9、アシェリ12歳 バーバラの邂逅−1
私は現在12歳になった。
はぁー、今まで濃ゆい人生歩んできました。
4歳のあの時 自分の人生設計を立て、今日まで突っ走ってきました。
まずは夜な夜な寝室…ではなく書斎に籠り 『スターチスの聖女 マリアの献身』について漫画を描いた、描きまくった!
覚えている限りをこの右手に込め! 入魂!
アレクシス編、パトロシス編、ドナルド編、ハワード編、ヒューゴ編
変なとこにこだわりが出て背景もトーンも模様も手書きで頑張った。でもここでも完全クローンが役に立ってくれてコピー作って貼り付ける作業もできて作業短縮化。
渾身の作品ができた。
……それに味をしめ、永山楓の時にお気に入りの作品も描いてちゃんと冊子にして、マイ空間収納に保管。
描いた作品も誰かに見られたら不味い!と最初はビクビクしていたけど、空間収納を思い出して解決…あの時は少し自分の迂闊さを呪った。もっと早く言ってよぉ〜ん!
まあそんな訳で徹夜して描いては収納にせっせと仕舞った。
そしてセルフ回復 出よ回復魔法! で、何事もなかったように日中 万能薬の研究もした。ただ専門器具がないので大変だった。まあ、こちらは前世の専門、薬剤師をしていたから。
就職先は病院横の薬局屋だったから決められた仕事をして、退勤と同時に趣味に走っていた訳だ。狭い空間でいつも同じメンバー浮いた話もなく処方箋と在庫の確認、白衣がヨレていくように夢に描いた人生設計もヨレていった。白衣の下はTシャツとジーンズ、化粧っけもなく、親からの結婚の催促。自分の娘が真っ当な結婚できる訳ないでしょ! 妄想の中で生きて幸せを感じてたんだから。
いい加減諦めてくれればいいのに、兄の子供がいかに優秀かを延々と聞かされる長電話はいつしか居留守の留守番電話が応対となった。仕事で長い時間拘束されないために入った薬局。
偶にうっかり取った電話には
「女の子が仕事仕事ってそんなんじゃ可愛げなくて結婚できないわよ!」
いやいやいや その前に! 結婚できないから一生一人で生きていく為の手段を見つけたんだってば! 迷惑かけてないんだから放っておいてくんないかな! 自分の娘にあんま夢見んなって! 反発して最後の方は話せばいつも喧嘩してた。
だけど こうなってみると最後の電話の時 『1人でもちゃんと幸せに生きてるよ』って伝えておけば良かったな、なんて思う。
はぁ〜、久しぶりに思い出しちゃった。
やっぱりバーバラちゃんの影響かな。
実は前作の『スターチスの秘宝 アリランの愛』の、まあ後継作が今回の作品になる訳だが、バーバラちゃんの断罪が行われてまだ40年位しか経ってない、この作品は前作の延長上にあるのが分かった。つまりバーバラちゃんの家族が生きていたのだ。因みにバーバラちゃんの婚約者だった第1王子ウィリアムは平民となりアリランとは既に離婚したが生きている、今もまだ生きていたのだ! 多分、会ったことはないけど死んだとは聞かないから。
ウィリアム君 57歳 弟ユールシス王子殿下が王位継承第1位となり王位を継がれたのだ。つまりバーバラちゃんを殺したのはアレクシス王子殿下のお祖父ちゃんのお兄ちゃんになる訳だ。バーバラちゃんにとっては到底過去のことと割り切れないわけだ。
あの頃、手掛けていることが多く何かとお出かけするようになっていた(勿論変装してこっそりと)私はふと、
『バーバラちゃんのタングストン侯爵家は今どうなってるんだろう?』
そう何の気無しに思った。そう思ったら脳裏にはタングストン侯爵家へ行く道を辿っていた。近くに馬車を停めてハルクだけを連れて少しお散歩したいと言った。恐らく離れてグレンもついてはきていたんだと思うが、気持ちが逸って止められなかった。
バーバラちゃんが生きていた頃と変わらない佇まいのタングストン侯爵家があった。
私バーバラです! 生まれ変わって今はアシェリ・ガーランド(アマランド)です!なんて言ったら頭がイカれてると思われる。門番の前で当時10歳のアシェリがウロウロしているのだ。見るからに高位貴族の雰囲気がある、門番も丁重に「何か御用ですか?」と聞いてくれた。でも正しい言葉が見つからず…
「クラウス・タングストン侯爵閣下はご在宅でしょうか?」
そんな事を口走った。例え生きていたとしてももう80歳を越えてる、恐らくお兄様がご当主、いいえお兄様の子供が当主だっておかしくないもの。我ながら情けない…、そう思っていると、
「大旦那様にご用ですか? 失礼ですが、どちら様でしょうか? どう言ったご用件で?」
えっ!? 生きていらっしゃるの!?
「わたくしはガーランド公爵家のアシェリと申します。
その…用件はないのです、でも少し侯爵閣下とお話ししてみたいと思って参りましたの」
「ガーランド公爵家の! 少しお待ちください」
心臓がバクバクいっている。
思いつきで行動したことがどう影響するか…、それでも会いたかった。
少し経つと見覚えのない執事がやって来て屋敷に迎え入れてくれた。
懐かしさで涙が溢れた。殆ど何も変わっていない。廊下に置かれていたヴィーナスの大きな置き物の頭を撫でるのが癖だった。子供心にもヴィーナスは美しく自分が目指すべき淑女に思えていた。そうか、大きいと思っていたけど12歳のアシェリと同じくらい155cm位か? もっと小さい頃はここに階段をつけて貰って登って頭を撫でていた。 ふふ 懐かしい。
あっ! 廊下の奥には父の肖像画があった。
あれはお父様が武功を立てた時のもの、きっと今とは随分変わっているのでしょうね。
通された部屋には家族の肖像画があった。
それを見てまた涙が溢れた。
そこにはお父様がいて、お母様がいて、お兄様がいて、私がいた。
眼光鋭いお父様がの横には貴婦人として優しく微笑むお母様、それにお兄様…。
お兄様は私に甘くてらっしゃった。王妃教育が始まると自分の時間が取れず休む時間もなく日々疲れていた私を部屋に誘っては『顔色が悪い、私が誤魔化してあげるから少しだけでも眠りなさい』そう言って自分のベッドを差し出してくださった。王妃教育が始まる前はよく手を引いて下さって遊んでくださった。
肖像画に手をあて
「お父様、お母様、お兄様…お会いしたかった。うぅぅぅ……」
ここがどこかも忘れて感傷に浸っていた。
アシェリの後ろにはいつの間にか父クラウスと兄ランドールが来ていた。
クラウスとランドールは声をかけずにじっと見ていた。
やっと落ち着いてくると人の気配を感じ振り向いた。そこにはバーバラが会いたくて仕方ない人がそこにいた。アシェリは振り返ると敬意を込めて淑女の礼をとった。
その仕草に2人はハッとした。
「あなたは誰だ!? どう言うつもりだ?」
そう発したのは兄ランドールだった。
アシェリは困って首を傾けドレスを握ったままそ少し体を揺らして視線を下に落とした。
「何かお気に触る事をしてしまったでしょうか?」
「嘘だ! あり得ない…!!」
「……あなたはガーランド公爵家のアシェリ様と伺っていますが、…何用でしょうか?」
「あ…あの、その 用事はなかったのです。ただお会いしたかったのです…お忙しい中お時間をとって頂き有難う存じます」
「信じられない、あり得ない!」
頭ではあり得ないと思っているが2人もアシェリの中に会いたい人の面影を重ねて懐かしさが込み上げる。
「顔も髪型も何もかも違うのに、あの子に見える」
クラウスもランドールも頭では否定しても本能が 目の前にいるのはバーバラだ! そう感じて心が震えた。
「荒唐無稽と分かっていても私たちの愛しいあの娘に会えた気がするのは何故なのだろう? 貴女はその答えをご存知だろうか?」
涙腺崩壊の父クラウスがそう聞いた。
「荒唐無稽、信じられないと思われると存じますが、少し私の話をさせて下さい。
私はアシェリ・ガーランドとして生を受けましたが、3歳の時パトロシス王子殿下に突き飛ばされて意識を失った時に前世を思い出しました。私の前世はバーバラ・タングストンと申します。……あの時、自分の身に何が起きたのかも理解できず……ずび、 二度と家族と会えなくなり…無実を証明することも出来ずに獄死致しました。
私が死んだあの時から左程時間が経っていないと知り、無性にお会いしたかったのです! 何の企みもございません、ただ 愛する家族に会いたかったのです………うぅぅぅ」
「バーバラ! バーバラ!? 本当にあのバーバラなのか? 私の娘の…、バーバラ!」
「ああ、バーバラ! 私も会いたかった! ずっとずっとお前に会いたかったのだ!!」
3人で抱きしめ合った。
理屈ではなかった、ただ感じるのだ この娘は間違いなくバーバラなのだと。
「信じてくださるのですか? わたくしだと気づいてくださるのですか? ずびずび」
「ああ、ああ だってお前はバーバラそのものだ、会いたかった」
「あり得ないって分かっていても、心がバーバラだって言うのだ。
あの時 お前の力になってやれずすまなかった…、辛かっただろう? 苦しかったよな?助けてやれずすまない…すまない」
「あの時 間に合わず 冷たい牢に横たわるお前を見てどれほど悔んだか……すまなかった!! くぅ」
「わたくしこそご迷惑をお掛けしてごめんなさい。わたくしがもっとウィリアム殿下の異変に気づいていればもう少し上手く立ち回れたと思うのですが、不甲斐ない娘で申し訳ありませんでした」
「馬鹿な! お前は誰よりも努力していた! あの男の頭がおかしかったのだ!!」
「そう、あれは陛下もご存知なかった。父親がいない間に婚約者をすげ替えよう、その程度の頭しかなかった。私こそあの様なボンクラと婚約させてしまいすまなかった。
お前の人生はあの様な形で終わるはずではなかった! 私は幸せになって欲しかった!!」
「お父様、わたくし17歳と短い人生ではありましたが、お父様とお母様の子供に生まれて、優しいお兄様がいてとても幸せでしたのよ? そしてこうしてまたお会いできたのですもの。本当に幸せです」
3人はそれから今までのことなどを話し込んだ。
お母様は5年前に亡くなっていた。
ウィリアム王子殿下には陰で随分キツイお仕置きをしていた様だ。
牢屋で死んだ娘を抱き、胸に抱いたままウィリアムの部屋に向かった。ウィリアムはその時部屋にアリランを連れ込みちちくり合っていた。
タングストン侯爵の後ろにはクリスやフィリップが顔を青くしてついて来ていた。既にことの顛末はこの2人から牢屋で聞いて知っていた。更に殺意を激らせている。
「ばっ! お前たち何して! 許可なく入って来ているのだ!! ここをどこだと思っている! 今すぐ出て行け!!」
「ウィリアム王子殿下………、戯れはその辺で」
「た、戯とはなんだ! 馬鹿にしているのか? 私は出て行けと言っている!」
「殿下は…娼婦に夜伽ですか? 残念ですが大切なお話がございます、時間も時間ですからお控え下さい」
「なっ! アリランを娼婦だと! ふざけるな! アリランは娼婦などでは無い! 私のれっきとした婚約者だ!」
「馬鹿を仰る、殿下は我が娘と婚約中です。酔われていらっしゃるのですか?」
「貴殿の娘とは先日婚約解消した! アイツはこのアリランを虐げ王妃の資質がないと分かったので婚約破棄したのだ!」
「殿下の頭は飾りでらっしゃいますか? 殿下の婚姻には国王である陛下の裁可が必要になるとご存知ですか?」
「な、何を! 馬鹿にしているのか? 分かっているに決まっている。だが、陛下がいらっしゃらなかったから、私の裁量で決めたのだ!!」
「ああ、やはり殿下は勉強が足りていない様だ。陛下から婚約破棄を認めて頂けていない現状では殿下の婚約者はここにいるバーバラだと言うことです。ですからそこにいる女性は婚約者でも何でも無いと言うことです。ご理解いただけましたでしょうか?」
「ぐぐぐ…ではこれから陛下に会って直接お願いに上がる」
「残念ですが、それは出来ません」
「どう言うことだ? はっ! 邪魔するつもりか? 何が何でもお前の娘と結婚させるつもりなのだな? 残念だが! 私はこのアリランを愛しているのだ、お前の娘を娶ることはない!」
「私の娘は殿下と結婚することはありません」
「ほぅ、なんだ? 媚びてバーバラを側妃にでもしろと言う話か? バーバラがアリランにキチンと謝れば考えないこともない」
「ふざけるな…」
「何と言った?」
「バーバラはもう誰とも結婚できないのですよ、この通り死んでしまったから。何の落ち度もないのに殿下に階段から突き飛ばされて頭から血を流し冷たい牢に中で治療もされず1人冷たくなった…その無念さが分かるか? お前が暖かい部屋で女と楽しんでいる間に死んだのだ! 本来ならこの手で殺してやりたい!!」
「おおおおお前、不敬だと分かっているか!? ご護衛 この者を捕らえよ!」
しかし誰も動かない。
「お、おい! 何をしている 早く捕まえろよ!」
「ふぅぅぅ殿下、捕らえられるのは私ではなく殿下です。殿下は婚約者 バーバラ・タングストン侯爵令嬢殺害容疑で娘が死んだ牢に入って頂きます。 連れて行きなさい」
「「はっ!」」
「止めろ! 離せ!!」
ウィリアム王子は全裸にガウンを羽織っただけの状態で投獄されたのだ。
ウィリアム王子とバーバラの婚約は、両家の合意のもと交わされた契約、それを一方的に破棄したウィリアム王子。これは王に背いたも同義、つまり反逆者として裁かれた。バーバラが生きていれば多少の交渉もできたかもしれないが、最早その道は閉ざされた。こうしてウィリアムは裁判を受け身分を剥奪され平民となった。
「お父様のお立場が悪くなったのではありませんか?」
「いや、お前の件に関してはウィリアムに非がある、お前に罪はないと認めてくださったのだ。お前は何も悪くない、悪くないのだ」
「はい、はい…うっく…はーはーふぅぅぅぅ、ご迷惑が掛からなくて良かった。 お父様、抱きしめて頂いてもいいですか?」
言葉が上手く出ない…思いっきり泣き喚いてあの王子をぼろくそに言ってやりたい!、でも必死で耐えた、ここで心を曝け出せば更に父と兄を苦しめることになるから。
「ああ、おいで」
バーバラは40年ぶりに父の胸に抱かれた。再び会えるとは思っていなかった会いたかった人たちに会えて涙腺崩壊。
老齢の父の胸は今もあの幼き日のままに安心できる場所だった。
落ち着いたバーバラは、それからも様々な話をした。
だがアシェリはこの時まだ10歳、何の関係もないタングストン侯爵けにいつまでもいる訳にはいかなかった。だから1週間後にまた会う約束をした。