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3/7

気まずい話し合い


「全員、ちゃんとペアごとに分かれてるなー? とりあえず、この教室か図書室のどっちかで作業しててくれればいいから、準備できたら各自始めてくれ!」


 先生からの開始の合図を皮切りに、教室に集っていた生徒たちは、思い思いに動き始める。

 そのほとんどは、その場に座ったまま課題について話し合っているが、何組かのペアは、図書室に向かうつもりなのか教室から出て行った。


 そんな周囲の様子を横目でちらりと確認しながら、フェイは同じ机に座っているジークがどう動くのか、それだけに気を張っている。


 窓際に座っているジークは、黙ったまま手元にある紙に目を通している。彼が一体、何を考えているのか分からないまま、ただただ時間だけが過ぎ去っていった。 


 彼らが座っているのは窓際に位置する席だ。ジークが窓側に、フェイは通路側に座っていた。フェイはなるべくジークに近づきすぎないように、机のなるべく端の方で縮こまっている。


 どんな言葉で話しかければいいのか分からないまま、フェイは授業が始まる少し前のことを思い返した。


 授業が始まる前、黒板にはすでにペアごとに分かれて座るようにと、先生からの伝言が書かれていた。

「あら、私のペアの方があちらにいらっしゃいましたわ。それじゃ、行ってきますわね」

「私もちょっと探してきますね」

「うん。分かった」

 ここでいつもの三人組は、バラバラに分かれた。


 フェイは、ペアの相手を探しているかのように、壁際に立ってキョロキョロと辺りを見回す。あわよくば、向こうから声を掛けてくれないかと願いながら。


 そう、ジークの姿は教室に入ってすぐに認識していた。何せあれだけ大きな身体をしているのだ。離れていてもすぐに分かる。

 ジークは、先週と同じく少し柄の悪そうな男子たちと一緒にいた。例え、彼が一人でいても簡単には声を掛けられなかっただろうが、あの男子の群れの中に飛び込む勇気も全くない。


 そんなことを考えながら、フェイが意図してジークの方を見ないように、人を探すフリをしていると、痺れを切らしたのかジークが席を立った気配がした。

 それに少しだけ安心して、そのまま気が付いていないような素振りを続けていると、やがて威圧感のようなものが近づき、そして右斜め後ろから野太い声が掛けられた。


「……さっさとこっち来いよ」

「は、はい!」

 むすっとした顔をしたジークは、それだけ言い放つと再び踵を返した。

 まさか、あの男子たちの中に連れて行かれるのだろうか。そう心配していたが、ジークはその一団を通り過ぎて、少し後ろの窓際の席に腰を下ろした。

 三人掛けの机だったので、一人分のスペースを空けて、フェイも続けて座る。


 並んで腰を落ち着けたところで、少し前の方にいた男子の一団から、前回の授業で突然話しかけてきた茶髪の男子生徒がこちらに歩み寄りながら、ジークに軽い調子で話しかけた。

「おーい、ジーク。後ろ、座ってもいいよな?」

「好きにしろ」

「おー、あんがとな」


 二人が会話する所は初めて見たが、気軽にやり取りをする様子からは仲の良さが伝わってくる。

 こんなに気難しそうな人でも、友達は普通にいるんだなと考えながら、フェイはそろりと視線を外した。


 そして現在、周囲から聞こえる話し声に焦りを感じながら、どちらも口を開かないまま変化はなかった。

 フェイはどれくらい経ったのだろうかと時計を見る。もう十分は経ったのではないかと思っていたが、実際には五分弱しか針は進んでいなかった。


 このまま黙っていても、何も始まらない。いくら相手に嫌われているからといって、何も話せませんでしたというのは、少し情けない気もするし、バイト先では短い受け答えなら出来ている。

 最初に口火を切るくらいは出来るはずだと、フェイは自分を奮い立たせた。


「その……テーマはどうします?」


 フェイは至って無難で、最初に決めなければいけないことを尋ねた。

 突然話しかけられたジークは、手元の紙から視線を上げ、フェイに視線を合わせる。だが、すぐにふっと逸らされ、また紙に視線を落とした。


「別に何でもいい。お前が決めろ」

「……は、はい」

 突き放すような言葉から、ジークのやる気のなさが伝わってくる。

 つい昨日のバイト先でのやり取りは、俺の足を引っ張るな、という意味なのかと思ったが、別に良い成績を取りたい訳ではないのだろうか。


「ええっと、じゃあ……ドリアードとか、どうですか? 魔物についていろいろ調べてたら出てきたんですけど、木に擬態して動かない魔物なんて今まで知らなかったので、気になるなと思って……」

 フェイがおずおずと提案すると、ジークは黙ったまま一つ頷いた。


 自分の案がすんなり了承されて、フェイが安堵していると、ジークは先程までずっと見ていた一枚の紙を「ん」と呟きながらこちらに滑らせた。


(ん? 何だろう、これ)

 ジークはこれが一体何なのか説明もしないまま、黙っている。

 疑問に思いながら、フェイは渡された紙を手に取った。


 長方形の紙を横長にした一面には、レイアウトのようなものが書かれていた。真ん中に縦線が一本引かれ、左半分と右半分にはそれぞれ丸が二つ、合わせて四つの円が並んでいる。

 そして、円の中には大きくて角張った字で、『生息地域・分布』『生態』『討伐方法』『魔物のスケッチ』と書かれていた。


(これって、もしかして……)

 頭に浮かべた推測を確信に変えるため、フェイは彼に問いかけた。

「これに沿って、レポートを進めていくってことですか?」

「おう」


「へー、それいいじゃん!」

 突如、後ろから降ってきた声に思わず振り向く。そこには、身を乗り出すようにして紙を覗き込んでいる、例のジークの友人がいた。


「勝手に見てんじゃねえよ」

 ジークも同じく振り返って、後ろの彼を睨み付けている。

「悪い、悪い。けどさ、ジークも意外とそういう下準備的なの? ちゃんとするんだな!」

 それだけ言って、茶髪の彼は身体を引っ込め、自分の席に戻っていった。


 この前、初対面にも関わらずいきなり話しかけてきた事といい、たった今のやり取りといい、きっと明るい人なのだろう。

 ああいう人を見ると、何だか無性に羨ましくなってしまう。


「おい。何ぼけっとしてんだ」

 ジークから呼びかけられ、慌てて姿勢を整える。

「ご、ごめんなさい……! えぇっと、あとはこれに沿って進めていけばいいんですよね? とりあえず半分ずつ分担すればいいですかね」

 

 フェイがそう提案すると、ジークは頷く。

「ああ。けど、授業だけではこの量、終わらねぇだろ。……放課後、適当に集まってやりゃいいか」

 ジークから飛び出したのは、まさかの言葉だった。

 放課後? 適当に集まって?

 全く予想していなかった台詞に、フェイは慌てて首を振る。

 

「えっ、そんな……大丈夫ですよ。私、一人で自分の担当、進めておきますから」

 唯でさえ授業中に話し合うだけで、神経がすり減っているというのに、それ以外の時間にも関わりを持つだなんて耐えきれない。

 そう考えたフェイは、ジークの言葉をやんわりと断った。


「お前が、一人で? ……ざけんな。俺の方が詳しいだろうが。それくらいなら、俺が全部やった方がまだマシだ」

「それは……悪いですし」


 フェイはそのまま独り言のように呟く。

「それに私のこと、苦手……ですよね? だから――」

「あぁ?」

 彼女の言葉を遮るように放たれたのは、今までに聞いたことがないくらいドスのきいた声だった。


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