7、ゴム
着々と材料を集め準備を進める。
だが肝心のアレがない。
そうアレとはゴムだ。
アシェリは前髪簾のオールワンレングスのもっさりヘアーだ。お出かけの時はキチンと梳かし前2cmほど開けているが基本は視界不良 よく見えない。自分が好きでやっているだけど作業するにはめちゃくちゃ邪魔! しかし王子と婚約しないためには必要なアイテム、まだこれは必要なのだ。という事で私が昔していたように頭のてっぺんで結ぶお団子ヘアにしたい! だけどこの世界 髪を結ぶのは紐なのだ! ムリムリムリ4歳児の腕がツルって。
はぁーーー、ゴム欲しいなぁ。
アシェリちゃんには髪留めがある、だけどすんばらしい意匠ばかり、宝石や素材が美しくて眩しくて…重い。あんなん付けて机に向かった日にゃー、寝落ちした時顔にぶっささる。アシェリちゃんの可愛い顔に傷て、断固阻止! 肩も凝るしね。
そうだ! セルティス君に植物図鑑があるか聞いてみようっと。
セルティスは王宮の時は侍従として付いてきたが、王家の執拗なアシェリの囲い込みに関し一抹の不安を抱え、セルティスには別のカリキュラムが組まれるようになって最近あまり会えていないのだ。
カンナはガーランド公爵家ではアシェリのお世話の他に別の仕事もある。だからアシェリ専属臨戦態勢に入っていない時は1日中くっついているわけではない。いや、アシェリが部屋に篭っているからなのかな? その代わりハルクが1日中くっついてくれている。
それとグレンも部屋の片隅に立っている。勿論この2人もアシェリちゃんが懐かない犬のように怯えるので、段階を踏んで徐々に慣れていった。
コンコンコン
「セルティスお兄様、アシェリです、入ってもよろしいですか?」
(今は甘えたい時しか『にーに』呼びはしていない)
「ああ、アーシェか、お入り」
「お邪魔致します」
久しぶりに会ったセルティスはげっそりしていた。
「まぁ! セルお兄様どうなさったのですか!? お加減が宜しくないのですか!!」
「ん? はは そんなに酷い顔をしているかい?」
そう言いながらセルティスは自分の頬に手を当て顔をなぞる。
「セルお兄様 お医者様には診て頂いたの? どこか痛くてらっしゃるの?」
大きな瞳に涙を溜めて下から覗き込む。
「そんな顔をしないで、僕は大丈夫だよ。ちょっとやる事が多くって疲れているだけ。
アーシェを心配させるなんて駄目だな。ゆっくり休めばすぐ良くなる。それよりどうしたの?」
涙がポロリ、セルティスの頬に手を伸ばした。
「アーシェ、心配ないよ大丈夫、ほら大丈夫。ああ、泣かないで、どうしたら…」
セルティスはオロオロする。
「そんなにお忙しいの? 体を悪くしたりしない?」
「…ごめん、今日は早く休むようにするから、ね? 心配しないで」
「アーシェがお兄様に何かして差し上げられることはある?」
「くすっ、優しいなアーシェは。こうして顔が見られて元気が出たよ、有難う」
セルティスの手を取り自分の額につけ
「セルお兄様が早く元気になりますように」
願いを込めて祈った。
「有難う、アーシェのお陰で元気が出たよ ふふ」
ん? あれれ 何だか本当に体が軽くなったや。アーシェの気持ちが通じたのかもな。
「ハーすっきりした、もう大丈夫。はい、それでどうしたの?」
首を傾げてセルティスの顔色を心配するが、先程より本当に良くなったので話を進めた。
「植物図鑑などお持ちだったらお貸し頂きたいと思いましたの」
「植物図鑑か…、ここにはないな。図書室へ行ってみたらいい」
「図書室ですか?」
「ああ、まだ行ったことがない? ガーランド公爵家には立派な図書室があるのだよ」
「まあ、存じませんでした」
「お嬢様に必要なものは侍女などが探して持って参りますから、直接足を運んだことはなかったのでしょう」
セルティスに付いている侍従ヴェルクが言う。因みにヴェルクもガーランド公爵家の人間だ。
「まあ、そうでしたのね…では行ってみます、お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
「一緒に行こう」
「いえ、いいのです。その時間少しでもお休みくださいませ。探検がてらのんびりと探しますので」
「そう? 少し寂しいな。でも優しいアーシェの気が散るといけないから、今回は遠慮するか。いつでも声をかけてくれていいからね」
「はい、有難う存じます」
アシェリはセルティスの部屋を出て行った。
ガーランド公爵家の図書室は図書館だった!
ひゃーーーー! 圧巻うちの近所の市立図書館よりも大きい、そしてゴージャス!
ここは本当に図書室なのだろうか? テレビで見た迎賓館よりも豪華な建物や調度品にかなり萌える! なんか妖精とか出て来そうな雰囲気、それに警備兵も凄い数いる。
正直 この世界の本は貴重で、印刷物は存在していない、印刷機もない。だから全て手書きで写しているのだ。だから原本はべらぼうに高額、写本も高価だし粗悪品は移し間違えがあったりするので、慎重な人間は原本を高額で借りて自分で写したりもする。
国が必要と判断した本に関しては 国が管轄している書籍庁で写本を作る、それを安価で売っている。それなのにここには原本がたーくさん並んでる、恐らく国も高額を払ってここから借りて写本を作っているのだろう。価値観は人によって違うが、ここにあるものを全部売ったら小国が余裕で買える気がする。はー、おったまげ。
あっちにもこっちにも個別ブースで真剣に写本を作っている、当然後ろには監視人が付いている。ひょえー、ここうちの家ですよね?
まあいいや。目的のものを探そうっと。
って、どこに何があるか分からん。
おぉぉぅ、流石! 司書さんみたいな人がいる、しかも何人も。
「あの伺っても宜しいですか?」
「これはお嬢様、いかが致しましたか?」
「植物図鑑が見たいのですが、どこにありますか?」
「ほほう、植物図鑑ですか、ではご案内いたします」
はー、良かった。こんなん一冊ずつ探してたら何年かかるか分からんけん、よかばい。
「こちらでございます。決まった物がございましたらお取り致しますが?」
「いいえ、あるかどうかも分からないから探してみたいの。案内有難う存じます」
「左様でございますか、何かございましたらまたお声がけくださいませ」
「はい、そう致します。どうも有難う」
ニコッと笑うと白髭の立派なお爺ちゃんはさっきの場所に戻って行った。
ふむ、まあ片っ端から探してみよう。
うっぐ しまった。
この世界…写真がない、名前も違う。ゴムの木なんて確立してなーい。
生息している木の挿絵でビビッと感じるしかないだなんて…神様のいけず。
確か…丸っこい木?葉っぱ? いやいやいや どれも一緒に見える。ああ、懐かしき写真の挿絵。よくこれで皆分かるなぁ〜。写真はなくてもせめて色のある絵でもっと特徴を捉えて欲しい。
取り敢えず これっぽいって言うものをメモし実際に見に行ってみることにした。
幸いにもガーランド公爵領に幾つか生えている場所があるらしい、それから確認しよう。
んー、絵の具か色鉛筆欲しいなぁ〜。サインペンとは言わないからさぁ〜。
絵の具、絵の具…、確か油と顔料を混ぜたものをダヴィンチやピカソとかゴッホって使ってたんだっけ? 結構昔からあるはず 布を植物で染めるのも昔からあるし、鉱物を砕いて使ったり、真珠も砕いて使ってたとか… 黒は墨 うーん、良く覚えてないけど、植物や鉱物色々あるけどガッツリ油絵みたいに厚みが出ちゃうと挿絵には向かないから、簡単に色のある植物で絵を描いて時間と共に変色があるか確認して使えばいっか! うん、分かんないんだから試してみればいいや! あー、それから…アレにも使えるかも! よっしゃ、まずは手当たり次第にレッツトライ!
お庭にある木も葉っぱも温室にある植物も色々試した。
よしこれで色のついた絵が描ける。
んー、地方に行く時は…あ! そうだ、小瓶に入れて持ち運べばいいわ! おう、筆がないと描けない。そこで豚毛と馬毛それから木の繊維で筆を作った。紙もいい感じのを作って貰った。
それと同時に化粧品も開発し始めた。この筆も化粧道具に使える!
上手くいけば浮世絵みたいな版画で色のついた絵本を作って製本、植物図鑑だって絵の上手い人を雇って写実させた物を版で刷ってもかなりボロ儲け出来そう。まあ、多分かなり高額になるだろうから王立図書館しか販路がないかも知れない。んー、じゃあやっぱり化粧品は外せないな。筆記用具もいける、地図は危ないな。そうだ! ここは魔法世界、使用済み魔石の再利用もいいかも知れない。それに! 鉱石で落ちない染色・印刷が出来たら画期的かも知れない! ドレスの模様は全て刺繍だ、だから凝った作品はかなり重い!! バーバラちゃんもまさに戦闘服って言ってたし、それが模様も色も好きに描けるとなると絶対流行るね! 安いものはプリントで、直描きした物はお高くするとか、よし絵が描ける人を確保しよう! 図鑑の植物のスケッチもあるし雇用しても問題ないだろう。いずれは私に野望にも役に立つ。それから世界展開の商会なら身元バレを防ぐためにも取り扱い商品は多岐に渡った方がいい。
それからムージマハル国でも売れる商品を作らなければならない。
男心をくすぐるものとは何だろう?
酒? 葉巻? デカい宝石の指輪? うーん どれもイマイチ 余力でやればいいし、競合も多そう。兎に角 喉から手が出るほど魅力的なもの…、あっ! 薬!!
確か 聖女マリアの献身って後から謎の死を遂げる病気をマリアちゃんは自分の身も顧みず看病して その結果 癒しの魔法に目覚めるんだった!! って事は病気が蔓延する。
アレは何だったんだろう? 井戸水の汚染? ペスト? 痘瘡? っぽい症状なんだけど、手を尽くしても治らない病気が蔓延するのだ、そこでマリアちゃんが『これ以上死なないで! 女神様助けてください、あなたの子供たちをこれ以上苦しめないでください!!』って祈るんだよねー。すると眩い光に包まれた女神様が『そなたの思いに応えよう』って光魔法を授けるっと…。
それも必要な工程だよね、だって王子と結婚したくないんだから、マリアちゃんとくっついてくれてハッピーエンドだよ、てやんでぇ。
でも…もし、もしもだよ この病に効く薬があったならば…爆売れっしょ! 逃亡資金が稼げる、うひひ。
問題は今は患者がいないから作ったとしても効果があるか分からない! 人体実験も出来ないし… 薬を作れたとしたら儲かるけどそれ用と売るわけにもいかない、だってお前たちが菌をばら撒いたのか! ってなったら困るし、万能薬…か。あれ? ちょっと待って、アイテムの中に万能薬ってなかったっけ!? えーーーー!! もしかしてプレイヤーがアイテムゲットしてたら誰でもヒーローorヒロインに成れてたって事!? いやいやいや 流石にそれはないか! ないよね?
そう言えばさー、私って何もチート持って生まれてないのかな?
スキルで『完全クローン』とかあれば薬の複製も出来るし、本の写本も余裕で出来るのに…。
「出よ! 完全クローン! やー!」
くすっ厨二ちっく。
ぼとっ。
「ん? ………………………………あれ? これって………植物図鑑だ」
手に持っている植物図鑑と落ちてきた植物図鑑を見比べる。
うん、完全に同じもの、シミや汚れも一緒だ。一応確認 中身の確認をする。
はいはいはい はーい! 一緒! 同じ!! 完全一致!
ドタっ、「いててて」膝から落ちた。
マジで出来たよ、完全クローン!
有難う神様――!!!
そうだよね! いきなり転生して頭痛いだけで死亡とかって可哀想だったよね!?
これくらいないとまた断罪されちゃったら、生きていけないもんね! いきなり殺すなら転生させる意味ないもんね! あーーー嬉しい!! 他に何か出来るのかな? 自分のスキルとかステータスとか見れるのかな?
「出よ! ステータス!」
出た!!! ……あははは、言ってみるもんだね。自分恥ずかしがるな! 使えるものは何でも使え! 万能って素晴らしい!
何じゃいこりゃ!
ビックリした、私は超人か!?
んー、私の分とバーバラちゃんとアシェリちゃんの分もプラスαって感じ。
ある意味無敵じゃね?
んー、でもこれ使うのは困った時にしよう! そうじゃないと説明つかない事が多すぎてますます王家との婚姻が近づいちゃいそうだからね。
なんか私1人ズルしてる気分になるし、仲間はずれみたいで寂しくなる。みんな一生懸命この世界を生きているのに私だけが異物…エイリアンでいつか気づかれた時に居場所がなくなっちゃう、そんな気がする。
だから、本当に困った時まで封印! あっ! 完全クローンは使うけどね!万能薬はクローン作ってから成分分析して再現可能か試す!
あー、それと私の手足となって探ってくれる人が欲しいな、出来ればお父様にはバレずに。
そうだ、商会の表の顔となる人物も必要なんだ。腕が立って口がうまくて商売が出来る人…そんな人 落ちてないかなぁ〜?
そういうのって誰が知っているかしら?
あっ! そうだ、ハーヴェルに聞いたら教えてくれるかしら?
まあ、ハーヴェルにお父様に内緒って言っても無意味だろうけど、ここは適当にしていい問題じゃないからちゃんとした人紹介して貰おうっと! 使えるものは権力もお金も人脈も上手に使わなくちゃね!