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後編の2

53.



近くの畑で、籠いっぱいに瓜をもいでいた瀬奈は、

屋敷から慌てて出てきた、信とかちあった。


「丁度よかった。瀬奈さん。

さっき藪の奥で行き倒れの男を拾った。そっちの客間に運び込んだが、

世話をお願いしていいか?

都から落ちのびてきた人かもしれぬ。

どうも山賊にでも遭ったのか、直衣も剥がれ、汚れて傷だらけなんだ。

崖から落ちて、足も怪我している。しばらく動けなかったのか、衰弱がひどい。

何か食べさせないと・・。

僕は、これから薬草を調達してくるから・・。」


「それはおかわいそうですね。わかりました。」


ドタバタと、言われるままに部屋に走り込む。


そして寝かされている男を見た。

「え?」

瀬奈の目は、シンジラレナイ・・と、見開かれた。


「融様・・なの?なぜここに?」

枕元では、縋りつくように、みぃやがにゃーにゃー鳴いていた。


ぐったりしたその手を取った。まだ少し温かさのあるその掌を自分の頬に押し当てる。

「融様・・生きて・・生きてください。」

あっと、気付いて、さっき採ったばかりの瓜を切り、その滴る汁とともにその口に押し付けた。


ひんやりとしたその感触を感じてか、

「あ・・。」薄目が開いた。


「・・せ・な・・やはり、ここは、三途の川か?

待っててくれたのか?・・あいたかった・・ぞ。」

微かな笑みが、その頬に広がり。持ちあげようとしているのか、手がわずかに動く。

瀬奈の目にも、知らず涙が。


「違います。待ってたのは、そうだけど。会いたかったのも、そうだけど。

生きて。生きてくださいませ。そして、ここで、ともに、暮らしていきましょう。」



「せな・・ここは現世なのか?」「そうですよ。ほら、感じるでしょ?」

瀬奈は思わず、その頬に口付けをした。

「あ・・。」融の目が見開かれた。

「何か精のつく食べ物を持ってきますね。元気になってくださいませ。」




「助けてくれたのは、信と言って、

この屋敷の御主人さまの縁者です。忍びの里なんです、ここは。」


おかゆをふうふうし、融の口元に持って行きながら、瀬奈は説明していた。


「屋敷の主である敦子様は、蔵人頭の尾塙さまの姉君で、

由布子の出産の折、屋敷に里下がりしたときに、お世話になりました。」


そうだったのか・・。そんな事情の姉がいたのか。


「ええ。それで、

私のことを心配して尾塙様が、

神隠しを企ててくださって。由布子のお宮参りの折に、さっきの信が迎えにきてくれたのですわ。それから、ここにお世話になってます。」


そうか・・。差し出される匙のおかゆを飲み込みながら。

「君が、楽しそうで、なによりだったよ。」そう言って、融は、にこっと笑った。


「ごめんなさい。融様。

真一も由布子も連れて来てしまって。私、自分のことしか考えてませんでした。

貴方様を独りで、あの場所に置き去りにするような真似を・・。」


「仕方ないよ。私は、帝だったから・・。」

融は、目を閉じて、ゆっくり口を動かしていた。



「あなた様が、内裏で、亡くなられたと聞きました。」


「そうだ。死んだのは帝。そして僕は、もう何者でも無い。ただの男だ。」

融は、そう言って瀬奈を見遣り、

「いいだろうか?それでも?」

そんな自信無さげな融の言葉に、瀬奈は含み笑いをしながら言い放った。


「問題ないですよ。ここは働く場所はいくらでもあります。

一緒に来た私の侍女も、一人は産婆として、一人は子供をたくさん預かって遊ばせている場所で働いています。

これから一生懸命働きますと敦子様に、伏してお頼みして、ここに置いてもらいましょう。

貴方は他でもない、私の夫君。男手は本当に足りなくて、信もきっと喜びますわ。」





「あ、元気になられたか?」

その時、戸を開けて入って来たのは、戻ってきた信だった。薬草を抱えていた。


そういいながら、なんだか瀬奈とその男の親密そうな空気に、信は少し不思議そうに、

「もしや、知り合い?」尋ねてきた。


「あのね。信様。助けてくださって、ありがとうございます。

実は・・このお方、わが夫なの。」居ずまいを正して瀬奈は打ち明けた。「え?!でも・・真一の父君は、内裏での火事で亡くなられたという話では?」

先日敦子様から伝えられた話を、信も聞いていた。


「香を嗅がされ、眠った所に、火を放たれたのだが、何とか逃げだした。

どうもいろんな者の思惑か絡んでいたようで、真相はよくわからんが。

骸は替え玉で。帝は表向き死んだことにされた。

だから僕はもう、帝ではない。ただの何も持たない男となった。」


「でも・・生きていて、下さったのですね。融様は・・。」そう言って、瀬奈は、

感極まって横で涙を流していた。



「そうか。良かったね。瀬奈さん。」信は、そう答えた。

「真一も、前に物陰で泣いていた。それならば、早く知らせてあげた方がいいな。道場に伝令を送ろう。」そう言いながら、

手にもっていた薬草を広げた。


「小連翹の葉だ。これで足を冷やすといい。貼って、手ぬぐいで捲こう。

傷には、これを。大和本草の実だ。

すり鉢ですりつぶして、塗ればよい。

足を見せてくれ。」

そう言って布団を取って、融の体をさする。

「腫れも思ったほど酷くないな。少しズレただけだろう。」

そういうなり、一瞬、ぐっと足を引っ張り、融はううっと呻いたが、

「すまん。これで大丈夫だ。折れてはいないようだ。ならば元通りになろう。」

自分も伯父から教わった、昔から伝わっている秘法だと言った。


「瀬奈さん。悪いが、

手ぬぐいを水で濡らして持ってきてくれないだろうか?あと、盥も。」信が頼み、

瀬奈は部屋を出て言った。




急に静かになった部屋。融と信が向きあう。


「信、すまない。申し訳ない。」まず融が口を開いた。


なんですか、急に?信が顔を上げる。



「なんとなく、私は信に謝らなければいけないような気がした・・。」


「その言葉、変ですよ、融様・・で、名前はよろしかったでしたか?」

瀬奈が呼んでいた名を思い出して、信は呼びかけた。


「全部・・全部、君のおかげなのだな・・。」融は、感激の面持ちで、そう繰り返した。

そしてこの信は、瀬奈を好いている。それは見ているだけで、わかった。きっと瀬奈のことを長く見守ってくれていたのだ。僕なんか、ただの邪魔者のはずなのに、

でもこんなに良くしてくれる。


「そんなことは無いですよ。

この猫の、頑張りですよ。僕が行かなかったら、猫はまた誰かの着物の裾を引っ張ったでしょうし。

それに融様が、こうして生きて瀬奈様の所に帰り着いて下さり、

また瀬奈様の輝くばかりの笑顔が見られて、俺も嬉しいですよ。」

薬草をすり鉢で潰して、手ぬぐいに塗りながら、信は、事もなげに言った。


また、そんなこと・・。この男には、絶対敵わない。

融は、呻いた。傷の痛みなのか、嫉妬のわだかまりなのか、畏敬の念なのか、なんだかよくわからない。


「そうだ。俺からも礼を言わしてください。

ありがとうございます。真一も由布子もいい子ですよ。

真一は、俺を師と仰いでくれてるし、小さいながら自衛団の一員です。

由布子は特に俺に懐いてるんですよ。

きっと、融様は、そんな俺を見て、離れていた時を少し後悔すると思います。

そこのところが俺としては、少し小気味いいかなと。その位の意趣返しは、いいでしょ?

俺だって、少しは性格は悪いですよ。」

そう冗談めかして言って、面白そうに、にこっと笑う。


「あ、そうそう。あと、雅孝ってのが、ここの主である敦子様の総領息子なんですが、

まだ乳離れしてなくて、瀬奈様にひっついて離れないんです。

由布子は、もう離れたんですけどね。

なので当分、邪魔されますけど、怒らないでくださいね。

我が主の総領息子のために、瀬奈様をまだ少しの間お貸しください。」

そんなことも言った。



そして信は、戻ってきた瀬奈を見て、立ち上がった。


「瀬奈さん。

少し熱があるので、手拭いで頭を冷やしてあげて。

これで薬が効いたら、2.3日のちには、動けるようになると思いますよ。

融さん、仕事はいっぱいありますので、元気になったら、

ぼちぼちやれることからやってくだされば。」


信がそう言い置き帰った後、融は瀬奈に言った。



「いい奴なんだな。信というのは・・。」意地悪を言う所まで、爽やかだった。融は、感心していた。


「ええ。とてもよくして下さるの。ずっとお世話になりっぱなして、悪いなと思っているくらいで・・。」


「そうか・・。」彼となら、何かあっても仕方ないかもしれない・・そんな猜疑的な気持ちも沸々と思ったが・・。



「信ね。好きな方はいらっしゃるみたいなんだけど、なかなか口を割って下さらないの。」そういって、瀬奈がくすくす笑っているのを、思わず、え?って、まじまじと見詰めてしまった。


「どなたなんでしょうね。応援して差し上げるのに・・な。」と瀬奈。


鈍感も、ここまで来ると罪かもしれないと思ったが、

そんな我が妻の言葉に、なにげなさを装って相槌をうった。


「そうだな。

信も、幸せになって欲しいものだね。」

そして融は、妻の手を取って言った。


「僕らは、こんなに幸せなのだから・・。」


54.



雨乞いの儀式は、うまいくいき、

クロは平安に帰れて、頑張ってるかな?そんなことを夢想しつつも、

それ以外は、また変わらぬ日常に戻っていた。


「夏休みだし、ちょっと田舎へ帰ってくるね。」そう言い出した瀬奈の手を、融は、がしっと掴んだ。

「いつ帰ってくる?」尋問口調。「え・・。うん。すぐに帰ってくる・・と思う・・けど。」

少しキョドった風で、瀬奈の様子はおかしい。


「何か隠してるだろ?わかるんだから・・。

だいたい、実家無いのに、どこへ?」「あの。伯母さんとこ行くだけだから・・。」

「何をしに?」融のその問いに、瀬奈はしばらく黙っていたが、観念して口にした。

「あの・・前期の成績が悪くて・・。どうしたのって?呼びだされてて。」もしかすると、大学やめることになるかも、とまで白状した。


「じゃあ、僕も一緒に行くよ。いいだろ?」「え?」瀬奈は、そんなこと言いだす融をまじまじと見た。すると、その視線をまっすぐ見返して、

「だって、僕が謝らなきゃ。」



二人は電車を乗り継ぎ、向かった。

そして瀬奈の伯母に会うなり融は、平謝りした。

僕の事情に付き合わせて、授業をサボらしたりして、本当に申し訳ない・・と。後期はそんなことはしないからと約束し、

そして付き合っていることや、いい加減な気持ちじゃないことや、その他翻弄された自分の家の事情を打ち明けた。



「なんだ。瀬奈ちゃん。そういうことだったの・・。もう、早く言えばいいのに・・。

私は別に、瀬奈ちゃんが楽しく過ごしていればそれでいいのよ。

何度も尋ねて行ったのは、困ったことに遭ってるんじゃないかと、それが心配で・・。

伝わって無かったのね。」


ほんと・・あんたたち親子は、手がかかるわぁ。とぼやく、そんな伯母さんの反応に、

瀬奈は気が抜けてしまった。

もう怒られる覚悟で、パシパシに緊張してやって来たのに・・肩透かし。


「絶対、大学をやめなさいと言われると思ってた。無理言って学費を出してもらったのに、前期、単位を落としまくったから・・。」


そんな瀬奈に、伯母さんは優しく言った。

「瀬奈ちゃん、真面目だからね。

別にね。勉強ばっかりが大事ってわけでもないのよ。そりゃ勉強も本分で、

ただ怠けて単位落としているのなら、もったいないけどね。

彼の為に一生懸命だったら、仕方ないよ。後期頑張りなさいね。

小野さん・・とおっしゃった?

そう。大変だったのね。でも何より、

瀬奈の為にここに説明に来てくれたのが、うれしいわ。」


融は、他にもかいつまんで、家出したままの母のことや、宮司の家であることなども明かした。決まった就職がダメになったことも、包み隠さず言った。


「・・でも、瀬奈の頑張りで、

じいさんも仲を認めてくれたし、母もそのうち戻ってくるって言ってました。

就職活動も、今、また頑張ってます。

僕も、自分の先行きなんてどうでもいいやって、投げやりな所があったんだけど、

瀬奈と一緒なら、頑張ろうって気になれたし。ホント、僕には、瀬奈が必要なんです。」


「就職、ダメになっちゃったの?」伯母さんのぶっちゃけた問いかけ。

「ええ・・なんか僕の家族構成が、引っかかったみたいで。じいさんとの二人家族の所で、なんだかんだ難癖付けられて、内定取り消しされちゃって・・。」


「あら、じゃあいっそ、日本一の宮司でも目指しちゃう?」え?

伯母さん、軽い。


「だって。そうでしょ。その会社、ふざけてるじゃない。

おじいさんがいるから介護だとか、神社あるからしがらみで宮司せざるをえないだろとか。そんなマイナスで考えんじゃないわよ!って。

俺には、何千年の歴史の神社が付いてンだぜって。しかも、超ベテランじいさんの指導のもとなんだぜぃ!ってさ。」

瀬奈の伯母さんが、鼻息荒く言うので、融は思わず大笑いした。


おばさん・・ウケる!


「うちの神社に祈願するとさ。願い事、全部叶えてやるぜって、神社にしたら?

それとも、何千年の歴史の秘儀全部みせます。式神、ここに召喚とか?

俺は、安倍晴明の生まれ代わりよ、とか。」


「伯母さん、それ無理・・。何かの読み過ぎ。」瀬奈が、代りに冷たく答えていた。


「いい案だと思ったんだけどな・・。」と項垂れる伯母さん。

またそれに融は吹き出した。「伯母さんの心意気だけは、頂きました。頑張ります。」



そして伯母さんの家を後にした。


「いいな。瀬奈の伯母さんの性格。すっごく前向き。元気になったよ。」楽しそうな融。

「そうね。父も、あんなタイプよ。もっと調子乗りだけど・・。また起業企ててるみたいなのよね、ごめんね。ホントに。懲りない人で。

母は、もっと慎重よ。弟は、母に似てるかな。」瀬奈もほっとしたのが、珍しく饒舌に家族のことを口にしていた。


「今度会わせてね。瀬奈。」え?う、うん。

突然の言葉に、瀬奈は思わずそう答え、

見上げた目には、融の優しい眼差し。かちあって見つめ合って、

心がじんと温かくなるのを感じた。




その日は楽しみで、

瀬奈は早起きして服をいろいろ選んだり、忙しかった。

前に信から貰ったチケットの、稽古場ライブがある日。開場は4時。



「信、来たよ。」

入口でもぎりにチケットを渡しながら、融は、その奥にいる信に挨拶をした。

会場は、いつも練習に使っている公民館の多目的室。

そこの壁側に、30脚ほどのパイプ椅子が並んでいた


「おっ。ありがとな。」信は、気づいて手を振って、

そしてまたリハーサルの打ち合わせの輪へ戻っていった。


瀬奈と融は、一番奥にある窓側の席に座った。まだ時間は早いので、客はちらほらで、出演者の姿の方が多い。その中で融は、少し緊張気味に周りを見回していた。

この前出会った女の子の父・・つまりは融の父でもある、その人が現れるのではないかと思って・・。



「すっごく楽しみにしてたんです。どんな曲するのかな?」横で楽しそうに瀬奈は、

先ほど受付でもらったプログラムを眺めまわしていた。


「瀬奈、すごく嬉しそうだよね。」融は、何だか少し引っかかる言い方をした。

そんなに信の太鼓の演奏を楽しみにしているんだ・・なんて。これは、少し嫉妬?



「だって。初めてだもの。」「何が?」融は尋ねた。「融さんと、こんなお出かけするのは・・。だから、何だがわくわくして。」

そんな言葉に融は、心が鷲掴みにされた。

あ・・。


そうだ。ずっと・・・大学とか神社では会ってたけど。それに、バイクに乗っていろいろ出かけたけど、それはなんだかんだ用事ばっかりで・・。二人が単純に楽しむために出かけることって無かった。


デートらしいデートは、もしかして、これが初めて?!



「ごめん。」つい融の口をついたのが、そんな言葉。「うんん。これから、いろいろ出かけられたらいいね。今までは、忙しかったものね。」

責めるわけでもなく、無邪気にはしゃいで頬染める瀬奈。


あまりのかわいさに、融は瀬奈を、

壁に押し付け、腕に閉じ込めるようにして、つい口付けを・・おとしていた。



「こらこら、何してンのサ!御二人さん。」後ろから、冷やかしの声。

ドキっとして、振り返ると、あの目元のつり上がった女の子だった。今日は化粧をしているので、またその色気がやけに強調されて、高校生とは思えなかった。




「ごめんね。父さん、来れなくなったんだって。」「そう・・。」そう告げられ、融は少しがっかりしていた。

「なんか仕事が・・大変なことになってるんだって。

不渡りが・・とか。地元の長谷産業の倒産で、連鎖が・・とか。よくわからないんだけど、

今日も会社に出かけちゃったの。

お父さんも、今日のライブ楽しみにしてたから、本当に残念。小野さんによろしくって言ってた。

また今度、連絡します。」「うん。そうか。ごめんね。」


55(最終回)




「長谷産業、倒産って言ってたけど?」「ああ、本当なのかな?」初めて聞く話だった。瀬奈と融は、不安げに顔を見合わせた。

・・もしも本当だったら、地元の優良企業だから、影響は避けられない。とばっちり受けて、他にも潰れる所が出てくるかも。そうだ。融が内定取り消しを受けた会社なども、かなり危ないかもしれない・・。


その時、開演時間が迫ってきたせいで、一気に入口からお客が入ってきた。

「はい、奥から、詰めてね。」会場係が、慌てて案内を行っている。

動く隙間の無いほど・・お客でギチギチに埋めつくされて。


・・舞台となる側から声がしていた。

「おい。チケット何枚刷ったんだよ?」

「え?100枚。」「100人入らねぇだろうがよ。」「知らないよ。まさか全員は来ないと思って。」「来たら、どうすンだよ?」

下の談話室など、いろんな所からありったけ借りて来たのか、

種類の違う椅子で、客席がどんどん補充される。・・


会場は、置ける所は全部椅子を置き、なんとか落ち着いてきた・・。

既に開演10分押し。

「とりあえず・・始めますか。」信さんの合図でメンバーが並ぶ。


開始の挨拶もそこそこに、

ドンドンと心を打ち鳴らされるリズムが部屋を満たしていく。


次から次と、怒涛の迫力のうちに、1時間余り、あっというま。

祭り太鼓もあれば、懐かしい獅子舞。勇壮な合せ太鼓も・・奥から人も入れ替わり立ち替わり現れる。


高校生のあの女の子も、躍り出てきた。何とも言えない迫力があり、目力にヤラれる。しかも、上手。既にファンも多いのか、舞台の真ん中に出てくると、ヤンヤの歓声が沸く。

待ってました、夜叉姫!そんな掛け声が掛かる。それが、彼女の愛称のようだ。


はっと持ち上げるその太鼓のバチがまっすぐ上を差し、すごく綺麗だった。

伸ばした手の先の、隅々まで力が漲っているような。そして、隣の信と二人、踊るように場所を入れ替え、交互に叩き絡む曲では、エロティックなまでに、

お互いの息が合った何かを感じる。そんなやりとりに・・どきどきしてしまった。




「すごくよかったですね。」瀬奈は、興奮していた。「うん、そうだね。

日本人って、太鼓のリズムが、すごく根付いていて、

呼びさまされるとか・・そんな気持ちだよね。」融も同調する。


「どうする?これから・・。」「まだ、なんだかどきどきして・・。」瀬奈は、帰りたくない気持ちを感じていた。融にもそれは伝わったようで、

「そうか、じゃあ、まず食事にでも行こう。」


駐車場に置いてあったバイクの後ろに乗り、少し郊外にあるレストランに向かう。

「あれからゆっくり話す暇もなかったよね・・。」

「そうですね。

あ、そういえば、クロがいなくなってしばらくしたら、みいがひょこり、帰ってきたんですよ。」


「へぇ。そうなんだ。不思議だね。」瀬奈が、最初に連れていた猫。ミケだった。



「そういや、僕も言って無かったことが・・。

前に話していた時に気付いたんだけど、さっきの夜叉姫の・・あの子のお父さん、僕の父みたいなんだ。

そして、今日会えるかと思ってたんだけど・・。」

「え?そうだったの?ということは、あの子、融さんの妹?」「ああ、そうなるみたい。」

ふーんと、瀬奈は思い出していた。そういえば、あの時、そんな気がしないこともなかった。女の子の父がおっかけしてたという話に、融はとても嬉しそうで。


「でも、それなら・・またいつでも会えるんじゃないですか?」

「そうだな。」「驚いた顔が、見ものだったりして?」瀬奈は、悪戯っぽく笑う。


食事も終わって、次はこの町の夜景でも見ようと、山の上の展望台までバイクで走った。

お盆には送り火があるこの山。町が一望できる。


「そういえば、信が・・外国行く決心ついたって、言いにきた。」「え?そうなんですか?」

「前から誘われていたみたいで。それで、今の仕事辞めるから、後釜お前どうだって?

僕が就職ダメになったの、どこからか聞いたらしくて。

私学の講師なんだけど、学長に推薦してやろうか?って。」


「良さげじゃないですか?」そんな瀬奈の言葉に、

「そうだよね。結構、時間の融通利かせてくれる所なんだって。

ゆくゆくは日本一の宮司を目指すにしても、当分は、お金貯めないとね。

結婚資金もいるし・・。頼もうかな。」何気なく、そんな言葉。



そして帰り道に、融はある所で、またバイクを止めた。

それは、あのときのラブホテルだった。



「あのさ・・いい?」そんな融に、瀬奈は、何も言わずにその背中にこくっと頷いた。



「あの日をやり直したかったんだ・・。

ごめんね。あの時、僕は、何だか混乱してて。次はやさしくするって約束したままで。

僕に、名誉挽回の機会を与えてください。」

「何、それ?」少し芝居かかったその言い様に、瀬奈は少し吹き出した。

「わかりました。与えましょう。」「かたじけないです。」


ささ、お妃様、お手を・・。




「瀬奈。ここ来てたの?

メール見てくれた?今晩だけど、大丈夫?」


そこは、大学の図書館だった。


「ええ。楽しみにしてます。」そう言いながら瀬奈は、カバンからケータイを取り出す。ごめんなさい、メール気付いて無かった。


「何やってるの?」「先生が、試験で間違えたところ、レポートを出すようにって。

それで、調べ物してるんですけど。

・・ねぇ、融さん。

この本、どう思います?」


手にしていたのは、『歴史探訪~平安の時代を読み解く~』という本だった。

どこかで見覚えが・・。そういえば前に、瀬奈を待っていた時、時間潰しに少し読んでいた覚えがある。


「ここの帝の肖像画。融さんに似てると思いませんか?」


「ん?黎泉天皇?どうかな。この頃の天皇なんて、どれもこんな顔に書かれている気がするけど・・目が細くて。烏帽子って、こんなの本当に皆かぶってたのかな?

確かこの人って、東宮時代が長くて、帝になってわずか1年後に夭折して、

その時まだ後継ぎがいなかったんだよね。大臣たちの陰謀で殺されたっていう説もあったり。享年27歳か。かわいそうだね。」


「黎泉帝に入内してからすぐに、子もなさないまま亡くなったものだから、この正后はこの後、

また別の明陽帝に嫁いだようですよ。二人の帝に嫁いだ人は、珍しいんですって。」

・・ああ、ここ、試験に出たけど、間違えちゃった。瀬奈は、ボヤいていた。



「もしかして瀬奈、夢に出てきたあの二人を探しているの?」


「ええ。でも、わからないです。女の人って、はっきりした名前は伝わら無いでしょ。

黎泉天皇に瀬奈という名の身分の低い妃がいたのかどうかもわからないし。子どもがいた記録も残って無い。

私たちも、あれっきり夢を見ることもなくなったから・・。

あの、

お妃様が浚われたの報に、帝が倒れたあの時の夢が最後でしょ。

別々に分かれてしまったあの二人は、

平安へと戻ったクロが頑張って、

再会できて、幸せになれたのかしら。」瀬奈の表情は、固い。



「出来たと思うよ。ねぇ。そう思った方がいいじゃん。きっとどこかで会えたよ。

ほら、でも、こっちも見てごらんよ。」融は、別の頁を指差した。


「それから程なくして平安時代は滅びて、鎌倉へと移り変わる過渡期に入る、と。

そして、この伊賀の国から出て来た武将・・源一みなもとのはじめ、この人の肖像画も、なんだか僕に少し、似て無いか?」

そんな風に指し示す。

確かに、融の面影を少し感じる。切れ長の目。憂いを含む面ざし。


「その後、地方を束ねて、叛乱を制圧し、鎌倉へとはせ参じたらしい。

その妻は、西の巴御前と言われ・・色白く髪長く、容色まことにうつくしく。弓を射かけ刀を操り、一人当千のつわものなり。だったんだって。」

文章を読み上げる。




「へえ。

それにしても、平安時代のお姫様ってなよなよと弱くて、男の訪れをただ待っているイメージだったんですけど、

そんな、強い女の人が突如現れてくるんですね。」

瀬奈は、感心したように本を手に取った。


「ほとんど同じ時期だよ。

だから女の人って、もともと、そういう弱い所も、強い所もあるんじゃないの?」

と、融は言った。環境次第?・・ああ、男次第かも?なんて。


「どっちが好みですか?融さん。」ふっと笑いながら、瀬奈がなにげなく聞いた。


「そりゃもちろん。」融はそういうと、いたずらっぽく。


「君が好みだよ。瀬奈。」


その言葉にロックオンされ・・瀬奈は、真っ赤になった。



「さ、早く行こう。

みんなもう、早々と集まってるかも。僕の母と、じいさんに。

田舎から、君の両親と弟さんも来てくれるんだろ?」



そして、手を引いて駐車場へと向かう。


「でも、融さん。

そんな早く決めていいんですか?」


瀬奈の問いかけに、もう、それは前にも言ったろと、肩を抱く。


「だって。

あの時代に生まれついたら、どんなに願っても叶わなくて、

会いたくても会えなくて。

今で良かったよ。こうやって、君を迎えられる。」くすっと笑う。


「だから、会いたい時にすぐ会えるように、一緒に住みたい。

朝起きて、すぐ君の顔が見たいんだ。

だから、いいだろ。一緒にいないと、寂しいし。

そのために、結婚したい。君がまだ嫌だと言うのなら、少なくても、婚約、させてよ。」


・・いい時代に生まれついたんだから、

現世で僕は、君と思いっきり過ごすつもりだよ・・・



「ね。結婚式は、やっぱりここの神社だよね。じいさんに祝詞あげてもらってさ。」



大きい楠が見えてきた。

みんなの待つ、融の家までは、あともう少し。



(了)



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