問題、継続
というか、今気付いたけれど、そう言えば他の班のメンバーをこっちに寄越してもらうという手は無いのだろうか?
他の班の人達って、今は何をやっているんだろう?わたし達第三班は、『敵』の捜索と討伐を主に任せられているけれど……
例えば、今あそこにいる砂の怪物に対しては、真鈴真鈴さん辺りの異能も有効だろう。《冷凍庫》だったか?あらゆる物体を膨張させ、任意のタイミングで元の密度まで収縮させる異能。例えば空気をタイミングよく収縮させれば、相手を特定の位置に吸い寄せることができるという能力だったと思うけど、あれで上手いこと砂の怪物の動きを制限すれば楽なんじゃないか?いや、適当に言ってるけど。
そういや荻原萩原さんもかなり戦闘向きの異能を持っていた筈だけれど、今は一体何をしているのだろう。
「他の奴らは、福島県支部の隊員が襲われた四地点以外の場所を探索しているぞ。作戦説明を聞いていなかったのか」
おっとそうだった。日倭さんに言われて思い出した。
他の人は副戦力として、あまり危険ではなさそうな場所を探索して、雑魚の貪食獣の討伐や民間人の救助をしているんだ。
あれ?ということはこの班が一番、危険な目に遭うってこと?戦闘向きのメンバーが揃っているのってそういうことなのか?
でも、じゃあ何故にわたしがこの班にいるのだろう?
「そりゃあお前、多分不死身だからな。お前がいるだけで、この班が真の意味で全滅する可能性は無くなる。いざという時に他の班に助けを求められる可能性が上がるってことだよ」
わたしって、そんな立ち位置だったの…?
なんか、色々と重いな……
「とりあえず、左門!異能を発動してみろ!」
おっと、話を戻そうか。
枝倉さんが無線でそう言うと、左門さんがそれに応じたようで、ここから50m程離れた位置で固まっている馬垣くん・御水見さん・左門さんの三人を中心に、《月下湖面》の領域が出現した。
半径40mの領域。ここまでは届かないが、砂の怪物には当然、怪魚の牙が届くだろう。
すぐに、怪魚は現れた。
現れた、が……
「あー、そうなるか…」
怪魚はまず、一番近くにいた馬垣くんに襲いかかった。
勿論、御水見さんの水の壁に阻まれてそれは失敗したけれども、これは微妙に都合が悪いかも知れない。もしも味方ばかりを攻撃して、肝心の砂人形を攻撃してくれなかったら意味が無い。
と、馬垣くんを襲うのに失敗した怪魚は、再び地面の二次元空間に潜って行き、それからまた地上の三次元空間に飛び上がってきて……
今度は、ちゃんと砂の怪物を攻撃してくれた。
「おー、やっぱり効果ありだ」
日倭さんが冷静にそう言う。
怪魚に腕を噛まれた砂人形は、噛み付かれた腕が一瞬だけ消失した。またすぐに腕が生えてきて、元の形に戻りはしたものの、そうすると今度は身体全体が僅かに小さくなってしまった。
怪魚に身体の一部を喰われたことによって、恐らく身体を構成する砂の総量が減っているのだ。喰われた分の砂が、一体全体どこに行ったのかはわからないけれど……とにかく、喰われた部分は消滅したらしい。
「いいぞ…そのまま、そのまま…」
再び怪魚は地面に潜り、また襲いかかるが。
しかし、やはりそう上手くはいかない。次に襲いかかった相手は、御水見さんだった。
「あー……」
そうして何度も怪魚が攻撃を繰り返すが、そもそも敵が1体で味方が3人なのだから、いや能力者の左門さんは数えないものとしても、味方のほうを攻撃してしまう確率のほうが高いということなのだろう。
どうも怪魚は、味方ばかりを攻撃してしまう。
砂人形を攻撃することもあるのだけれど、面倒なことにこの砂野郎は、二、三回目あたりから怪魚の攻撃を躱すようになったのだ。
それでも少しは当たっているから、彼奴の身体を構成する砂は少しずつ減ってはいるのだけれど。
「時間……かかるね」
しばらく経ってから、隆谷寺さんが言う。
「そうだな……、仕方ない、別の班からこちらへ抵抗者の人員を補充した上で、我々は別行動をしよう」
と、決断してから、ただし枝倉さんは続けて、
「ただし、D地点に行くのは駄目だ。別の班から人員を補充しても、やはり不安は残る。比較的危険度が低い、関係ない別の場所で、貪食獣の殲滅と救助しそびれた民間人の探索を行う。いいな?」
と、補足した。
「うん、それでいい」
「他の皆もそれでいいな?」
「異論ありません」
「誰を呼ぼうか?手数が多かったり、一度に沢山のことをできる人を呼んだほうが良さそうだよね」
「そうだな」
そんな訳で、隆谷寺さんを含む全員(今砂の怪物と戦っている三人を除く全員)の同意を得たところで、枝倉さんは他の班への通信を始めた。
さっきも言った通り、今戦っている三人がいない分を補うために抵抗者メンバーを呼び寄せるらしい。
その間、他の皆は一応、馬垣くんと御水見さんと左門さんの砂人形との闘いを見守っている訳だが……まあ相変わらず、埒が明かない感じになっている。
別に、膠着状態ではないようにも思う。少しずつ、砂人形は身体の一部を喰われて小さくなりつつある。ただ、それが本当に少しずつなのだ。
言ってしまえば泥仕合である。
砂仕合か?
「そう言えば、馬垣さんは何故こちらに戻って来ないのでしょうか?砂の怪物の攻撃が激しくて戻って来れないのでしょうか?」
ふと思い出したように、誰に訊くという訳でもなく梨乃ちゃんが疑問を呈するが、それはわたしも知りたい。さっき、枝倉さんとの通信で何か揉めてたけれど……
「ああ、馬垣のやつは、あの場に残ることに決めたらしい。何となくの直感で、万が一に備えて自分がいるべきだと思ったそうだ」
と、日倭さんが答えてくれた。
直感か。いや、『直感は九割的中する』なんて言うけれど、理屈っぽい枝倉さんには確かに得心が行かないものなのだろう。揉めた訳だ。
しかし、わたしにもどういうことなのかはよく判らない。『万が一』っていうのは何だろう?もしかして、御水見さんがミスをして防御しきれなくなることを危惧しているのだろうか?あり得なくもないけれど……
「とりあえず、荻原を寄越してくれ。え?ああ、真鈴も?わかった、じゃあその二人をこっちに送ってくれ」
通話中の枝倉さんがそんなことを言っている。
どうやら荻原さんと真鈴さん(名前にいちいち振り仮名を振らなきゃいけないコンビ)が今からここに駆け付けてくれるらしいのだけれど、そう言えばこの二人、いっつも一緒にいるんだよな。
随分親しい関係らしいが、相部屋なのかな?この冗談みたいな名前のコンビは。
さて、そんな訳で、ここからの流れは概ね定まった。
まず、今から来る荻原さんと真鈴さんを待ち、二人が来てからはその二人をわたし達の班に入れた上で、今まさに戦闘中の馬垣くん・御水見さん・左門さんと、それを見守る枝倉さんなどの少数の上官をここに残して、わたし達は別の場所に移動する。
仮に、ここに残る抵抗者三人と枝倉さんなどの上官をAチーム、わたしを含む別働隊をBチームとしよう。
とにかくAチームはここに残り、一方でわたし達Bチームは、D地点には行かずに適当な場所を探索して、貪食獣を殲滅したり民間人を救助したりする。
やはり、荻原さんと真鈴さんはBチームになった。日倭さんもBチーム。
以上が、皆が色々と考えた結果としての折衷案だ。
重ね重ね、今闘っている三人(怪魚も含めて四体)を見てみると、やはり砂の怪物を怪魚が全て喰らいつくすまでにはまだまだ結構な時間がかかりそうに思う。
だが逆に言えば、それは砂の怪物を斃すのは時間の問題だということであって、だから多分Aチームは大丈夫だろう。
枝倉さんは他班との通話を終えたら、次は左門さんか馬垣くんに持たせたほうの無線機にかける流れだ。一応、行動の予定を伝えておくのである。万が一の時のために、Bチームの行き先も伝えておかなければならないからね。
因みにBチームの行き先は、ここから少し北東に移動した所にあるデパートだ。D地点はショッピングモールだったが、今度の目的地はデパートらしい。結局、そういう類の場所に行くのか、わたし達は。
「お、来た」
暫し《月下湖面》の怪魚と砂人形との格闘を眺めた後、現場に荻原さんと真鈴さんが少数の上官とともに駆け付け、手筈通りにわたし達は、目的地であるデパートへの道程を歩き出した。
「くれぐれも、死なないこと!」
枝倉さんが檄を飛ばして、わたし達もそれに応える。
さあて、御水見さんの絶対のガードがあるからあの三人がやられることは無いな、ならばわたし達のほうが注意するべきかなどと考えつつも、当初の予定であるD地点への移動をしなくなったという事実からか、つい気を抜いて歩くわたしであった。
さておき、ここでわたし達が二手に分かれて別行動を取ったことが、今回の作戦で吉と出たのか凶と出たのかは、今から振り返ってみても尚、よくわからない。
ここで二手に分かれたことで『敵』に壊滅させられかけたとも言えるし、二手に分かれたことで『敵』に勝てたとも言えるのだ。




