諸君だが、急遽これから栃木県に行ってもらうことになる」
その後も詳しい説明をされたが、いつも通りに秀才な語り部たるわたしが要約しよう。
わたしの読み通り、昨日の夜の出来事だったそうだ。栃木県は宇都宮市の街中において、詳しいことは一切不明の謎の貪食獣によって、ADF福島県支部やその他の隊が次々と襲われたそうだ。ある者は定形を持たない変幻自在の怪物だったかも知れないと言い、またある者はほぼ人間みたいなものだったのではないかと言い、またある者は触手を持つ怪物だったかなと言うのだが、どの証言がより信憑性を持っているのかわからないし、そもそもどれも証言という程に確信を持って発せられた情報ではないという状況だ。
何せ襲撃を受けた人達は、皆一様に背後からの不意打ちで気絶させられたという。そのため、相手がどんな姿をしていたのかわからないのだ。なんか怪しいな…
確認されている中では死者が出ていないけれども、行方不明者は結構いるらしい。それも不気味である。
人をただ殺すのではなく、人を攫うタイプの貪食獣だろうか。いや、そもそも貪食獣なのかどうかからして怪しいとも、上官は言うが。
はっきり言えることは、今回の敵(便宜上『敵』と呼ぶことになっている)は、相当に奇想天外な行動を取る、しかも強力な相手だということだけだろう。
福島県支部の隊員が襲われた場所は、合計で4箇所。それぞれ襲われた順番に、AからDまでのアルファベットを付けて呼ばれている。『A地点』とか、『B地点』とか。
………。
B地…いや、何でもない。
この四箇所で福島県支部の隊員が襲われた後は、突然ぴたりと被害が止んだらしいが、そんな危険な存在をもういなくなったと想定して動く訳にもいくまい。どこかに潜んでいるものとして考えよう。
とにかくわたし達ADF長野県支部は、これから栃木県宇都宮市に出向き、残っている福島県支部と合流した後、問題の謎多き相手を討伐するのだ。
「しかし、我々だけで事足りるのでしょうか?件の貪食獣…かどうかもまだ判明していないのでしたっけ、とにかく正体不明の敵というのは、ADF福島県支部と通常部隊をほぼ壊滅させたんですよね?」
梨乃ちゃんが、上官に対し至極真っ当な疑問を呈する。
「確かにほぼ壊滅した。死者は確認されていないが、行方不明者は多数いる」
「私達が行ったところで、解決する問題なのでしょうか?」
「わかっている、言いたいことはわかる。確かに、助けに行った我々が万が一やられてしまったらまずい。ただな?お前らは自分では知らないかも知れないが、ここの長野県支部には相当優秀な抵抗者が揃っているんだよ。えげつないくらいにな。例えばお前だってそうだ、紫野梨乃」
「は、はあ…」
梨乃ちゃんは突然誉められて困ったような反応を見せるが、上官の言う事はかなり正しい。
ここの抵抗者の皆は強すぎるんだよな。《固定斬撃》、《万物融解》、《船幽霊》、《黄金剣》、《干肉》…それから何気に《研磨》と《冷凍庫》の合わせ技も強力だし、それよりも何よりも、このわたしの…
「篠守さん、『何気に』は誤用ですよ」
「篠守、お前の異能はそこまで規格外でもないからな」
「………」
梨乃ちゃんと馬垣くんは何なのだろう、わたしを自殺に追い込むつもりなのだろうか?ならばわたしは、とことんそれに抵抗してやる。わたしは死なないぞ。
ていうか死に方がわからないし、わたしの場合は。
「なにも死んでこいという訳じゃない。無理に相手を討伐しなくとも、様子見で良いんだよ今回は。相手の正体を掴むだけでも収穫だ。この作戦にそこまでリスクが無いというよりは、リスクが生じないように動けよっていうことだ。例によって、生き延びることを優先しろ」
「わかりました」
どうやら今回の作戦は、そんなに敵を積極的に討伐しようというものではなかったようだ。それならそれで、というよりそうじゃなきゃ、わたしとしてはやってられないよ、もう。本来なら今日は数少ない休日だったんだから。
「では7時55分に、ここにいる全員で出発する。解散!」
そして作戦会議が終わって、わたしを含めた約20名の抵抗者と、10名程度の上官が出発の準備を始めた。
なんとなんと、全ての抵抗者が動員されるのだ。全員が長野県を離れるのだ。
大丈夫かなあ…?
そんな訳で、ある筈だったわたしの休日と安息は、あっけなく喪失してしまったのであった。