愚鈍な経験
カッターナイフで、夜を切り割いた。
裂け目からもぐり込むと,
中には無数の月が積まれていた。
月にナイフたてると、乾いた音を立てて弾けて散った。
弾ける音が心地よくて、つぎつぎとナイフを突き立てた。
パン、パン、パンパンパン、パン…
四、五十も繰り返すと、心地よくなくなった。
心地よくなくなったが、義務に駆られて突き続けた。
このくらいで止めよう
そんなことを五度思う頃に、月は数えるほどになっていた。
最後まで割り終えると、新しい月が、上からコロリと落ちてきた。
生まれたての月は、豆粒であった。
豆粒が月になるには、幾晩かかるらしい。
だから、その晩、空に月は昇らなかった。
月が月になるまでに、夜空に月がないのも悪かろう、
仕方なく、私が月をかって出た。
こんなもんかしら、浮かんでみると、存外悪くない。
のぼりよりくだり、天頂を越えるあたりがやっかいだった。
それも七晩やるうちに慣れた。
満ち欠けは光が勝手にやるもので、私に苦労はなかった。
昼の間は、海と空の間で眠った。
幾晩かが、過ぎた
いつまでこんなことをしてるかしら.
月は爪の大きさになった。
しかし、なかなか月にはならなかった。
その間も豆粒がコロリコロリと降っていた。
月が月になるまでに、30日を要した。
なるほど。
少しばかり合点がいき、御役御免となった。
小さくなった裂け目をこじ開けて、
僕は夜から這い出した。
這い出したけれど、
またすることがなくなった。