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エピローグ

『春眠暁を覚えず』という語り出しで有名な『春暁(しゅんぎょう)』の中では、そう言えばその直前の夜に風雨の声を聞いたという話が出てくるけれど、ADF福島県支部からの救援要請に応じて栃木県宇都宮市に(おもむ)いたあの日の前夜に、雨風の声を聞いていたかどうかは、今となってはもう憶えていない。


あの後、うちの長野県支部隊員の一部は、隆谷寺さんの攻撃によって一時的に気を失っていたものの、またすぐに回復して、何とかその日のうちに長野県に帰って来ることができた。

福島県支部の人達もそれは同様だったらしく、隆谷寺さんが言っていた通りに全員が生還し、死者は誰一人として出なかったらしいし、意識不明だった人達も少しずつ目を覚ましてきて、またすぐに立て直せたそうだ。


隆谷寺さんは、馬垣くんに顔面を爆破されて敗北を喫してからは大人しいものだったが、直後に福島県支部でどのような処遇を受けることになったのかは、知らされていない。

誰も殺していないとはいえ、あれだけ大胆に暴れ回ったのだから、何かしら処罰されるのは間違い無いけれど、具体的にどうなるかは想像も付かない……

下手したら、裁判にでもかけられて死刑判決が言い渡されたのかも知れないと思うと、何だか複雑な気分だ。いや流石にそれは無いか?無いと思いたい。

敵対したとは言え、ついこの前あんな風に喋り合いながら戦った仲である相手が、今はもうこの世にいないのだとしたら、それは何だかなあ。


因みに、隆谷寺さんもそうだけれど、あのガスボンベの爆発で犠牲になった馬垣くんの右手とか、隆谷寺さんの蹴りで潰されてしまった馬垣くんの大切な物(本当に潰れてたのかよ。信じられん)とかは、福島県支部の再冉(ふたたしな)目品(めじな)ちゃんの異能で治してもらったことで、すっかり元通りになったそうだ。

あの目品ちゃんという子、いやわたしより歳上らしいのだけれど、とにかくあの人はやっぱり、クセが強かった。

中に消毒液とかが入った籠を持って来ていたのだが、そこまでの重量でもないだろうに、歩く度にいちいち『よっこらせえ、よっこらせ』と掛け声を出すのだ。しかもその掛け声の、なんとやる気の無さそうなことだったか。まるでやりたくもないことを仕方なくやらされているみたいに、全くやらなくて良いことを自分からやるという、そんな訳のわからない女の子だった。

因みに彼女の異能の名前は、《倍速再生》と言うらしい。何でも、身体の栄養状態を一切無視して、何の代償も無しに対象者を超高速で治癒(ちゆ)させるんだとか。欠損した部位を元通りにすることすらできる強力な異能らしい。

もろ、異世界系ストーリーに出てくる治癒魔法である。

それと、上手いかどうかはともかく、《倍速再生》というのは中々に違和感の無い掛詞(かけことば)だ。


「う〜ん…うぬ〜ん…」

あれから1週間くらい経って、また休日になって、それで今朝はいよいよ本当に、暁を覚えずに朝を迎えた。

最近涼しくなってきたから、本当によく眠れる。

やばい。起きられない。現在時刻は…多分7時くらいなのだろうけれど、実は1時間くらい前から既に意識はあるのだ。そして、このままあと1時間でも2時間でも寝ていたいっていうくらいに、めちゃくちゃ気持ち良い。

「篠守さん、流石に寝過ぎです。そろそろ起きてください」

おっと、ここまでか。

可愛い後輩であるところの梨乃ちゃんに身体を揺すられて起こされるのもそれはそれで気分が良いけれど、この後輩はいざとなったら実力行使に出るから、あまり逆らう訳にはいかないのだ。

どんな後輩だよ。

いや、ADFの中では同僚なんだけれど。

さておき、休みの日だけ寝坊をしようなんて、そんな都合の良いことは実際にはできないということはわかっている。そんなことをしようとしたら、平日も寝坊をするだけだ。

だから大人しく梨乃ちゃんに起こされてあげたわたしは、とは言え後で必ず昼寝をしてやるぞと決意して立ち上がり、顔を洗った。

しかし冷静に考えてみたら、自衛隊駐屯地の寮内で昼間をゴロゴロと寝転がって過ごすというのは、かなり珍しいシチュエーションである。

休日を駐屯地内で過ごすことになっている、ADFならではの状況だ。


「さて、今日はどうしよう」

食堂で食事を口に運びながら、漫然と考える。

勿論食事やら何やらの基本的な生活習慣はいつも通り行うし、昼寝はするし、スマホもいじるけれども、今日はせっかくの休日だ。それとは別に、何か平日にはやらないようなことをやりたいなと、ふと思った。

何せ、暇で暇で仕方ないのだ。本当に、平日も休みの日もずーっと駐屯地にいるんだもん。ここ何ヶ月間、全然家に帰っていない。

まあ、帰ったところで出迎えてくれる家族は……

うん。

ともかく、今日はスポーツの気分でもないから、体育館やらテニスコートやらグラウンドやら、そういう場所には用は無いし。

売店でお買い物でもしようかって言ったって、そんなに品揃えが多い訳でもない。こうなると、かのデパートで荻原さんが言った『買い物したくなってきたわね』という言葉にも、共感せざるを得ないな。まああの人の場合、聞くところによると富裕層の出身らしいから、買い物を趣味にしているっていう理由もあるのかも知れないけれど。


とりあえず、そもそもこの葉川駐屯地にはどんな建物があったかを一通り把握しておこうと、食事を終えたわたしはその辺に貼られていた駐屯地内の見取り図を見た。

気になるところがあれば、今日はとりあえずそこに遊びに行ってみようかなという風に、何となく見ていたのだが。

「武道館…か」

目に留まったのは、その三文字だった。

武道……武術。

そう言えば1週間前のあの日、隆谷寺さんはわたしに不思議な技をかけた。わたしの左手を掴んで、ふわっとわたしの身体が浮かぶような感覚のあとに、ひょいっと前に倒された。合気道にでもありそうな、あれは極めて複雑な技だったと思う。

技の名前なのか何だったのかはよくわからなかったけれど、彼が言っていた言葉は確か……、『合気』『やわら』と、「チンナ術」だったっけか?記憶が曖昧だが…

「んーー……」


特に理由があった訳ではない。

別に、運動をしたい気分だったとかっていう訳でもないことは、言うまでもないだろう。

ただ何となく、今日は武道館に行って、あの技について考察したり、他にも人がいたらあわよくばその人に教えてもらえたりしないかなと考えて、わたしは何となく、武道館に足を運んだのだった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「やあ、待っていたよ久凪ちゃん」

「え、ええええええ!!??」

武道館の扉を開けてわたしが中に入ると、たった今わたしが閉めた扉の方向、つまりは背後からそんな声が聞こえて……

振り返ると、どこにいたのか、隆谷寺さんが立っていた。

ADFの制服ではなく黒いジャージを着ていたため、容姿については一目ではしっくりこなかったが、しかし白髪の割には若い声と容姿で、わたしをそう呼ぶ男は一人しかいない。


「りゅ、隆谷寺さん!?なんで!?なんでここに!?処罰されたんじゃなかったんですか!?」

「あー、まあ、謹慎中なんだけどね。来ちゃった」

来ちゃった、じゃねえよ。

どうやら懲戒免職とか刑法に基づく処罰とかにはならなかったらしいけれど、そのせいで大変なことになった。

謹慎中なのに、どうやって…もしや、脱走してきたのか?駐屯地からの脱走って、かなり重罪だぞ?というか、福島県の駐屯地から長野県のこの場所まで、一体どうやって……

いや、考えている場合ではない。

これはまずい。まずいことになった。

今、わたしはナイフも何にも持っていないし、駆け付けてくれる仲間もいるかどうかわからない。

これでは、今度こそわたしは捕まってしまう。

そうして隆谷寺さんはわたしを気絶させて、お仕置きして拷問して縛って、服を脱がせてぐちゃぐちゃに陵辱することだろう。

「待て待て待て!そんな事しない!言ってない!俺そんな事言ったあ!?言ってないよね!?印象操作をしないでもらいたいんだけど!」

「え?抵抗できないようにわたしを手籠めにして、好き勝手にあんなことやこんなことをしてやるって言いましたよね?」

「言ってない!そんなことはまず間違いなく、絶対に言ってないから!」

「絶対?今、絶対と言いましたか?何があっても、本当に、絶対に間違いなく、言っていないと言い切れるんですか?少なくともわたしの記憶では、そう言ってましたけれど」

「言ったか…?いや、言ってない!」

「言いましたよ。絶対に」

「え、言ってたか…?そ、それは、言ってたとしたら訂正する!そんな事をするつもりは一切ない!」

…ちょろいな。

「じゃあ約束してください。『二度とわたしを欲望の赴くままに陵辱しようとはしません』って」

「それを言わせたいだけじゃねえか!」

流石にバレたか。

「はぁ…はぁ…俺はなんてバケモンに手を出しちまったんだ……、じゃなくて、今日は別に復讐をしに来たとかではないの。むしろ逆で、仲直りをしに来たんだから」

「なるほど、仲直りをした上で、わたしの肉体を好き勝手に…」

「そういうアレから一回離れてくれるかな?」

まあ、そろそろやめておかないと、おいたが過ぎるというものか(あるいはもう、過ぎているのかも知れないが)。

仲直りとな。わたしも別に、良好な関係を構築できるのならそれに越した事は無いと思っている。これ以上隆谷寺さんの性癖を深掘りして、気分を害してやることもない。


「改めて、先日の件は済まなかった。謝罪するよ。君に限らず、誰に対しても二度とあんな事はしない。というかできない。次やったらクビになるらしいからね。許してくれとは言わないが、二度とやらないよって事と、そっちさえ良ければまた協力関係を築きたいと思ってるよって事を、伝えておくよ」

『クビになる』というのはこの場合、ただ退職するだけという意味ではないというか、文字通り首を吊るされるらしい。

強大な力を持つ異能者であるところの抵抗者は、その力の強大さ故に、ADFに属さなければ討伐対象…もとい、『保護対象』になるという噂がある。

あくまで噂で、『保護対象』にどんな扱いが待っているかのはよく知らないけれど、まあ討伐なんていうのは流石に悪質な誤謬(ごびゅう)を含むとしても、刑務所での服役並に不自由な生活を強いられることにはなるのだろう。わたしだったらそんなの、考えたくもない。

噂とはいえ、流石に隆谷寺さんでもそれは嫌であるらしく、深々とわたしに頭を下げている。

「まあ、わたしは幸いな事に、あなたの魔の手にかかる前に事を終えたので、良しとします。二度としないのなら、それで良いです」

「魔の手……くっ……」

謝罪に対して優雅な感じで上品に応対して大人ぶるのも、相手が謝る立場で言い返せないのを良いことに揶揄(からか)うのも、格別の快楽と満足感があるものだ。

くっくっく。


因みに、隆谷寺さんが一発でクビにならなかった理由については、勿論誰も殺さなかったこともあるが、加えてADFが常に人手不足であるからという理由や、戦力をなるべく失いたくないからという理由もあるらしい。まあ、何せ福島県支部と長野県支部の一部の班をたった一人で壊滅させかけた男だ。ADFは元々、異能を持つ抵抗者は優秀な戦力になるからという理由だけで、自衛官としての適性の有無などを無視して強制的に抵抗者を集めて結成された組織である。やはり、戦力というのは最重要事項なのだろう。

しかし、奇を(てら)ってとは言えその隆谷寺さんに勝った馬垣くんって凄えな。え、あの人もしかして、めちゃくちゃ強いんじゃないのか?

「悪かったよぉ…本当に反省してるんだよぉ…」

「わたしは別に怒ってませんよ?どうして謝るんですか?」

「うぅ…」

へへ、自分が正しい側にいると、いくらでも陰湿な振る舞いができて気持ちが良いな!

……本当にそろそろやめた方が良いか。

「冗談です。ちゃんと許してますから、安心してください」

「そ、そうなの?怖かった…」

福島県支部をたった一人で壊滅させかけた男を、怖がらせてしまった。わたしも侮れない奴である。


「ところで、どうしてわたしがここに来るっていうのがわかったんですか?」

と、わたしは気になっていたことを尋ねてみた。

わたしは普段こんな場所には来ないのに、何故今日に限ってここに来るということがわかったのだろう?

「ああ、それそれ。実は俺ね、馬垣くんに負けたあの時から、新しい異能が発現したんだよね」

「……え?」

あ、新しい異能…?

「え?どういうことですか?そもそもあなたは、異能を持っていなかったっていう展開…じゃないですよね」

「うん。最初から1つは持ってたよ?でも、2つ目を獲得したんだ、ついこの前ね」

嘘だろ……そんなのアリなのか?

抵抗者の異能は、1人につき1つではなかったのか?

「そんなスタンドみたいな決まり、無いでしょ。そういうこともあるんだよ稀に。ていうか、あの日俺が君達に言った、『五感が敏感になる異能』っていうのも、あれ半分くらい嘘だから。俺の一つ目の異能は《武術》って言って、これは感覚が鋭くなるだけじゃなくて、筋力が強くなったり身体が頑丈になったり、瞬発力や持久力が高まったりするっていう効果も多少あるんだよ。で、二つ目の異能がつい先日発現したやつで、こっちは《神眼》と名付けた。これはまあ、言ってしまえば未来予知能力だね」

「ちょ、ちょっと待ってください、情報量が多いです」

そんなところでも出まかせを言ってたのかよ、あんた。

確かに、《武術》なんて異能を持っていると明かしたら、真っ先に犯人じゃないかと疑われるけれども。

それはさておき、未来予知能力だと?

「そう、未来予知。1分間先まで、暫定的な未来って言うのかな、『このままだとこうなるよ』っていう未来を予知できるんだ。予知の内容は、近い未来のほうがより正確に精密になる」

なるほど、それでわたしがここに来るということを予知して、予めここで待っていたという訳か。

…っておい。強すぎるだろ。

何だその異能?更に脅威度が高まったぞ?

そんなもん、どんな不意打ちも騙し打ちも通用しないじゃないか。もしまた敵対することになったら、どうやって勝てば良いんだ。

「なるべく敵対することのないようにしようとは思うけどね…」

「いやもう、本当、そうして欲しいです。何ならこの後、福島県支部の駐屯地から脱走したことがバレて処罰されて欲しいです」

「ひどいよ……まあそれも、そうならないように頑張るけど」

努力家みたいな言い方をしておいて、実際にやることは裏でコソコソと規則を破ることである。要はただのワルだ。


「そう言えば君、あの日俺の年齢を訊いてきたよね。無駄に混乱させても仕方なかったからあの時は答えなかったけど、もう良いや。教えてあげよう」

「ああ、やっと教えてくれるんですか」

そこも気になっていたところだ。

いくつだろう?小柄で若そうに見えるが、人は見かけで判断してはいけない。意外と30歳くらい行ってるのだろうか?現実的なところだったら、26くらい?

「俺は今年で、もう151歳になるんだ」

「……はい?」

…ん?

言い間違いか?

「まあ、そういう反応になるよね。でも本当に151歳なの、俺。生まれは19世紀でさ」

「え、え?」

何を言っているんだ?この人は。

シワ一つ無い、言ってしまえば童顔で、声もしゃがれたりしていないじゃないか。いや、確かに白髪だし、目つきはしょぼくれたような弛緩した感じで、態度や物腰も老練っぽい印象を与えるけれど、でも、それは流石に嘘だろう。

「本当なんだよ、これが。俺、老化しない体質なんだよ。正確には老化してもまたすぐに修復されるっていうことらしいけど、とにかく突然変異だか何だかで、何かの間違いで……言っちゃえば生物としてのバグで、老化という機能を持たない身体で生まれてきてしまったんだ」

いやいや、いやいやいや。『老化という機能』って。

老化しないことを悪い事であるかのように言うけど、そんなの、メリットしか無いだろう。

「いや、そうでもないらしいよ?なんか、専門家に言われた記憶がある。言われた内容は詳しくは憶えていないけど、生物っていうのは(すべから)く老いるように出来ているんだから、それはつまり老いることが生物には必要なんだとかって言ってた」

「そういうもんなんですかね?」

「いやあ、知らんけど」

それも納得がいかない話だけれど、それ以前にやっぱり、隆谷寺さんの年齢のほうが納得できない。

矍鑠(かくしゃく)とした老人、どころの話ではない。

人は見かけに依らない、どころの話ではない。


「え、えーと、混乱してきたので、話題を替えましょう。そっちの、福島県支部の人達はあれから、どうなったんですか?」

「ああ、聞かされてなかったの?俺の方は、そこまで甚大な被害にはなってないよ。別に何も、死人が出た訳じゃないんだし」

いや、それくらいは実を言うと聞かされているけれど、今は膨大な情報量で脳がパンクするのを防ぐために、知っていることを話されるくらいがちょうど良い。

「君を撃ったのだって、相手が君だから撃っただけだし。そんな致命的な攻撃は一切加えなかったからね俺。例えばさ…よく漫画とかで、首の後ろに手刀を当てたら気絶するみたいなのあるじゃん?あんなもん、医学の知識が多少あったら、非論理的で非現実だって判るよね。後頭部とかならまだしも、首って。いや、それは頸椎を折っちゃってるじゃないかっていうね。俺はそんな下手な事はしないし。むしろ、隊員なら増えたくらいだよ」

「え?増えた?」

「うん。あの、デパートに隠れていた一般人の、社大路(やしろおおじ)出雲(いずも)くんっていたでしょ?憶えてる?彼、抵抗者だったんだわ」

「へえー、まさかあの、わたしの中で密かに犯人候補に挙がっていた変じ…変態が、抵抗者だったなんて」

「言い直して余計に酷くなっているよ!どうしてそういう言い直し方をしちゃったのかな!?まあ、変態っていうのもあながち間違いでは……いや、何でもない」

「は、はあ」


社大路さんの人柄についてはともかく、話を聞いている限りでは隆谷寺さんは、本当に手加減をしながら隊員を襲っていたらしい。

その上で、ああやって一人一人着実に無力化していったというのだから、やはり恐ろしい男である。馬垣くんが勝てたのは、奇跡だったのかも知れないな。少なくとも、《神眼》とかいうチートスキルを獲得してしまった以上、隆谷寺さんに二度目の敗北は無いだろう。

まあ、必要に応じて手加減をしてくれるというのなら、味方に回すのも恐ろしいという程では無いけれども。

「それでそっちの…長野県支部の方は、大丈夫だったの?被害の大きさとかさ」

「被害を与えた張本人の台詞とは思えないですけれど、まあ何だかんだ言ってもすぐに立て直せましたね。上官はかなり怒ってましたけど」

「はは、怖いね…」

「いや本当、怒ると怖いですよ、日倭さん辺りは。くくく」

「くくく、じゃないよ」


やれやれ。

そんな風に、一時は敵対した彼と、今はこうして談笑する程度には、仲直りができたという訳であった。仲直りを難しくさせたのは、殆どわたしだったけれど…それはまあ、あえて場を和ませるための策だということで、多めに見てもらうとしよう。

その後わたしは、ことのついでに隆谷寺さんから技を教えてもらった。別にわたしが使うためではなく、ただ知りたかったから教わっただけだ、彼がわたしに使った技を。

それで知ったのだが、あの時わたしに使用した技である「合気」と「やわら」と「チンナ術」という技術は、どうやらそれぞれ日本の武術と中国の武術にそれぞれ含まれる技であるらしい。チンナ術が中国の武術の技法だ。あれは異なる武術を組み合わせた技だったのか。

まあ、仮に彼の150歳越えの年齢というのが真実だとするなら、それくらい沢山の技術を持っていてもおかしくはないか。


「おっと。そろそろ行かなきゃね。実は今日、徒歩でここまで来てるからね」

「え!?福島から、徒歩で!?」

「あはは、まあこれでも鍛えてるからね、一応」

それはわかってるよ。あなたが鍛えていないなんて、一瞬でも思えないよ。それにしたって一体、いつから出発したというのだ…?そんなに早く着くのは、どう考えても異常だ。

どんだけ元気なおじいちゃんなんだよ。

「まあとにかく、そろそろ帰らないといけないからね。流石に帰りが遅くなり過ぎたら、脱走がバレてしまって今度こそクビになりかねない。ってな訳で、この辺りでおさらばするとしよう」

「そうなんですね。それじゃ…」

……と、別れの挨拶を言いかけたわたしだったが、そこで隆谷寺さんは思い出したように振り返り。

「あ、そうだそうだ。最後に一つ」

話のついでにと言わんばかりに、あるいは行きがけの駄賃として少しでも収穫を得ようとしてか、何となくそれとない態度で、彼は、わたしに。


「君は、何のために戦っているんだ?」


たおやかで落ち着いた柔らかい口調で、しかし相手の心の奥底まで見抜かんばかりの鋭い目つきで、彼は、隆谷寺愁弥さんは、尋ねてきた。


わたしは、答える。


「自分のためです」



(続)


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