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雪解け


 フェイがジークに返事を書こうと思い立ってから三日後、友人たちからのアドバイスを受けて、手紙が遂に完成した。

 友だちが持っていて、使わずに仕舞われていたレターセットをもらい、気持ちのままに文章を綴った。

 三日間、ずっと真剣にラブレターを書いていたせいか、自分の思いがしっかりとした輪郭を持ちはじめたのを実感していた。


「どうしたの。俺になんか用?」

「は、はい。その、これを……」


 そしてフェイは、いつか出会った茶髪の男子――ロディに淡いピンク色の封筒を差し出した。

 二人は今、学園の訓練場の近くに立っている。丁度、騎士コースの授業が終わったところを捕まえたのだ。

 本当は、ジークに直接渡すつもりだった。

 けれど、全くジークの姿が見当たらない上に、騎士コースの男子生徒の集団から時折視線を感じて、居心地が悪かった。

 だから、ジークと仲がよさそうだった、ロディを見つけた途端、急いで駆け寄ったのだ。

 おまけに、特に誰かと話している様子もなかったので、話しかけやすかったこともある。


「えっ、君が、これを俺に? えっ、マジで言ってる?」

「あっ、いえ、違うんです! これを、ジークさんに渡して欲しくて」

「あー、びびったぁ。危うくあいつに殺されるとこだったわ」


 そんな軽口を叩きながら、ロディは手紙を受け取った。

「りょーかい。じゃあ、これジークに渡しとくな」

 フェイの手の平から、ずっと握り続けていた封筒の感触がすっと消え、彼女は安心して詰めていた息をそっと吐いた。

「ありがとうございます!」


「いいよいいよ。……それよりさ、これ何て書いてあんの? 誰にも言わないから、ちょっとだけ教え――」

「何やってんだよ。お前ら」

 二人の丁度真横からドスのきいた低い声が這い寄ってきた。

 反射的に、フェイとロディは声の主を仰ぎ見る。


「げっ、ジーク!」

「あ……」

 先程までどこにも姿が見えなかった筈のジークが、いつの間にかすぐ近くに立っていた。

 全く気配もしなかったことにフェイが驚いていると、ロディが彼に話しかける。


「驚かせんなよな、ジーク。でも丁度良かったや。この子がさ、これ――」

 ロディは今この場で手紙を渡そうとしているのか、右手に持ったピンクの封筒をヒラヒラと揺らした。

 だが、それを見たジークの目つきは今までに見たこともない程、鋭くなった。

「……邪魔したな」

 ロディの言葉をジークはばっさりと遮って、すぐにこちらに背を向けた。

 ジークは勘違いをしている。フェイは瞬間、そう悟った。

 そして、あれこれ考える間もなく彼を引き留めようとする。


「ま、待って、違うんです!」

「まーまー待てって。ちょっとはこの子の言い分も聞いてあげろよ」

 ロディが、この場から立ち去ろうとするジークの脇に腕を差し入れて、ぐっと力を込めて引っ張った。

 けれど、ジークの身体はふらつくことなく、その場でぴたりと足を止める。

 対して、引っ張った方のロディは、逆にジークの方へ引き寄せられるようによろめいた。


「くっ、相変わらず体幹つえーな」

「……離せよ」

 二人は互いに引っ張り合っているが、ジークの方がやや優勢なのか、ロディの身体はジリジリと彼の方へ移動していく。


「っ……離さねーよ! ほら、これ、直接コイツに渡してやれ……」

 だが、ロディは負けじと食らいついている。そして、先程ロディの手に渡った手紙を、フェイに差し出した。


 それに気が付いたフェイは、慌てて彼から手紙を受け取り、ジークの方へ駆け寄った。

「あの、これ……!」

 言葉と同時に、両手で手紙を差し出す。


「これを、あなたに渡したくて……」

 そう言い募り、ジークが手紙を受け取ってくれるのを目を瞑って待った。

 だが、彼が手紙を受け取る気配は全くない。

 フェイが薄らと目を開いて確認すると、ジークは固まってしまっていた。


「え、あの、どうかしましたか?」

「あー、気にしないでいいよ。……おい、ジーク。早く貰ってやれって」

 ロディが軽く身体を小突くと、ジークはハッとしたように身体を揺らした。

 そのまま、フェイが差し出したままの封筒に手を伸ばし、親指と人差し指でそっと掴む。

 だが、フェイの手から抜き取られることはなく、二人向き合って封筒を手にするという奇妙な状況になってしまった。


 気まずく思ったフェイが手を離し、ジークを見上げる。

「返事、遅くなってごめんなさい」

 ずっと、フェイが一番伝えたかった言葉。それだけ言うと、彼女はこの場を早足で去った。

 そのまま、校舎に入って一息つくと、後ろから声を掛けられる。


「フェイさん。お疲れ様! 見てましたわ!」

「なんだか、私、勇気づけられた気がしました!」

「ううん。私こそ、ありがとう、二人とも」

 きっと一人だったら手紙を渡す勇気は出なかった。

 この後、どんなことになってもいい。フェイの胸は、不思議な満足感で満たされていた。


***


 あれから二日後、フェイはいつも通りの週末を送っていた。

「おはようございます!」

 いつも通りの出勤時間に、ドアを開けて挨拶をする。

 カウンターに立つオーナーはいつも通り、開店前の準備をしていた。


「ああ、おはようミラー君。なんだ。最近元気なかったけど、今日は元気いいね!」

「え……そうでした?」

「うん。指摘するのもどうかなぁと思って、何も言わなかったけど。今の君なら安心だよ。ちょっと僕、買い出し行ってくるからさ、店お願いね!」

「えっ。はい! 分かりました」


 ごめんね~、と言いながら店を出て行くオーナーを見送って、フェイは手早く制服のエプロンを身につけた。

 キッチンを見ると、既に調理器具などの準備は終えられていた。

 あとは表に看板を出せば、開店準備は終わる。


 フェイは手慣れた様子で、店の前に看板を出した。

 少しだけ位置を調整してから、扉を開けて店内に入る。

 だが、そのまま閉まるはずだったドアは、途中でガチャンと音を出して止まった。

 驚いて振り返ると、そこには扉に手を掛けるように、ジークが立っていた。

 

「あっ……い、いらっしゃいませ……!」

 まさか来てくれると思っていなかったフェイは、思わず声が上ずってしまう。

 それに対して、ジークがぼそっと呟いた。


「……まだ、ビビッてんのかよ」

 フェイはそれを慌てて否定する。

「あ、いや、そんな事は……。ただ急だったからびっくりしただけで」

 否定しながら、フェイは彼の様子をうかがい見た。

 ジークは店内に入ることなく、扉を支えのようにして立っている。


「……お前が、また来いって書いたんだろ」

 それは、この前渡したあの手紙のことだ。

 確かに、フェイは手紙の中で『もし良かったらまた、三毛猫堂に来てください』と書いた。

 その言葉通りにしてくれたのだと思うと、フェイの胸はじんわりと温かくなる。


「つぅか、あの手紙、本当に信じていいんだろうな?」

「え? もちろんです、けど……」

 戸惑いながら、フェイは答える。

 あの手紙には、嘘偽りのない自分の気持ちを書いたつもりだ。


「このバイト、いつ終わんだよ」

 だが、ジークはおもむろにそんな事を尋ねてきた。

 フェイは、どうして突然そんな事を聞くのだろうと不思議に思いつつも、正直に答える。

「今日は、二時までかな」

「じゃ、その時間にまた来る」

 それだけ言い残して、ジークはそっと店の扉を閉めた。

 フェイは、小さくなっていく彼の姿を見つめながら、先程言われた言葉を頭の中で繰り返す。


(バイトが終わる時間に来るってことは、つまり、一緒に帰ろうってこと?!)

 落ち着かない思考に頭をグルグルさせながら、フェイは慌ただしく店の奥にバタバタと戻っていく。


(あの手紙を、信じていいか、だなんて)

 あの手紙に一つだけ書いた『好き』という言葉を思い出し、フェイの体温は一気に上がったような気がした。


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