無関係地点、大型デパート
「一応、ここで良いんだよな」
日倭さんが確認のために、隆谷寺さんに問う。
あれから、特に道中何があったということもなく、わたし達Bチームはあっさりと目的地に到着した。
まだ少し距離がある位置から見たところ、五階建てくらいのデパートである。
「そうだね。一応」
隆谷寺さんが答えて、全員が再び、目的地であるデパートの中を目指して足を動かし始めた。
気付けばもう、空では夕焼けが始まっている。
そうだ、『確認』と言えば、確認のために言っておくと、このBチームのメンバーはわたし・梨乃ちゃん・隆谷寺さん・国栖穴さん・荻原さん・真鈴さん・日倭さん・その他上官が5名で、合計12名だ。中にはいつも見る無口なナイフ使いの上官もいる(本当に誰なんだよ。そろそろ名前を教えてくれ)のだが、改めて振り返ってみると、このチームは抵抗者メンバーと上官との比率が1:1である。どうりで、いつもよりもやたらと上官が多いなと思った訳だ。
「まあ、AからDまでの地点を避けて適当に探索しろっていう話だからね。ここを探す必要があるとは限らないけども」
「とは言えこういうデパートとかっていうのは、民間人が避難しそびれて隠れている確率が高いのも事実だ」
「それもそうだね」
「生き延びていれば、な」
「………」
話しながら、前方にデパートの入り口の自動ドアが見えたけれど、ただし電力が通っていないこのデパートのことだ、自動ドアはとうに機能を停止していたので、手動で開けられるドアを見つけてそこから中に入った。
「買い物がしたくなってきたわね」
ん、荻原さんが言う。
ああ、そもそも彼女は中々にお喋りな(わたし並にお喋りな)人だけれども、そう言えば荻原さんの言葉を台詞として語るのはこれが初めてか。
荻原萩原さん。相変わらず読みにくい名前をしているけれど、恐らく20代か30代くらいのお姉さんで、艶やかな黄土色の髪を短く切っていて、気の強そうな女性だ。彼女は富裕層の出身だからというのもあってか、わたしから見ると中々の自信家という印象である。
「荻原さん、今は任務に」
「わかってるよ真鈴ちゃん」
真鈴さんが注意を喚起し、荻原さんがそれに応える。
真鈴真鈴さんのほうはまあ、うっすら青みがかった髪の、大人しくて真面目な女性というくらいの印象しか無い。わたしとあまり絡んだことは無いが、今のところ好印象である。
今の会話だけではよくわからないかも知れないけれど、どうやら仲睦まじいっぽいんだよな、この二人。お喋りな荻原さんと、真面目な真鈴さんのコンビ……
あれ?これって、わたしと梨乃ちゃんのコンビと同…
「ぐえあっ!」
「おっと、気を付けてください篠守さん。変な場所に喉をぶつけてしまったようですね、大丈夫ですか?」
もう三度目だ。流石にわたしも憶えたぞ、《固定斬撃》の糸にぶつかる感覚は!
「大丈夫か篠守」
「えーと、いや、大丈夫です、ありがとうございます日倭さん」
明らかに、今のはその糸が喉にぶつかった感覚であったし、喉も普通に痛かったが、しかし『大丈夫ですか?』と言いながら殺意のこもった眼を向けてくる梨乃ちゃんに気圧されて、わたしは本当のことを言えずに終わる。
くっそー、本当のことを言いたいのに。わたしと梨乃ちゃんは仲睦まじいんだというのは、明らかな真実ではないか。
…あれ?こうじゃなかったっけ?
「あー、それで、どうするの?貪食獣を探すか、民間人を探すか、どっちを優先する?」
話題を切り替えるように、荻原さん。
「ほら、貪食獣がいるものと想定するなら静かに行動するべきだけど、避難しそびれた人達がいるものと想定するなら大声を出しながら行動するべきでしょう?」
「そうだな……、まず、固まって移動しながら大声で呼びかけよう。もしかしたらここに『敵』がいるかも知れないし、最初は固まって行動するべきだ」
「大声で叫んで民間人を探しつつ、ついでに貪食獣も探すってことよね?で、その後はあれかしら?大声を出してるのに貪食獣が寄って来なければ、貪食獣はここにはいないだろうから、手分けして民間人を探す?」
「そうだ。全員、それで良いか?」
「異論は無いわ」
「いいよー」
「私も同意します」
「へいへい、何でも良いから、あたしは早く帰りたいね」
「国栖穴さん、しっかりしてください。帰るならわたしです」
「勝手に帰るなよ?お前ら」
そうして全員が同意したところで、まずはデパートの中央辺りで、見晴らしの良い場所を歩き回って、わたし達は繰り返し叫んだ。『誰かいますかー!』とか『自衛隊です!』とか『助けに来ました!』とかそれ系の言葉を、大声で放った。
より正鵠を期すならば、見晴らしが良いというより音が響きやすい場所だ。何せこのデパートは相当に広いため、細かく見て回ると大変なのだ。音がよく響く広場で大声で叫ぶしかない。
かなり大きなデパートということは、例によって『敵』の奇襲を受ける可能性はもちろんあって、だからわたし達は十分に警戒しながら歩いた訳だが、ここまで大声を出して練り歩いても、デパートを大まかに一周するまでにはついぞ奇襲を受けなかった。
貪食獣の一匹にも遭遇しない。
遭遇した相手と言えば、それは変な民間人だけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「全然、誰とも何とも出遭わないな。よし、ここからは手分けして民間人を捜索するぞ。無論、『敵』をしっかり警戒しながらだ」
一通り大まかに叫んで回った後、今度は4つの組に分かれて散策することになった。
12人を4等分で、ちょうど3人ずつだ。
一組目はおなじみ、わたし・梨乃ちゃん・日倭さんの三人組。
二組目は荻原さん・真鈴さん・上官一人。
三組目は隆谷寺さんと上官二人。うち一人が例の無口ナイフ使いおじさん。
四組目は国栖穴さんと上官二人。
まあ、特に問題無いだろう。
それでだ。変な民間人というのには、わたし達の三人組が皆と分かれて散策し始めた、10分後くらいに遭遇した。
「きゃーーーーー!!!」
声が聴こえてきた。
突然、前方の曲がり角の向こうから、幼い女の子の甲高い悲鳴が聴こえてきたのだ。
「何だ?行くぞ!」
日倭さんに続いて、わたしや梨乃ちゃんも走り出す。
こんな場所だ、何か化け物にでも遭遇したのだろうか?このメンバーで勝てる相手だと良いが……なんて思っていたのだが。
「ううぅ……」
わたし達が角を曲がると、そこには倒れている男性と、その男性から少し離れた位置に立って泣いている少女がいた。少女は泣いてはいるが、先程よりかは大人しくなっているようで、泣き声は小さい。
わたしは初め、この少女はわたし達が駆け付けるのを察して落ち着いたのか、あるいは自力で落ち着いたのか、いずれにせよ落ち着きの良い子供だなと思っていた。
貪食獣に襲われたけれど、その貪食獣が逃げて行ったとかそういうことなのかなとか思っていた。
「大丈夫ですか!」
倒れている男性に梨乃ちゃんが声をかけて近寄る。倒れているのは、白いシャツにジーンズを着用した若い男性だ。
男性はうぅんと一応の反応を見せるので、まだ死んではいないようだ。まだっていうか、うん…とにかく少なくとも今は死んでいない。この命題は正しいだろう。
それで、わたしはすっかり泣き止んだ女の子のほうに近寄って事情聴取をしようとしたのだが、そこで、
「篠守、お前はこの人の心拍と呼吸の確認をしてやれ」
と日倭さんに言われ、え〜見ず知らずの人に顔を近づけるの嫌だな〜やりたくないな〜梨乃ちゃんにやらせてよ〜と思った、その時。
「いや、心配は要らないよ」
「!?」
倒れていた男性が、普通に喋りながら、何事も無かったかのように起き上がった。
起き上がった。普通に喋りながら、普通に立ち上がった。
「え」
三人とも全員、フリーズ。
え、何?なんで?
本当にどういうこと?
「いやーごめんね?今のは急病人の振りだよ」
あっはっは、と、さっぱりしているようで微妙に胡散臭い笑い声と共に男性は言う。
「いや……なんでそんなことしたんですか」
困惑しながら、梨乃ちゃんの至極真っ当な質問。
男性は答える。
「そりゃあ君、もし僕が普通に立っていたら、この現場を見てどう思う?僕がそこの女の子を泣かせたと思うでしょ?君達の場合は話が通じそうだから良かったけれど、世の中には思い込みで問答無用に、その現場を見て僕を責め立ててくる奴らもいるんだよ。弁解も釈明も聞かずにね。それをこうすれば回避できるって訳さ」
と、彼は悪びれずに答えた訳だが……
そうか、と、わたしは理解した。
女の子がすぐに泣くのを止めたのは、何も落ち着きが良いからという訳ではない。脅威が過ぎ去ったからという訳でもない。
自分が脅威を感じた相手が突然寝転がって動かなくなるという奇行に走ったという、何とも奇妙な状況に混乱していたのだ。
この変人に困惑していたのだ。
「そういう訳で、話を聞いてくれるね?」
「あ、ああ……変な奴……」
日倭さんは直球だった。
ていうか、なんで民間人相手にもタメ口なんだよ。
ちょっと待て、あんたも敬語を使えない人だったのか?
なんでだ。なんで3人もいるんだ。国栖穴さんですら、上官や民間人には敬語を使うんだぞ?
「僕は社大路出雲と言う者だ。決して怪しい者ではない。僕は色んな場所を転々としながら食料を漁って、このデパートに来てからはもう何週間も経つけれど、さっき君達の声を聞いてさ。君達だよね?大声を出しながら回っていたのは。それで、『あぁやっと避難できる。ついでに、他に隠れている人がいたらその人も一緒に避難させよう』と思って辺りを少し探したら、そこの女の子がいたんだよ」
「…それで?」
「うん、僕は普通に声をかけたつもりなんだけれど、女の子は振り返って僕の顔を見るなり、突然泣き出してしまったんだ。正直、僕も訳がわからないよ」
ということらしいが。
では、仮にそれを信じるとして、何故女の子は泣き出してしまったのだろうかという問題が生じる。
「もしかしたら、聞き方が悪かったのでは?一言一句、声をかけた時と同じ言葉で、同じ態度でもう一度言ってみてもらえますか?」
梨乃ちゃんがそう提案するが、それは実際、少し難しいだろう。
自分のこととは言え、一言一句同じように言わなければならず、ましてや同じ態度で言わなければならないというのは、もう演技の域であって演技力が問われる。
この社大路さんという人はどうだか知らないが、少なくとも演技力の無いわたしなら、それは無茶振りだと思うことだろう。
「いや、その必要は無いですよ。多分」
わたしは、演技を始めようと咳払いをする社大路さんと梨乃ちゃんを、そう呼びかけて止めた。
……いや、この言い方だと梨乃ちゃんも演技をしようとしていたように聞こえるかも知れないが、別にそうではない。
決して、梨乃ちゃんが少女役を演じて泣き喚くようなことは無いのだ、残念ながら。
それはさておき、わたしは確認のために問う。
「大体見当が付くと言えば嘘になりますけれど、まず社大路さんは、怖い言い方をしたという自覚はあるんですか?」
「無いけど……」
なら、より確率が高いのはこっちだ。
「じゃあ、女の子に話しかけた位置を憶えていますか?ちょっとその位置に立って下さい」
「え?う、うん…」
「おいおい、何だ?何が始まるんだ?」
呑み込みの追い付かない日倭さんをよそに、わたしは社大路さんをその位置に立たせる。
そして、その前方、女の子がいたであろう位置の、女の子の視点の高さから、わたしは社大路さんを見た。
「うわー、これは怖いわ」
「え、何、どういうことだよ?ちょっと代われ」
何となく事態を察した日倭さんが、無表情ながらも浮き浮きなテンションでわたしを押し退け、わたしと同じ位置にしゃがむ。
「うお!ふっ、これ怖いな!くっ…ふふっ」
「え、何、何で?」
初めて見る、笑いを堪える日倭さんだった。
対して、困惑する社大路さん。
本人にはわからないだろうが、社大路さんが立っていた位置は、窓から夕焼けの光が差し込みつつも首から上はちょうど影と重なって、非常に大きなコントラストが生じることで顔が見えにくくなる位置だった。
更に、社大路さんの日焼けした肌色や、その上に見える天井の暗い色も相まって、それはあたかも、首から上が無い人間が話しかけてきたかのように見えるのであった。
そうでなくとも顔がよく視えないので、誰だってこれは不気味に感じるものである。あるいは、社大路さんの180cmはありそうな長身が、その不気味な印象に拍車をかけたのだろう。
これは下手をすれば、見た者に『逢魔時に魔物と逢ってしまった』と思わせるかも知れない。いや、まだ逢魔時たる午後六時ではないけれど。
いずれにせよ、この女の子が繊細な感受性を持つタイプの女の子だったのであれば、泣いてもおかしくはないということだったのだ。
「ご、ごめんなさい」
そうして直後、その女の子は勘違いをして泣いてしまったことを社大路さんに謝った。別に無理も無いことだったのに、偉い子である。
一件落着だ。
……さて。
「ところで社大路さん、他に隠れている人はいないだろうか?」
「うん、見てないね。僕も探してたところだし」
と、日倭さんと社大路さんが話していた、その時。
本題が。
本題とするべき、大きな問題が発生した。
「日倭!いるか!」
と、日倭さんが装備していた無線機から、わたしにも聞こえるくらいの声で、他の上官の声が聞こえてきた。
「いるぞ、どうした?」
日倭さんが問うと、返ってきたのはかなり悪いニュースで。
「隆谷寺の組と国栖穴の組が消息不明だ!」




