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お義母様、義妹様、あなたたちがいけないのです。私だって可愛いお嫁さんを演じたかったのに、嫌がらせばかりするもんだから。お返しに、私と夫だけの夫婦の秘密を、皆様の前で暴露してあげる。お覚悟を!

作者: 大濠泉

 私、フィリアは、帝国騎士団に所属する女性騎士だ。

 毎日、鍛え続けてきたから、大抵の男子には負けないほどの腕力、脚力がある。

 黒い短髪に黒い瞳、かなりの長身で、目付きは鋭く、無愛想と評される。

 が、仕事に支障をきたすことはない。

 女性騎士のみで構成される部隊を率いており、先日の紛争においては、偵察任務をこなしたりした。


 そんな私が、騎士団副団長ライオス・バウム伯爵の目に留まり、彼の方から婚約、さらには結婚を持ちかけてきた。

 副団長ライオス伯爵は、ちょっと背が低いが、金髪で碧色の瞳を持つ美男子だ。

 面喰いでもある私に不満はなく、さらには自身の出自である騎士爵家よりも身分上に嫁げることもあって、喜んで求婚を受けた。

 両親も喜び、「伯爵家の奥方として、立派に勤めなさい」と言い、今後、私のことを娘とは思わない、伯爵夫人として接するようにし、結婚生活についても一切口出しをしない、ただ孫ができたら見せてくれ、とだけ言っていた。


 私、フィリアが二十歳になってすぐに嫁いだ先は、バウム伯爵家だ。

 バウム伯爵家は、我がパルム帝国の武力を象徴する名門貴族家であり、三千名を超える帝国騎士団を率いる騎士団長を、何代にも渡って輩出してきた。


 先代当主が亡くなって三年経っていたので、私の夫ライオスが二十四歳という若さで、バウム伯爵家の当主となっている。

 だから、私、フィリアは、嫁いで早々に、名門伯爵家の奥様となったのだ。


 改めて言及するが、容姿で言えば、私、フィリアは長身だ。

 一方で、四歳年上の夫ライオスは短躯で、私の首あたりの背丈しかない。

 だが、素早い動きで剣を繰り出すうえに、的確な戦闘指揮ができるとのことで、夫ライオスは、いずれは騎士団長に就任するのは堅いと言われている。


 つまり、私と夫とは、騎士団という職場で出会った者同士で、一種の職場結婚だった。

 だから、私と夫との結婚は、騎士団員が集まる練兵場で、正式に発表された。

 その際、皆から祝福され、夫のお母様も妹さんも、喜んでいるように見受けられた。


 ちなみに、夫ライオスは、なぜ、私、フィリアを嫁に選んだのかという理由を、堂々と皆の前で公言していた。


「かっこいいからだよ。

 僕は憧れたんだ。

 彼女の姿に惚れていると言っても良い」


 堂々とのろけるのが、夫の恥ずかしいところだ。

 でも、同時に、私、フィリアは嬉しかった。

 夫の妹リリー・バウム伯爵令嬢も、


「フィリアお義姉様は、スラッとした(たたず)まいで、素敵ですね」


 と言ってくれていた。



 ところが結婚式を挙げ、私が正式に騎士団から退団し、バウム伯爵邸に招かれて、しばらく経つと、様相が一変した。


 義母のメリー・バウム元伯爵夫人が、口をへの字に曲げて嫌味を言い始めたのだ。


「なんで、こんな石女(うまずめ)なんかを貰ったのかね」と。


 まだ結婚して三ヶ月も経っていない頃だった。

 義妹のリリー伯爵令嬢も不満顔になっていた。


「お兄様は、どうして貴女みたいなのを選んだのかしら?

 無愛想で、色気もない。

 だいたい、目付きが鋭すぎるわよ。

 まるで人殺しの目よ。

 ライオスお兄様は、『かっこいいからね』と言っていた。

 でも、やっぱり暖かみがない。

 女性は優しくて、暖かみのある人じゃないと」


 義妹による「ダメ出し」は、止まるところを知らなかった。


「貴女、騎士の割には動きに優雅さがないわね。

 動きがいちいち大振りでガサツ。

 本当に女性なの?

 身体も骨張っていて、みっともない。

 胸もないし。

 騎士団で女性って、珍しいんでしょう?

 だからお兄様は、貴女に同情したのかしらね」


 義母メリーも、生唾を飛ばす。


「貴女のような、男の出来損ないみたいのなんか、我が伯爵家には要らないわよ。

 私が欲しいのは、息子にふさわしい、夫唱婦随で夫に(かしず)く帝国淑女です。

 何よりもまず、子供を産めないんじゃ、話になりません。

 ライオスは、こんなガサツな女の、どこが良かったのかしら」


 そう言って、ついには「花嫁修行のやり直し」と称して、二人の中年女の講師を呼び込み、貴族社会の作法や礼儀を叩き込もうとしてきた。

 もっとも、実際に、花嫁修行をやり直すだけだったら、問題はない。

 私、フィリアは受けて立つ心意気だった。

 が、実際は、「花嫁修行のやり直し」とは、嫌がらせをするための口実にすぎなかった。


 まず、その花嫁修行の際のお仕着せの服装のサイズが、私の身体にまったく合っていなかった。

 義母メリーと義妹リリー、そして講師の面々は、私にとってはあまりにサイズが小さい、丈の短いスカートを穿かせようとする。

 これでは下着が丸見えだ。

 下半身は、ほとんど下着姿同然だった。

 さらに、私の容姿に似合わないのを承知で、フリル付きのピンクドレスをまとわせる。

 おまけに高身長の私に不要な、赤いハイヒールを履かせた。

 その結果、必要以上に大女に見える私を見て、


「ほんと、どこのオトコかと思ったわよ」


「まさにウドの大木ね」


 と講師と一緒になって、義母と義妹が、ゲラゲラ笑う。


 講師二人は義母メリーのお友達で、義母を中心にして笑い物にするだけ。

 ろくに作法もできない妹リリーまでが、講師と一緒になって、


「そこ、お作法ができてなくてよ!」


 と私を鞭打つ始末だった。



 そんな日々が三ヶ月ほど続いた頃ーー。


 さすがに限界が来て、私、フィリアは、夫ライオスに現状を訴えた。

 丈が短いスタートや、フリル付きドレスなど、嫌がらせに着せられたモノを見せた。


「お義母様ったら、私にこんなのを着せて笑うのよ。

 もちろんピチピチで、ほとんど下着が丸見え」


 すると、夫ライオスは私を抱き締める。


「ごめん。君がそのような目に合っていただなんて。

 怪しいと思ったんだ。

 お母様が、今更、君を(しつ)けるとか言い出して。

 まさか、こういう嫌がらせをしてくるとは」


 夫は、ハァと溜息をつく。


「母上も妹も、以前は違ったんだ。

 母上は、

『これからの女性は、しっかりと自立しなければなりません。

 特に、貴方の妻となる者は、敵と戦えるくらい頑強でないと、武門を誇る我が伯爵家の将来を担ってはいけないでしょう』

 と言っていた。

 だから、君のような、武術を身に付けた女性を嫁に迎え入れたら喜ぶと思っていた。

 それなのに、今では、『孫が見たい。孫が見たい』と言うばかり。

 妹も妹だ。

『お兄様が選んだ女性なら、誰であっても、私のお義姉様よ。

 お兄様は未来の騎士団長なんだから、きっとスラッとしたかっこいい女性を(めと)るのね』

 と言っていた。

 なのに、どうして、君ではダメだったんだ?

 君は、お母様や妹が言っていた条件に合っているのに……」


 私は苦笑いを浮かべるしかない。


「嫁について、口だけで言ってるのと、実際に来られるのじゃ、違うんでしょうね。

 でも、残念だわ。

 気立ての良い嫁を演じることぐらい、やってみたかったんですけどね。

 私も乙女ですから」


「ごめん……」



 結局、夫の許しを得て、翌日から、私に対する「花嫁修行のやり直し」は終了となった。

 以来、夫と一緒に、私は騎士団が集まる市街の練兵場に出かけるようになる。

 剣や槍の素振りと、軍事演習をする日々に逆戻りしたのだ。


 だが、他人の口に戸口は立てられない。

 今度は、大勢の騎士たちから、ヒソヒソとささやかれる。


「フィリアーーいやバウム伯爵夫人、このところ、いつも練兵場に来てないか?」


「伯爵家の奥様になったはずなのに、まるで独身女性のようではないか」


「家庭がうまくいっていないのか?」


「ライオス副団長は、どのように思われるのか……」


 それらの、聞こえよがしの陰口に、私は肩をすくめた。

 たしかに私、フィリアは、バウム伯爵家に嫁いだ身だ。

 いつまでも一介の騎士団員のように振る舞うわけにもいかない。

 やっぱりバウム伯爵邸で、奥様として収まって、やるべきことがあるのだろう。


 再度、夫と話し合って、私は練兵場に行くことをやめた。

 そして伯爵家にいる家令や執事と領土経営について話し合うことで日々を過ごし始めた。


 すると今度も、義母メリーと義妹リリーが邪魔をする。


「帝国貴族の奥方にとって、もっとも重要な任務は、後継者を生むことでしょ!?

 さっさと孫を産みなさい、孫を!」


「優しく微笑み、夫をねぎらうだけで良いのではなくて?

 それぐらいできるでしょ? 女性なんですから」


 女だてらに、政治経済の案件に首を突っ込むのは、はしたないのだそうだ。

 こうした苦言を呈するだけならまだしも、実際に、領地関連の資料を隠したり、執事にくだらない用件を申し付けて、私と会話できなくしたりするのには閉口した。


 もうこれ以上、我慢できない。

 義母と義妹は、私に伯爵夫人としての務めをやらせないというのか。


 夫のライオスは、かねてから私に言っていた。


「君が領地経営をやってくれたら、僕は騎士団の運営と、国防戦略に集中できる。

 そちらの方が帝国としてもありがたいはずだ。

 皇帝陛下からは、一刻も早い騎士団改革を要請されているのだ」と。



 だったら、この、嫌がらせを受けることで、身動きできない状況どうするかーー。


 私が悩みを打ち明けたところ、夫は即座に応じてくれた。


「わかった。

 バウム伯爵家の当主として、僕は帝国騎士団の訓練強化を、君はバウム領地の経営を、それぞれ最優先にすることに決定しよう。

 この決定に逆らうのなら、母上であろうと別宅へ移ってもらうし、妹は嫁に出そう。

 今すぐにだ!」


 さすがパルム帝国きっての名門バウム伯爵家の当主だ。

 夫ライオスには、強大な権限があるとみえる。


 が、そう決定するだけでは、私の胸のムカムカは晴れそうにない。

 私、フィリアは、夫の肩を掴み、正面から見詰める。


「いっそのこと、本当のことを教える?」


 近々、親類や、頼子貴族家の人たちを屋敷に招集して、私、フィリアを歓迎するパーティーが催されることになっていた。

 主催者は、お義母様、元伯爵夫人メリー・バウムだ。

 私を歓迎するという口実で、そのじつ、自分の権勢を見せつけるための催しといえる。

 その場で、私が私たち夫婦の「本当のこと」を暴露しようというのだ。


 私がそう言うと、夫は恥ずかしそうに顔を赤く染めた。


「本当のこと」ーーそれは二人だけの秘密、私たち二人の結びつきそのものだ。

 今までは、二人だけの空間で、密かにやってきた。


 が、「果たして、このことを、(おおやけ)にして良いのか」と、夫は躊躇する。

 それでも、私、フィリアは「公にしたい!」と主張した。


 すると、夫は、顔を赤らめながらも、黙ってうなずいた。

 目には涙をいっぱいに溜めている。

 一見すると、嫌がっているように見えるが、違う。

 私には、わかっている。

 これは夫が密かに興奮している(あかし)なのだ。


◇◇◇


 かくして、義母メリー・バウム元伯爵夫人が主催したパーティーが、バウム伯爵邸の中庭で開催された。

 口実は、メリー自身の引退、そして新たな奥方、私、フィリアの歓迎パーティーだ。

 結婚して半年以上が過ぎてから開催するのは遅いともいえるが、それぞれ諸用を抱えながらも参加する人々の規模を考えると、そんなに不自然ではない。

 バウム伯爵家を寄親とする子爵家、男爵家、騎士爵家の面々のほか、お義母様の親戚筋や、今は亡き夫の父親、先代当主様の親族らが、一斉にバウム伯爵邸の中庭に参集した。


 それでも、女性は男性へのサービスを強いられる。

 主賓なはずなのに、私、フィリアは、それぞれのテーブルに行って、お酒を注いで回ることを要求された。

 まるで侍女の扱いだ。

 でも、これが帝国淑女としての、あるべき振る舞いとされているのだから仕方ない。

 私、フィリアは、おじさん、おばさんのテーブル席に行っては、お酒を注ぎ続けた。


 主賓が奉仕する不自然さを感じる男性はおらず、中には露骨に不平を鳴らす客もいる。


「なんだ、この嫁は。可愛げがねぇなぁ」


 と言うオッサンまでがいる。


 それでも笑顔で任務を遂行し、全員にお酒を注ぎ終えた後、乾杯の音頭を取って、私もお酒を飲んだ。

 そして壇上に出て、「新たなバウム伯爵家の奥様として一言」と、進行役の執事に言われたとき、私は夫を呼んで二人で壇上に並んで立ち、宣言した。


「それでは、これから、私たち、バウム伯爵家当主夫婦の真の姿をお見せいたします!」


 私は夫の方に顔を向け、


「よし。それでは今から、その不本意な衣服を脱ぎなさい!」


 と命令した。

 夫のライオスは顔を赤らめながらも、マントを投げ捨て、数々の勲章で飾られた上着を脱いだ。

 肌着までも取り払い、上半身が裸となったのだ。


 肌着姿だけでも、貴族の世界では裸同然と見做す。

 素肌を晒すことなど、本来ならタブー。

 貴族として、ありえないことだった。


 だが、彼には、ここでさらに驚かれるところがあった。

 私は、手持ちの袋からブラジャーを取り出し、彼の胸にあてる。

 そして従者に用意させたコルセットを、夫ライオスの胴回りに巻き付けたのだ。

 夫がズボンをおろした下からは、女性用のパンティがーー!


 ざわざわと観客が騒ぎ出す。


 私は壇上の床を、ダン! と、思い切り踏みつける。


「何をゴタゴタ騒いでいる!?

 コルセットをつけるのは、くびれを細く見せるための女のエチケットだろう?

 見てみろ、これらの女性用の衣服を。

 これらは皆、夫のお母様と妹が、『私たちのために』と言って寄越してくれたものだ。

 さぁ、ライオス。

 せっかく、母上様と妹君から頂いたもの。

 お似合いなんだから、身に付けなさい!

 私もその間に、準備するから」


 夫は黙って、コクッとうなずく。

 そして、夫が自ら、フリフリのスカートに手を伸ばしているのを確認してから、私は一人で舞踏会の壇上から立ち去り、更衣室に出向く。


 しばらくしてから、私、フィリアは正装して現れた。

 ただし、男性騎士が身にまとう正装ーー詰襟を立て、胸には数々の勲章を並べた軍服の上に、革製の防具を装着し、マントを背になびかせた姿だ(勲章は夫のモノを拝借)。

 足には黒い軍用ブーツを履き、手には大斧を持ち、腰には一本の刀剣を提げ、従者役の執事に槍を持たせての登場である。


 その頃には、すでに夫の女装がすっかり仕上がっていた。

 レースやフリル、リボンで飾り付けられた、ピンクのドレスを身にまとい、パニエで脹らませたスカートを穿いている。

 足には、淡い青色のハイソックスに、編み上げの赤いブーツを履き、頭には、薔薇のコサージュを付けた白いカチューシャに、縦ロールの金髪ウイッグを装着していた。


 私、フィリアは男性の軍用正装、夫ライオスは女の子のフリフリのロリータ・ファッションで、パーティー会場となった中庭の壇上で立っていたのだ。


 義母メリーが発狂したように、


「ライオス! 貴方、いったい何してるのよ!?」


 と叫ぶ。

 妹のリリーに至っては、両手を口に当てて、涙を浮かべていた。

 親類縁者たちから声が上がる。


「何と破廉恥な!」


「武門の名誉を傷付けおって!」


「代々騎士団長を輩出し続けてきた、バウム家当主としての誇りは無いのか!」


 でも、夫は何も答えない。

 代わりに、私、フィリアが胸を張って答えた。


「無駄ですよ。

 私が答えて良いと許可を出すまでは、夫は口を開かない。

 夫唱婦随は帝国淑女の嗜みだからな。

 私の夫は淑女として、立派なんだ。

 よし。しゃべっていいぞ!」


 私の合図を受け、夫ライオスは顔を上げ、碧色の瞳を輝かせた。


「皆様。

 本日は、私たち夫婦のお披露目に集まってくださって、感謝いたしますわ。

 私はバウム伯爵家の妻ライオスと申します。

 こちらにおられるのが、私の旦那フィリア様です」


 会場に居並ぶ聴衆たちは、呆気に取られた。

 義母メリーは口から泡を吹いて卒倒する。

 妹は金切り声を発した。


「何言ってるのよ、ライオスお兄様!?

 ふざけるのはやめて!

 お兄様がスカートだなんて、おかしいわよ!」


「黙れ!」


 私、フィリアは、ドン! と軍用ブーツで壇上の床を踏み鳴らす。


「バウム伯爵家は、わがパルム帝国の武力を象徴する一門。

 質実剛健が家訓なはず。

 それを、おまえらバウムの親類どもが総出で(おとし)めているのに気づかないのか!

 帝国紳士のくせに、どいつもこいつも、締まりがない、だらしのない身体をしおって。

 それになんだ、その無駄に着飾った、ヒラヒラした衣装は?

 それでも帝国騎士を従える武の名門バウム家に連なる者と言えるのか!」


 私は即座に壇上から降りて、大斧で、目前にあったテーブルをバキ! と叩き割る。


 会場の皆が、絶句する。

 改めて執事から槍を手に取り、静寂が支配する最中を軍靴を高鳴らせて、立ち並ぶ客どもの輪の中へと進む。

 そして、先ほど、「可愛げがねぇなぁ」とか「武門の名誉を傷付けおって!」などと口走ったオッサンどもをバシン! ガツッ! と胴体ごと打ちのめして吹っ飛ばす。


「ひいいい!」


「な、何をする、無礼な!」


 などと、尻餅をついて悲鳴をあげるオッサンどもを見据えて、私、フィリアは吼えた。


「ざけんな!

 こんなくらいで尻餅をついてんじゃねーよ。

 それでも男か!

 こんな軟弱者どもが、偉そうに武門がどうのと知ったような口を利くな。

 これからは、私がおまえたちを査定してやる!」


 会場となった中庭の周囲は、騎士団の仲間たちにすでに押さえてもらっている。

 客どもは、逃げられない、と悟ったようだ。

 今度は、扇子を広げて口許を隠していた、義母の縁者のご婦人方を睨みつけた。


「ふん。なんだ、今さら怯えた顔しやがって。

 それでも帝国貴族の婦女子か。

 帝国淑女たるもの、いかなることがあっても、凛と背筋を伸ばせと言うではないか。

 私がこのバウム伯爵家に来たのは、夫と共に私が、皇帝陛下からの要請を受けて、帝国騎士団上層部が華美に流れ、脆弱になったのを改善するよう言われたこともあったのだ。

 陛下が憂えておられたのだぞ。

 なんたる怠慢、なんたる不敬!

 だが、今回おまえらの緩んだ、人を舐め切った面構えを見て、はっきりと、わかった。

 おまえらには厳しさが足りないのだ、と。

 だから、これから一ヶ月間、みっちりと特訓をする。

 おまえらを鍛え上げてやる。

 男どもは、毎朝、練兵場に集まって腕立て二百回を三本、腹筋百回を四本、そして、ランニングと素振り、武器を手にした模擬戦だ!

 もちろん、女どもにも課題をくれてやる。

 おまえらが慕う元伯爵夫人のクソ婆メリーが私に要求したように、帝国淑女としてのマナーと節度とやらを、てめえらが忠実に実践できるかどうかを査定させてもらう。

 できなければ、淑女教育ーー『花嫁修行のやり直し』だ!」


 見知った顔の講師どもの方を睨みつけて、槍先を突き立てる。


「きゃあああ!」


 風圧を受けただけで、中年女どもは、悲鳴をあげる。

 私、フィリアは恫喝した。


「こんな程度で悲鳴を上げやがって、この軟弱者どもが。

 貴様らだって、面白がって私を鞭打っただろうが!」


 講師どもは、金切り声をあげて、髪を振り乱して倒れ込む。

 そんなオバサンどもを見下ろして、私、フィリアは宣言した。


「このような醜態を晒す貴様らなぞ、講師として認めない。

 長年、妃教育に従事してきた、皇室お抱えの教育係を派遣してもらうから、貴様らも帝国作法を学ぶと良い」


 それから、義母メリーに槍先を振り向けた。


「帝国淑女として振る舞うべきだとうるさかったのは、おまえだからな!

 キッチリと見定めてやる。

 安心しろ。帝国貴族の作法以上の要求はしない。

 もとより、私たちが夫婦になった暁には、騎士団上層部の綱紀粛正を果たすよう、皇帝陛下から命じられている。

 ゆえにバウム伯爵家を担う者として命じる。

 訓練と淑女教育課程から脱落した者は、我が伯爵家に連なるものとしては認められない。

 帝国からの分担金も一切支給しない。

 爵位も返上してもらう。

 それで良いな!?」


 視線を移し、私に寄り添う夫ライオスの方を見る。

 夫は潤んだ瞳で見上げながら、答える。


「はい。私は淑女として、あなたに従います」


 うるっときた。


(もう、コイツ、可愛いなぁ!)


 私は、夫の金髪の頭をくしゃくしゃにする。

 そして、皆の前で、盛大にのろけることにした。


「表向きは、コイツから求婚されて、私が応じたってことになってる。

 だけど、実際には、もうちょっと前に出会いがあった。

 それに、私の方がずっと前から、コイツを愛おしく思ってたんだ。

 コイツ、ちっちゃくて、可愛いだろ?

 お人形さんみたいじゃないか。

 騎士団に入団した際、壇上で演説するコイツを見た瞬間、私は惚れたよ。

 この子を、絶対ゲットしてやるってね。

 そしたら、驚いたよ。

 皇宮で行われた仮装パーティーに護衛任務で配置された際、コイツが女装しているのを見つけたんだ。

 私の好みどストライクだった。

 護衛役を放棄して、カクテルを一杯引っ掛けたあと、強引に壁ドンして、キスしたんだ。

 あのときのコイツ、可愛かったなぁ。

 だから、お姫様抱っこしてやったのさ。

 こうやってね」


 夫にキスをして、お姫様抱っこ。

 夫は上気した顔で、私の胸に顔を埋める。


「悪かったね。男性のような胸元で」


 と私が自嘲気味に言うと、夫はボソリとつぶやく。


「そこが素敵なのです」と。


 夫はほんとうに喜んじゃって、身を震わせている。

 興奮しているようだ。


「では、命じるよ。バウム伯爵家当主の意向として」


「はい。ご随意のままに」


 夫の同意を取り付けてから、私、フィリアは改めて命令する。

 このパーティーの衛兵となっている騎士団に向けての号令だ。


「この場にいる者、すべてを引っ立てよ。

 男性は市街の練兵場に、女性はバウム伯爵邸の大広間に、それぞれ連行だ。

 先ほど言った訓練課程、淑女教育課程に入る。

 脱落した者、逃亡した者は容赦をしない。

 再訓練を施した後、それでもモノにならないのなら、寄親貴族家の当主として、皇帝陛下に対し、その者の爵位返上を申し上げるから覚悟せよ。

 それまで、貴様らの邸宅は一時、借り受けておく。

 もし、爵位返上となれば、当然、寄親である、我がバウム伯爵家の命によって、その邸宅を没収する。

 これまで住んできた屋敷に帰りたくば、そして、自分たちの娘、息子に会いたいと思うのならば、死ぬ気で訓練せよ。教育を修了せよ。

 武門の(ほまれ)は伊達ではないのだ」


 そのまま、私、フィリア・バウム伯爵夫人は、旦那のライオス伯爵をお姫様抱っこして、会場から立ち去る。

 中庭から、バウム伯爵邸の中へと入ったのだ。

 すでに夕暮れ時となり、空には満月がかかっている。

 明るい夜になりそうだった。


 私は廊下を進み、寝室のベッドに夫を下ろした。

 口付けをした後、私は爽やかな笑顔となった。


「ああ、すっきりした。

 でも、やっちゃった。

 もう後戻りはできない」


 ベッドの上で、可愛らしい女装をしたままの夫が、私に向けて、手を伸ばす。


「私は構わない。

 それに、あなたは素敵だった!」


 そう言って、夫ライオスが、私、フィリアにしがみつく。

 やっぱり、可愛い。

 ギュッと抱き締め、キスをする。

 舌が濃厚に絡み合う。

 今夜は、激しい夜になりそうだ。


◇◇◇


 そして、一ヶ月後ーー。


 結局、訓練課程をこなせず、半数以上の貴族家が爵位返上となって没落した。

 せっかく夫が頑張って訓練に合格しても、妻が淑女教育課程から脱落し、貴族夫人に復帰することを拒否された家庭も相次いだ。


 皇宮から派遣された教育係は厳しく、やはり義母メリーと一緒に義妹リリーも不合格となり、バウム伯爵家には居られなくなってしまった。

 とりあえずは、二人とも、別宅に追い出すことが決定した。

 そのときには、私、フィリアは普段から男装のまま、邸内を闊歩するようになっていた。

 ちょうど昼食後のお茶を嗜む時刻に、義母と義妹といった追放される者たちが、足下に引き据えられた。

 私は執事たちに指示して、追い出すよう命じた。


「荷物をまとめさせてありますから、さっさと出て行ってください」


 義母メリーは悄然として肩を落とすのみ。

 方や義妹リリーは、


「お兄様、お兄様はどこ!? 助けて!」


 と泣き叫ぶ。


「そんなに兄が見たいのか。

 では、見せてあげるとしよう」


 と私が言い、顎をしゃくると、出てきたのが、フリフリのドレスを着たお兄様ライオスだ。


 夫ライオスが甲斐甲斐しく、私のティーカップにお茶を注ぐ。

 一口、啜って、


「うん。僕の好みを覚えたようだね」


 と、私が明るい声をあげると、貞淑な夫が応えるより先に、義妹が甲高い声を張り上げた。


「お兄様!

 このオンナが、私をお屋敷から追い出そうって言うのよ!

 何か言って!」


 私は紅茶の(こうば)しい香りを嗅ぎながら、目を閉じる。


「愛する妹がこう言うのだ。声をかけてやりなさい」


 すると、夫はスカートの裾を摘んで、(うやうや)しくお辞儀をする。


「私は貞淑な帝国淑女ですから、フィリア様がお求めにならない限り、口を開くつもりはありません。

 ですが、今、お許しを得ましたので、言わせていただきます。

 リリー。当家の主人の命令です。

 今すぐ、この屋敷から出て行きなさい。

 いずれ伯爵令嬢にふさわしいお相手の家へ嫁いでもらいますから」


 義妹リリーは、ワンワン泣く。

 そして、義母メリーともども、執事や騎士たちに追い立てられるようにして、玄関から出て行った。


 彼女たちの背中を眺めて、私はつぶやいた。


「くだらない嫌がらせさえしなければ、ここまですることはなかったのだけどね。

 私だって可愛いお嫁さんをやるつもりぐらいはあったんだけど……」


 すると、夫がティーポットをテーブルに置いて、背中から抱きついた。


「そんなこと言わないで。

 私は今のあり方に満足しているんだから」


「まったく!」


 私は半身を反らして夫を抱き締め、キスをした。


「おまえはそう言って、私に任せてばっかなんだから。

 少しはそっちからアクションしなよ。

 夜だって、マグロなんだから……」


 金髪で、緑色の瞳をクルクルとさせる夫は、顔を赤く染める。


「もう、意地悪!」


 やっぱり、可愛かった。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。

 今後の創作活動の励みになります。


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【文芸 ホラー 短編】

『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』

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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『三十オーバーの未亡人が、公爵家を遺すためにとった、たったひとつの冴えたやりかた』

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【文芸 ヒューマンドラマ 連載完結】

『私、プロミス公爵令嬢は、国中に供給する水を浄化していたのに、家族に裏切られ、王太子に腕を斬り落とされ、隣国に亡命!結局、水が浄化できないので戻ってきてくれ?ざけんな!軍隊を送って国ごと滅ぼしてやる!』

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【文芸 ホラー 短編】

『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』

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【文芸 ホラー 連載完結】

『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』

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【文芸 ヒューマンドラマ 連載完結】

『私、エミル公爵令嬢は、〈ニセモノ令嬢〉!?母が亡くなった途端、父の愛人と娘が家に乗り込み、「本当の父親」を名乗る男まで出現!王太子からも婚約破棄!でも、そんなことしたら王国ごと潰されちゃいますよ!?』

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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『私の婚約者フレッド伯爵子息は、明るくて仲間思いなんですけど、私にセクハラする騎士団長に文句の一つも言えません。だったら、ダサいですけど、私を守ってくれる男性に乗り換えます!私にとっての王子様に!』

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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『「能ある鷹は爪を隠す」って言いますけど、私もとびっきりの爪を隠し持っていました。すいません、お父様。おかげで義兄と継母、そしてお屋敷はメチャクチャになっちゃいましたけどね。』

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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!』

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【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『リンゴ売りのお婆さん(たぶん絶対に義母)が、私に真っ赤なリンゴを売りつけに来たんですけど、これ、絶対に毒入ってますよね!?』

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【文芸 ホラー 短編】

『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』

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【文芸 ヒューマンドラマ 連載完結】

『芸術発表会に選ばれた私、伯爵令嬢パトリシアと、才気溢れる令嬢たちは、王子様の婚約者候補と告げられました。ところが、王妃の弟のクズオヤジの生贄にされただけでした。許せません!企んだ王妃たちに復讐を!』

https://ncode.syosetu.com/n1769ka/


【文芸 ホラー 短編】

『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』

https://ncode.syosetu.com/n2323jn/


【文芸 ヒューマンドラマ 短編】

『同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!』

https://ncode.syosetu.com/n0125jw/


【文芸 ホラー 短編】

『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』

https://ncode.syosetu.com/n4926jp/


【文芸 ホラー 短編】

『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』

https://ncode.syosetu.com/n1348ji/

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