『敵』の襲撃
報告を受け、急いでデパートの中央まで集合した人数は、さっき適当な場所に隠れされておいた民間人の二人は当然除くものとしても、たったの6人だった。
わたし達の3人と、荻原さん・真鈴さん・上官一人の3人で、合計6人。
「何があった?」
「わからない。注意はしていたつもりだったが、気付いた時には他の二班との通信ができなくなっていた。他の二班が行った方向に大声をかけてみても、全く返事は返って来ないんだ…」
上官の説明はありのままでしかなかったが、しかしこの場にいる全員が、その意味を理解する。
この短時間に、隆谷寺さん組と国栖穴さん組の計六人が忽然と姿を消して、連絡も付かないというのは……
国栖穴さん辺りならばふざけてそういう悪戯をするかもしれないし、さっきも『帰りたい』なんて言っていたが、まさか本当に帰るなんてことは無いだろうし、うち過半数を占めていた上官までもが一切の応答をしないのであれば、おふざけと考えることもできない。
「『敵』の仕業、だろうな……」
件の敵によって、六人はやられてしまったのだと推察することになる。
隆谷寺さんは奇襲に強いとは自負していたが、何てザマだと責めようにもなぁ……彼に限らず六人全員、油断していたのだろう。実際、わたしは今の今まで油断していた。
雑魚の貪食獣が出てくる覚悟はしていても、本命の『敵』が出てくる覚悟まではできていなかった。あれほど奇襲に警戒しろよと言われたのに、何故だか、できていなかった。
確かに、A地点からD地点の四箇所で襲撃をしたっきり、『敵』の襲撃はぴたりと止んだという情報はあった。だから、敵はどこかに隠れていると考えられていて、尚かつ今まで誰も殺していないっぽい(だから多分、六人も無事なのだと思いたいけれど)ことから、『何かを守っているのではないか』という推測もあって、てっきりその四箇所のうちのどこかにいるものと想定していたのだが……
まさかこんな所にいるとは。
迂闊だった。正体も判らない相手のことだ、行動原理も判る訳が無いじゃないか。
いや、やめよう。
後悔している場合じゃないし、この計画は皆で決めたことだ。わたし一人が後悔しても仕方が無い。
「皆が悪いもん。わたし悪くないもん」
「そっち系になるのかよ、篠守……、いや、誰が悪いかはさておき、これは参ったな。応援を呼ぶしか無いだろうが、かなり時間がかかる。さっき他の班ももう手一杯だって聞いた」
と、日倭さん。
「ここで全方位を警戒したまま、ひたすら応援を待ちましょうよ。もう勝てる相手だとは思えません」
「逃げ腰になるな篠守。……とは言え、もはやこの面子だけで何ができるんだって感じだしな……いや、しかし消息不明の六人のことが心配だ。万が一、殺されてしまってはかなわん」
万が一というか、確率としては割と高いと思うけれど。確かに今まで『敵』は死者を出していないとは言っても、行方不明者は出しているしね。もしかしたら、殺されている人もいるのかも知れない。
だとしたらまずい。貴重な戦力を失う訳にはいかない。殺すつもりならもう既に殺しているのかも知れないが、いくら何でもここで撤退するのは憚られる。
「あんなクズ女と落ちこぼれ男でも、利用価値はあるしね」
「篠守さん、どうしてこの期に及んでディスりに余念が無いのですか。まめなのですか。お正月は黒豆をよく食べるんですか」
さておき、日倭さんは救援要請を出し始めた。
「こちら日倭。枝倉、応答せよ」
梨乃ちゃんの斬撃の糸で作った網で全員を囲み、念の為にわたしを含めた他の四人が全方位を警戒しながら、日倭さんは無線で枝倉さんに助けを求める。
「そっちはもう片付いたか?砂の怪物は…もう少し?もう少し、か」
もう少しということは、まだだということだ。
どうやら、あっちもあっちで手こずっているらしい。馬垣くんも御水見さんも左門さんも無傷で、一方的に攻撃する展開が続いているらしいけれど、しかししぶといな、あの砂の人形。
「それで、どうします?他の皆さんは殺されてはいないかも知れませんが、救出のために皆さんを捜索することを優先するのか、私達の身の安全を優先して撤退するのか」
通話を終えた日倭さんに、梨乃ちゃんが問う。
「どっちにしたところでどうなるんだって話だがな……、敵は少なくとも、不意打ちや奇襲に強いと自負していたあの隆谷寺でさえ不意討ってしまう程の実力を持っている。貪食獣だったら間違いなく、二級以上の貪食獣に相当するだろう」
と、日倭さん。
貪食獣には、一級から四級まで階級があるそうだ。
四級は、通常の自衛官でも小銃などを駆使して3人くらいでかかれば仕留められる程度。三級は、通常の自衛官なら戦車や迫撃砲や特殊仕様の重機関銃などを用いて戦えば勝てる程度。二級は、抵抗者の協力無しでは仕留めるのが困難な程度で、通常の自衛官だったら一つの自衛隊基地にいる自衛官を総動員してやっと勝てるレベル。
そして、一級。これは単独で都市の一つや二つを難なく壊滅させられる程度の強さだ。自衛隊基地だって、一つくらいなら壊滅させてもおかしくない。抵抗者の協力無しでは、斃すまでにどれだけの犠牲を払うことになるか計り知れない。
もしも今回の『敵』が一級貪食獣だった場合、今いるわたし達だけでは太刀打ちできるかどうか……
一応、チートキャラの梨乃ちゃんはいるし、もしも勝てたら荻原さんの《黄金剣》の異能で眷属にすれば、それはもうめちゃくちゃデカい収穫になるが……
「まどろっこしいというか、くどいわよ。まさか、仲間を見捨てて逃げるだなんて言うまいしねえ?」
…と。
突然、荻原さんが言い出した。
「荻原さんっ!」
何かを察した真鈴さんが止めようとするが、しかし驚いた顔の全員に対して、荻原さんは平然と言い放つ。
「私は、仲間を見捨てるような組織に入った憶えは無いわ。さっき御水見ちゃんとかを置いてきたのはただの手分けだから良いとしても、ここでもしも彼ら六人を見捨てて撤退しようと言うのなら、わたしはADFから抜けるけど」
まずい、荻原さんが暴走しそう。
唐突すぎる物言いに、流石に日倭さんも黙っていられない。
「待て、待て待て、そこまで言うか?仕方ないだろう。そもそも、見捨てないとしたらどうする?何ができる?」
日倭さんも、荻原さんの暴走には慣れたものなのだろう。『ADFを抜けたら保護対象になってしまうぞ、良いのか?』なんて脅し文句に、こうなった状態の荻原さんが屈することのあり得なさは把握しているらしい。
抵抗者が、ADFを抜ける。
それはつまり、ADFと敵対するということを意味する。
そして荻原さんならば、抜けると決めたらそんな覚悟は簡単に済ませてしまって、確信を持って抜けてしまうことだろう。
彼女は、やると言ったらやる。
「ここで待っていれば、応援が来るかもね。でも、その間に攫われた六人が全員殺されてしまいましたじゃ意味が無いわ。だったら攻めたら良いじゃないの。敵を仕留めに行けば良い」
突然で面食らったけれど、思えば荻原さんは以前から、自信家で時に高圧的な態度も見せる一方で、過剰に仲間想いな一面が垣間見えたようなことはあった。
あったのだが、今ここでその気質を暴走させられても困るよ……
「簡単に言うな。できるのか?」
「できるわよ。忘れたのかしら?私の異能《黄金剣》は貪食獣を眷属にできるのよ?いや、実を言うとさっきまで私も忘れていたんだけれど、私の眷属のストックはまだ十分にあるわ。そいつらを使えば良い」
あんたも忘れてたんかい。
何を偉そうにしているんだ、本当に。
もう慣れてきてしまったけれど、ところで荻原さんも、上官に対して敬語を使わないんだな。一般人に対して敬語を使わない日倭さんとは、案外お似合いのコンビなのかも知れなかった。
「いやしかし、雑魚の眷属ではどうにも……」
「索敵はできる」
「あ、ああ…それはそうだけど…」
あー、確かにそれは、わたしも忘れていた。
荻原さんは、その異能を駆使して貪食獣の眷属を獲得している。異能を使えば荻原さんの周りに出現し、絶対服従するのだ。
ならば、そいつらに敵を探させれば良いじゃないか。
緊張感と興奮で、すっかり忘れていた……
「雑魚だからすぐやられるとは思うけれど、同時に、やられた場所に敵がいることも判明する。眷属の身に何かあったら、どれだけ離れていようともそれがわかるものなのよ、私の異能は。今回の『敵』とやらは、どこにいるのかわからないっていうのが一番厄介な部分なんでしょ?正面から戦う分には、この面子でも負けないと思うけど」
「負けないと?根拠は?」
「例えばそこにいる紫野ちゃんの異能が強いっていうのもあるけれど、何より今回の敵、不意討ちとか奇襲とかばっかりじゃない。そういう奴に限って、真正面からの戦闘には弱いのよ。じゃなきゃ、不意討ちや奇襲をこうまで徹底しないでしょ?他にそんなことする理由、ある?」
荻原さんは何というか、やっぱり自信家だ。言ってる内容は平凡だと思わなくもないが、雰囲気的な説得力がある。
納得はできる。敵はどうして不意討ちや奇襲ばかりなのかと言ったら、まあそれくらいしか無いかな?あと他には、正体を隠すとかっていうメリットもあるけれど……、この場合において敵対者が正体を隠したところで、それが何になるんだと言われたら、わたしは答えられない。
さっきは隆谷寺さんや国栖穴さんがやられてしまったけれど、それはここが安全な場所だという先入観で油断していたからだと考えることもできる。
相手が本当に真っ向からの戦いにも強いというのならば、最初にわたし達が大声を出して回った段階で襲いかかってきてもおかしくなかったのに、実際にはそうでなかった訳だし。
「見つけてしまえば良いのよ。敵の正体を暴いてしまえば良いのよ。まだ六人も残っているじゃない」
「六人しか残っていないじゃないか」
「六人もいれば十分よ。はいはい、もう時間が惜しいわ、紫野ちゃん、異能を解除してくれるかしら?私の眷属を放つから」
「えーと、眷属を放つのは構わないが……」
日倭さんを相手に押し切ろうとする荻原さん。この人もこの人で、やはり問題児だった。
正直、まだやらないで欲しい。心の準備をしたい。
が、荻原さんは恐らく、この状態になれば言われても聞かない。
表情には出ずとも、声色でわかる。仲間がやられたことに、激しく憤慨しているのだ。
そう言えば荻原さんも、隆谷寺さんと同様に人のことをちゃん付けで呼ぶんだよな。隆谷寺さんは下の名前で、荻原さんの場合は苗字で。
あれ?でも、そう呼ばない相手もいるよな、荻原さんの場合は。例えば真鈴さんのことは先程、『真鈴ちゃん』と下の名前で呼んでいた。やっぱり仲が良いのだろうか。
さておき、議論が煮詰まったとは言い難かったが、荻原さんの半ば強引な促しによる一応の進展として、とりあえず荻原さんの貪食獣で索敵をすることにした。
流石に、もし仲間を見捨てようものなら今から荻原さんがわたし達と敵対し始めるというのなら、致し方無し。
「で、では、解除して良いですか?日倭さん」
「ああ、解除しろ。で、眷属が行ったらまた発動させろ」
「では、解除します!」
梨乃ちゃんが言って、斬撃の網が消失し、
「《黄金剣》」
荻原さんが言って、次々と眷属が召喚される。
「多いな…」
上官の男性が呟く。
わたしとしても、これは想像以上に多いなというのが正直な感想だ。長野市で大量に従えた、カジキのようなツノを生やした狼型の貪食獣が大半を占めていたが、そうでないものも含めて、合計30匹くらいの数が現れた。
前は敵だったこの狼達も、今は何だか頼もしい。
「眷属達よ、私の仲間を襲った敵を探せ」
荻原さんの命令に従い、眷属の貪食獣達は一斉に散開した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……荻原、一応もう、Aチームや他の班に救援要請を出してはいるが、それでも本当に、この六人だけで敵と戦うのか?」
「くどいわね、勝算はあるって言ってるでしょ。それに仲間を見捨てるくらいなら、今すぐにでも私はあなた達の敵になるわよ」
「それは勘弁してくれ」
「荻原さん、言い過ぎです」
「あら真鈴ちゃん、あなたも私と来ないの?」
「そ、それは……///」
「真鈴?なぜそこで赤面する?」
再発動した梨乃ちゃんの斬撃の網によって守られているのを良いことに、荻原さんは喋る。
集中してくれよ。ていうか、仲間想いなのは結構だけれど、上官を脅しているし、仲の良い真鈴さんに対しても自分との人間関係を人質にしているし、この人も相当に異質だ。まあ、真鈴さんとのやり取りは、冗談混じりなんだろうけれど。
良かった。荻原さんが最初に第三班に割り振られなかったということは、わたしが割り振られた第三班は、問題児だから割り振られるというものではなかったようだ。ほっ。
「あ、やられた」
「っ!どこだ?」
と、問題児とは言えやはり優秀で、喋りながらも気は抜いていなかったらしい。荻原さんが、急に真剣な声で言う。
どうやら、眷属が敵に殺されたようだ。
「三階の、位置的には多分、洋服店とかの中よ」




