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敗走

「っ!?」

「何だ!?」

何かが爆発し、その爆風に乗って破片のようなものが飛んで来て、わたしの顔に当たった。思わず目を瞑って怯んでしまったわたしだったが、後から思えば、これが良くなかった。

「あ、あんた…!うっ…!」

わたしが目を開けた時、既に荻原さんは敵に襲われ、抵抗も(むな)しく床に転ばされているところだった。

そして、どさっと身体が倒れる音とともに、また静寂が戻り。

荻原さんの異能が解除され、眷属達が消えた。


「くっ…、《冷凍庫》…!」

動揺して、闇雲に異能を使って辺りを攻撃する真鈴さん。

残るは、三人だけだ。わたしと、真鈴さんと、上官のおじさんが一人。

そうか。気付きたくもないことに、今気付いた。この『敵』は、脅威度の高い相手から順番に無力化しているんだ。

まずは主力である梨乃ちゃんを。次に、射撃術に秀でていて指揮官としての振る舞いを見せている日倭さん。まずはこの二人を無力化することで、わたし達を動揺させ、また混乱させる。そして次に脅威となる荻原さんを無力化することで、残るはただの上官と、単体では戦うことが難しい異能を持つわたしと真鈴さんの二人だけ。

間違いない。この戦略性、この知性。

敵がいる位置さえはっきりさせてしまえば真正面から戦わせてもらえるなんて、甘い想定だった。そもそも真正面から戦わせてくれないし、真正面から戦ったとしても、決して楽勝な相手じゃないだろう。

訓練されたあの日倭さんを、不意打ちとは言え……

いや、そもそも別のグループにいたナイフ使いの無口なおじさんだって、相当に強かったのだ。不意打ちだからやられてしまったのだと決め付けていたが、もし完全な不意打ちではなく、ある程度警戒されている状態からナイフおじさんを制圧してしまったのだとすれば?

そんなの、強いに決まっているじゃないか。

強い。あまりにも。

しかし何故、それに気付かなかった?

わたし達は一体、どうして。


「二人とも!とにかく動き回れ!不規則に動いて、一旦退避しろ!」

残された一人の上官であるところのおじさんが、銃を構えながらそう言う。

確かに、もう三人がやられている以上、その場から動かずにじっとしていることが効果的でないことは証明されているし、この状況になれば逃げたほうが良い。

ただしわたしの場合、逃げつつも上官のそばまで行かなければならない。盾として、この中で唯一銃を持った上官を守らなければならない。

「!?お前っ!」

と、わたしが上官に向かって走り出した時だった。

上官が足元を見て突然血相を変え、斜め下に銃を撃ったのだ。

間違いなく、敵と遭遇している。

しかし『お前』とは何だ?

『こいつ』とかでも良いのではないか?

この上官は、貪食獣などの生き物に対してもそういう代名詞を使うタイプの人だったのだろうか?

もし、そうでなければ……

「う、嘘……」

ともかく、わたしがそこで目の当たりにしたのは、ただでさえ絶望的な状況が更に絶望的になるような光景だった。

上官は、わたしからは姿の見えない敵に対して、確かに発砲した。2発、撃った。

しかし、その直後にまた転ばされて、そこでもう1発撃ったっきり、上官の声も銃声も、途絶えた。

敵は恐らく貪食獣だろう。銃が効かない人間などいてたまるかと思うし。ただ、しかしそうは言ったって、貪食獣だからと言って銃が効かないという訳でもない筈なのだ。それなのに、事実として上官は、銃を撃った上でやられてしまったのだ。

あるいは、銃弾を(かわ)すことができる程に熟練した人間か……

いずれにせよ、つまりはそういうレベルの相手なのだ。


「荻原さん!しっかり!」

っと。

わたしがそんな光景を見ている間に、真鈴さんは荻原さんが倒れた場所まで素早く駆け寄って、荻原さんに声をかけていた。

退避しろと言われているものの、まず荻原さんを起こしにかかるっていうのは、真鈴さんのことだからそんなこったろうとは思っていたが、これがまた良くなかった。

もう、わたしと真鈴さんしか残っていないのに。

「真鈴さん!そっちに行きます!」

こうなってしまえば、一箇所に二人で固まっていたほうがまだ良いってものだ。

最悪、どちらかが盾になって、もう片方が敵の姿を捉えたら、そのまま逃げてしまうだけでも良いだろう。

予定ではここまで犠牲を払う筈ではなかったけれど、とにかく今は、敵の姿が判明するだけでも収穫だ。

わたしは、真鈴さんと荻原さんがいる位置に駆け出す。

もはや作戦は失敗だ。

わたし達は失敗した。

後は負け犬らしく、逃げ帰るのみだ。


後から考えてみれば、見えにくい位置にちょうど足首くらいの高さで紐が張られていたのも、床とよく滑り合う衣服が置かれていたのも、わたし達の不注意を誘うために敵が仕掛けたものだったのだろうし、さっきわたしの右方向で起こった爆発も、自衛官から事前に奪い取っていた手榴弾か何かで、つまりわたしの視線を横に移すためのミスディレクションで、その隙に『敵』はわたしから見える位置を移動して行ったのだろうと思うし、そもそも敵がこの場所で荻原さんの眷属に発見されたことすら、こうやって地の利を活かして優位に立つための作為だったのではないかとすら思えてくる。

作為というか、戦術というか、強いて言うなら兵法(ひょうほう)や武術とも言えるか。これではやはり、『敵』の正体は人間だという可能性が浮上する。

そしてそれとは別に、直後、わたしは自分の推測の正しさを思い知る。


「っ!!!」

「篠守さん!?」

わたしは突然、横から頭を撃たれた。

横からというか、ちょうどまさに、先程上官のおじさんがいた場所から、上官のおじさんの使っていた小銃と同じ銃声とともに、わたしは頭を撃たれた。

わたしは《不壊(ミョルニル)》の篠守。怪我はしない。死にはしない。でも痛みは感じるし、弾丸がぶち当たった衝撃で脳震盪(のうしんとう)は起こるし、体勢も崩す。何より予想外の攻撃だったのだ。ダメージは大きく、わたしはその場に倒れ伏した。

意味がわからなかった。

何故、わたしは小銃で撃たれるのだ?

誰が撃った?日倭さんか?上官か?

……『敵』が、撃ったのか?

ならば……

だとすれば。

『敵』は人間である可能性が、限りなく高い。


「いやっ!!」

完全に意識の外から受けた攻撃に、10秒以上もダウンしていたわたし(ボクシングだったらKOになっていたわたし)がようやく起き上がる頃には、当然のように真鈴さんもやられていた。

上官のおじさんがやられた位置から真鈴さんがいる位置までは結構な距離があったというのに、移動する音すら聴こえなかった…という訳では、しかし、なく。

それまで一切音を立てずに、静かに移動しては皆を攻撃してきた『敵』は、ここで飽きたかのように、あるいは予定調和のように、忍び足を緩めたのだ。

それでも足音は小さいけれど、かろうじて聴こえる程度には、足音を立てて真鈴さんのほうへ移動したのだ。

もう、忍び足は不要だと言わんばかりに。

正体を知られても良いとばかりに。


「ーーーー!」

気が付けば、わたしは走り出していた。

真鈴さんや荻原さんのいる方向にではない。梨乃ちゃんの方向にでも、日倭さんのほうにでも上官のおじさんのほうへでもない。

ただ、逃げていた。

いや、でもこれはこれで合理的だろう。

こんなの逃げるしか無い。

何をしてんだろうな、わたし達は。惨敗も良いところだ。

これじゃあもう、何をしようと無理だ。相手が人間だということが判明しただけでも、めっけものだろう。

わたしは、この情報を持ち帰らなければ。

「っ!?」

敵は、後ろから追ってきた。

思いっ切り、追いかけて来た。

もう隠密は不要だと言わんばかりに、堂々と足音を立てて、凄い速度で走ってきている。

この足音……靴を履いている人の足音だ。

少なくとも、まず間違いなく人間!

振り返れない。振り返って減速したりなんかしたら、すぐに追いつかれそうだ。ちょっと振り返ればその姿を確認できそうな状況で、しかし振り返ろうという気になれないくらい、足音が速い。

わたしの心を切迫させるような足音だ。あるいは、それが狙いなのか。しかし、これはもう、わたしに見られても見られなくても、どちらに転んでも良いという風な態度だ。

見られたら、追いついて気絶させるだけ。

見られなかったら、正体がバレないから良し。

いや、わたしだって鍛えている。ADFに入ってからもう4ヶ月くらい経つのだが、この4ヶ月間わたしは必死に足の速さを鍛え上げた。

それでも尚、敵のほうが足が速い!

どんどん音が近づいてくる!


ああ、これ、追い付かれる………


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