第1章 枯れた花は こうべ垂れても 和歌に鳴く
「美琴ちゃん、聞いてんの?」
ため息交じりの同級生の声に、私はハッと顔を上げる。
来週に迫る和歌コンクールに詠む和歌を考えていたら、どうやら聞き逃してしまったようだ。
「ご、ごめん!どうしたの?」
私は、さっとノートを隠すように閉じる。
そこまで仲良くないクラスの女子が、眉をひそめ私の机にあったノートを取り上げパラパラとめくりながら言う。
「だから、亮君を誘ってきて言ってんの。今日のカラオケに!」
この女子はどうやら隣のクラスのイケメンの男子を誘いたいらしい。
その男子とは少し話したことがあるだけなのに、
「どうして私が・・」と思いつつも、目の前の女子の機嫌を損ねないように答える。
「誘ってみるけど、断られたらごめんね・・。」
ふんっと鼻で笑った女子は、じろじろと私のことを見て言う。
「美琴ちゃんのかわいい顔を使えば、大丈夫よ。」
私のノートを雑に投げ返して、教室の真ん中に大きく陣取ってまるでほかの人がいないかのごとく騒いでいる女子のグループの中に帰っていった。
こんな感じに利用されるだけの関係には、もう慣れてはいるが嫌な気持ちになるのは変わらなかった。
私は、生まれた時から容姿が恵まれてたらしい。ちやほやしてくる人もいればあんな感じで利用しようとする人もいるのだ。
どっちも私の中身なんて見てない。
『・・どうでもいいや。コンクールの和歌考えよう。』そう自分に言い聞かせ和歌の世界に没頭しようとしたとき、さっきの女子の声が少し大きくなって会話が聞こえてきた。
「てかさ、さっき美琴ちゃんノートによくわかんない文書いてたんだけど。」
馬鹿にしたように笑う女子に、グループの中の女子たちがその話に乗ってくる。
「なんか、和歌書くの趣味らしいよ、コンクールにもでるらしいし。」
「何それ、今どきダサくね。」
「まあ、美人は何やっても価値ありそうだからいいよね。」
「私がやったらただのポエマーなんだけど。」
そう言って笑う彼女たちの不愉快な笑い声が、私の頭の中で永遠にリピートされる。
きっと彼女たちは私の全部が気に入らないんだ。でも、顔だけは便利だから近づいてくる。私の気持ちなんか、どうでもいいって顔で。
__泣くな美琴。
こんなことなれてるはずだ。
そうこらえてうつむいた視界がじんわりとにじんできた。
「もう、無理だ。」
涙がこぼれ落ちてしまう前に、逃げるように廊下に飛び出した。
ドンっと誰かにぶつかってしまった。今は誰の顔も見たくないのに。
「ご、ごめんなさい。」
とりあえず謝らないといけないと焦り、うつむきながら言ってしまう。
「美琴さん?どうしたの。」
そう言って顔を覗き込んできたのは、隣のクラスの亮君だった。
亮君は驚いた顔をしたが、私が飛び出してきた教室に目をやると、はぁと小さくため息をついて「おいで。」と、私の手を引いてくる。
一瞬ざわっとした同級生たちの好奇な視線が二人に集まり、うつむいたままの私の背中にささる。
手を引いたままどんどん無言ですすんでいく亮君に私はただついていくしかできなかった。
____________________________________
「まじか、最低だなあいつら。」と、亮君が顔をしかめて荒々しくベンチに座る。
いつのまにか、学校の外の公園にまできていたようだ。
夕暮れ時の少し寒い風に、体をさすっていると、亮君が笑って手を伸ばしてきた。
「美琴さん寒いだろ、隣座りなよ。」
やっぱり女子に人気があるイケメンだ、私もドキドキしてしまう。
「し、失礼します。」
我ながらぎこちない様子で少し離れた位置に腰を下ろした。
すると亮君が爽やかな嫌みのない笑い声をあげた。
「え、何?なんで笑うの?」。と、きょとんとした間抜けな顔をする私にぐっと近づいてきた。
「美琴さんて面白いんだね。そんなに耳真っ赤にしてる人初めて見たよ。」
その言葉に急いで耳を隠すが自分でも上半身が熱くなるのを感じるさっきまでの肌寒さが嘘のようだ。
私が恥ずかしさのあまり何も言えずにいると、耳を抑えていた私の手を掴みやさしくおろ
す。
「俺、美琴さんのこと応援してるよ。こんな頑張り屋さん他にいないよ!」
握りしめていた私の手を、励ますようにぎゅっと優しく握ってくれる亮君を思わず見つめてしまう。
「この人は私の中身も見てくれるのかもしれない。」心の中でぽつりとつぶやいた。
さっきまでもやもやしていた感情が消えてぽかぽかと温かくなるのを感じる。
「ありがとう、亮君のおかげで元気出たよ。私コンクール頑張れるよ。」
私もぐっと亮君の手を握り返した。
____________________________________
今にも崩れ落ちそうな神社の境内にいるのは、いつもごろんと昼寝している黒猫と私だけ。猫は日向がまるで自分のベットかというほど遠慮がない。
ここは、あまり人が立ち寄らなくなった古い神社で植物たちが鳥居や石碑を飲み込む勢いだけどどこか神秘的で私のお気に入りの場所だ。
「優勝とまではいかなくても入賞ぐらいはできますように・・・。」合わせていた手をこれでもかと祈るようにこすり合わせてしまう。
あれから私は渾身の和歌を完成させ和歌コンクールに提出することができた。
今日がその発表日だから朝早く神頼みしに来てしまったのだ。
「亮君にいい報告したいもんね。」スマホの中の亮君の連絡先を見ながら思う。
あの日公園で連絡先を交換してから自分から一切連絡をできないことにがっくりと肩を落とす。
亮君のおかげでこんなにいい和歌が読めたんだ。
こうべ垂れ
ちからをなくす
花の先
爽やかに吹く
君という風
さらさらと肌をなでる風が心地よくて、思わずコンクール用につくった和歌を口に出して詠んでしまう。
「ニャー。」さっきまで寝てたはずの猫が軽やかに私の足元に近づいてきた、まるで和歌の感想を伝えてくれるみたいにわたしのことをじっとみている。
「猫ちゃんは和歌がお好きですかな。」冗談を言って猫をなでようとしゃがむと,黒猫は音もなく高く飛び神社にある大木の根元に着地した。
「なんだよ。思わせぶりとはひどい。」
残念だと立ち上がろうとして猫から大木に目をうつした私は、息をのんだ。
しゃがんでいるからだろうか今までこんな立派な大木に気づかないなんて、はるか昔から生きているようなその迫力に目を離せなかった。
私も猫のいる場所まで引き寄せられるように歩いていく。
「にゃあ。」と再び鳴いた猫の横には、神社の境内の位置からは気づけないような小さな鳥居と大木の空洞がまるでトンネルのようになっていた。
「この大木空洞なんだ。」
つぶやいてじっとその真っ暗闇の空洞を見つめ、木に触れる。
何かの力に引き込まれる感覚とまるで何かをよんでいるような風の音が私を魅了した。
「にゃあ!」猫の止めるような力づよい声でハッと我に返った。
「・・今の感じなんだろう。」そう思ったのもつかの間、私はあっと声にならない悲鳴を上げるとスマホを取り出して時間を見た。
「やばい遅刻しちゃう!猫ちゃん行ってくるね!」
あわただしく、走り去る私を見送るかのように猫がまたねと尻尾を揺らした。
___________________________________
「優勝とはすごいじゃないか!おめでとう。」そう言って満面の笑みの担任から賞状を渡される。
「ありがとうございます!」同級生たちのまばらな拍手を背に、賞状を受け取った。
嬉しさで鼓動が少し早くなるのを感じる、放課後亮君に伝えに行こう。
そう思って、丁寧に机の中にしまった。
やっと放課後になり、亮君のいそうな場所を探し出した。
早く伝えたくてついうっかり教室の机に賞状を置いてきてしまったことに少し後悔した。
「持ってくればよかったかな。」亮君の笑顔を想像してにやける顔をおさえながら、玄関まで来ると、帰ろうとしている男子たちの中に楽しそうに話している亮君を見つける。
「亮君!」そう呼びとめようと駆け寄ったとき亮君とその友達の会話で足が止まった。
『そういえば亮って、あのゲームどうなったの?』
「ん?あぁ美琴さんを誰が落とせるかってやつ?」
亮君のその言葉に私はひゅっと息をのみ下駄箱の裏に隠れる。
「嫌だ聞きたくない。」と思いながらも足が震えて動けなかった。
亮君はいつもと変わらない爽やかな声で続ける。
「ああいう美人な子って中身を褒めるだけでも、案外楽勝に落とせんだぜ。」
「まじか、じゃあ美琴ちゃんと付き合うの?」
「美人ってだけで価値あるしいいかもな・・・。」
だんだんと亮くんの声がとうざかっていく、勘違いして舞い上がってた自分が恥ずかしくなる。
「・・・もう帰ろう。」私は馬鹿らしくなってもと来た道を戻っていると、教室から出てきた同じクラスの嫌な女子たちがこっちに歩いてくる。
何やらこっちを見てくすくすと嫌な笑みを浮かべている、嫌な予感がした。すれ違ってから私は、鼓動と自分の歩調が速くなる。
教室に入ると、急いで机の中を確認する。
「そんな・・・・。」
私は頭が真っ白になった、手の中のくしゃくしゃにされた賞状にしばらく呆然と立ち尽くす。裏返してみるとそこには、
「審査員に媚びうるな。」
「顔がよくてよかったな。」
殴り書きで書かれた何のひねりもない凶器は、私の胸に深く刺さる。
自然と自分の今の気持が和歌に変わる。
わが心
誰もしらずや
ひび割れて
枯れし花にも
なお劣り
そう、ポツリと呟いたつもりだが誰もいない教室には虚しく響く。
「私のことなんて、知ろうともしないくせに。」
手に持っていた、紙に目を落とす。
『第△回和歌コンクール 優勝』
亮君とクラスの女子によって汚された私の生きがい。
わたしは価値のなくなったそれをぐしゃぐしゃに丸める。
制服のスカートのポケットに押し込むと、無造作に鞄をつかみ、逃げるように教室に背を向けた。
「亮君もクラスの奴らもも、弱い私も大っ嫌いだ。」頭の中がまるで壊れたラジオみたいに不の感情の塊みたいなノイズが永遠にながれる。
がむしゃらにに走った私は、いつの間にか今朝立ち寄った神社の入り口まできていた。
ポケットからスマホを無造作に出して時間だけをみる。まだ家にも帰りたくない。
さあっと、肌寒い風が私の髪を優しくなでる。
誰にも会いたくないからか、植物の葉のふれあいの音しかしない神社に自然と足が向いた。
境内に向かう階段をゆっくりとあがっていると「にゃあ」と猫の声が聞こえて顔をあげる。
今朝の猫が,品よく賽銭箱に座っているのが見えるが、口には何か見覚えのあるぐしゃぐしゃのごみのようなものをくわえている。
「それって・・・。」
猫を見たまま反射的に自分のポケットを上からさわる。
「ない・・。」価値のなくなったあの賞状がいつのまにか無くなっていて、なぜかそれを目の前の猫がくわえているのだ。
「スマホを見たときに落としたのかも・・・。」そう思いながら、ゆっくり猫に近づく。
「猫ちゃん、それは私のだから返してほしいな。」
あんなに嫌な気持ちになってもまだそれを取り戻そうとする自分にあきれながら猫の方に手を伸ばす。
猫は私の手を華麗にかわし、私のごみをくわえたまま大木の空洞に飛び込んで行ってしまった。
「え、まって!」その背を追うように空洞に飛び込んだ私は悲鳴を上げた
「きゃあああああああ!」」
なんとその中に地面なんて存在しなかった、ただ吸い込まれるような落ちているような感覚がする。
本当に木の中かと疑うほどの真っ暗闇が私を包む。
今まで生きてきて起きた嫌なこと達が走馬灯のように駆け抜ける。
そして、おもった。
「せめて自分のことを好きになれればよかった・・。」その言葉を最後に私の意識はだんだんととおのいていった・・・。
ここから始まるたくさんの出会いが私の人生を大きく変えてくれるなんて______、
・・・この時の私はまだ知らなかった。