問題提起
「うちの隊員は全員、屋内で襲われている。あんな風に、道を歩いていたら突然襲われたということは無かった。それにあの砂の怪物に攻撃されたら多分、皮膚に無数の穴が空いちゃうでしょ?でもうちの隊員の大部分は、そういう負傷をしていた訳じゃないんだよ」
隆谷寺さんが言うが、皮膚に無数の穴が空くというのは本当にその通りだと思う。
《不壊》の異能を持つわたしだったから無傷で済んだけれど、あの砂人形の攻撃を食らったわたしとしては、むしろ穴が空くでは済まされないだろうとすら思う。最悪の場合、皮膚がサンドブラストを当てられたかのように消し飛んでしまうのではないだろうか?文字通りの、サンドブラスト。そう思えてくるくらいには、あれはえげつない痛みだった。
「敵は別にいるっていうことか。だったらどうする?」
と、枝倉さん。
「いや、今のところは何とも言えないよ?でも、もしあの砂の怪物を斃すのに時間がかかるようであれば、余っている俺達が何もしないのは時間の無駄だ。だからその時は、俺達は俺達で、一旦二人を置いてこのままD地点まで行っちゃうっていう手があると思うんだよ」
「却下だ」
と、隆谷寺さんの提案に、しかし枝倉さんは即答する。
「左門と御水見をここに置いて行けって言うのか?二人に何かあったらどうする?」
「確かに、それもそうだ。では、二人に何かあった時にそれをどうにかできるように、1人か2人、何なら3人や4人、予備のメンバーをここに残して行くというのはどうだろうか?」
「予備のメンバー……もし二人がやられたら、それを予備の人員がD地点に行ったほうの人員に連絡するってことか?それとも、その予備人員が自力で何とかするってことか?」
「それは両方が望ましいね」
「うーん……」
険しい表情で考え込む枝倉さん。
「でも、問題はそれだけじゃないぞ」
と、今度は日倭さんが言う。
「御水見は強力な戦力だ。もしD地点に件の『敵』がいるのならば、御水見は是非とも連れて行きたい」
これもまた、尤もな指摘である。
御水見さんの《船幽霊》は、わたしの知る限りでは最強の異能だ。例えば梨乃ちゃんの《固定斬撃》や馬垣くんの《万物融解》もかなりえげつない能力だけれど、攻撃も防御も妨害も何もかもできると言って差し支えないという点において、御水見さんの異能は唯一無二である。
『敵』がどんな奴なのか不明だけれど、御水見さんがいたほうが勝率が高いことは間違いない。
「確かに、万難を排すならそのほうが良い。ただ、『敵』はこれまで、一度もうちの隊員を殺していない。それはわざと殺していないのではなく、もしかしたら殺せないのではないだろうか?」
隆谷寺さんも食い下がる。
いやしかし、その発想にはわたしも至らなかった。
敵の貪食獣…いや、貪食獣なのかすらも不明だが、とにかく『敵』がもしも、わざと福島県支部の隊員を殺さなかったというのであれば、それは意味不明だ。何の意味があるというのだろう。合理性も何もあったもんじゃない。
目的が見えてこない。辻褄が合わない。
「つまり、『敵』には狡猾に不意討ちを繰り返す知恵はあっても、圧倒的な殺傷能力がある訳ではないんじゃないかな。実際、『敵』は決まって不意討ちを仕掛けやすい屋内で、不意討ちばかり仕掛けて隊員を気絶させていたけど、しかしそれは裏を返せば、そうでもしないとうちの隊員に勝てなかったってことなんだろうし、真正面からの正々堂々とした戦いでは弱いという可能性が高いだろう。そこで、俺の異能だ。俺は五感が敏感で敵の気配に反応しやすいから、不意討ちにはめっぽう強い。それで最初の一撃は防げるし、そして最初の一撃を防いでしまえばこっちのものだろう?あそこにいる深海ちゃんも強いけど、それ以外にも強い人がここには結構揃っているじゃないか」
「うーん……」
実際、隆谷寺さんの言い分はリスキーだろう。
あまり憶測で物を判断していると足を掬われるだろうし、まあ何か想定外のことが起こるかも知れない。なんかあるかも知れない。
ただ一方で、じゃあそれ以外の方法でわたし達は一体どんなことをして、左門さん御水見さんペアと砂人形が決着を付けるまでの時間を潰すのかと想像してしまったら、否定する気も失せる。
そう意味があるのかどうかも微妙なところなのに、そんなに退屈な時間もそうそう無い。
「いや、そもそもこの話は、凍くんと深海ちゃんが砂の怪物を斃すのに手こずったらの話だからね?とりあえず、凍くんを行かせて様子を見てみようよ」
……そういや隆谷寺さんって、左門さんや御水見さんにも、下の名前に『ちゃん』とか『くん』を付けた呼び方をするんだな。
何様だあんたは。そろそろ年齢を明かせ。
「…まあ、それもそうだな。左門」
「はい!」
ともかく、必要に迫られる前からあれこれと悩んでいても仕方がない。
まずは、今戦ってくれている馬垣くんと御水見さんのところに左門さんを行かせて、実際に作戦を実行してみよう。それでもし上手くいくのであれば、それで良いじゃないか。それなら何も問題は生じない。
とりあえず、まずは作戦を推進しよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「準備はいいな?」
「はい、行きます」
覚悟を決めた左門さんが、物陰から飛び出して馬垣くんと御水見さんのほうへ走り出す。
「おっと、優秀だなあの人」
わたしも物陰から顔を出して覗いてみたところ、予想外にも御水見さんは既に、水を風船状に成形して自分と馬垣くんを包み込み、完全なる防御を完成させていた。
わたし達に言われる前から、自分で思い付いて勝手にやっていた。あるいは、わたし達が作戦会議をする展開を察して、話が終わるまで守りを固めて時間を稼いでくれていたのかも。
いずれにせよ凄えな、あの人。
「御水見さん!僕もその中に入ります!」
走りながら、左門さんが叫ぶ。
問題は、あの状態のままだと水風船(文字通り水風船)のガードが固すぎて、砂の攻撃は効かないが、左門さんが中に這入ることもできないという点だ。
たった500mlの水を極限まで薄く展げて形成された、壁や盾というよりも膜と言ったほうがしっくりくるような、まさしく風船程度の厚みしかない水の壁だが、御水見さんがその運動状態を固定している限り、外部からどんなに強い力が加わろうと絶対にその形が変わることは無いし、壊れることもないのだ。
……今気付いてしまったけれど、あの水の膜を身体の表面に貼り付けるように浮かべていれば、どんな衝撃をも無効化する最強の鎧が出来上がるのでは?それだと、とうとうわたしの上位互換では?
まずいな、これは。
「来て」
さておき、そこは流石の対応力。御水見さんは本日二度目の発言をして、左門さんがそれを信じて水の壁に突進すると同時に、左門さんが通れる分だけの大きさの入り口を一瞬だけ開けて、無敵の水シェルターの中に左門さんを入り込ませた。
……勢い余って、左門さんが馬垣くんにボディアタックをかましてしまっていたことには触れないでおいてやろう。
全くもう、あんな風に抱きつくような形になっちゃって……、わたしが腐女子だったら大喜びだぞ。
「あー、あー、左門、聞こえるか?」
左門さんが御水見さんの水シェルターの中に這入った直後、枝倉さんが無線で左門さんと話し始める。
今は、左門さんが馬垣くんや御水見さんに作戦を説明しているらしいけれど、その確認として通話しているようだ。
それにしても、やっぱりそうだ。あの砂の怪物、たった今左門さんが走って行った時にも左門さんには目もくれず、一番近くにいた馬垣くんと御水見さんを攻撃するのに夢中だった。
およそ、知性を感じられない。戦略も何も無い。
ならば、こんな奴が計四箇所の地点で、福島県支部の隊員を奇襲によって壊滅させるなんて小賢しい真似をすることができるとは考えられない。『敵』とは明らかに別物だ。
「ん?馬垣?馬垣が…こっちに来ないって?」
おや?枝倉さんが何か尋ねている。
「いや、駄目だ。お前はこっちに…」
……なんか揉めてないか?




