5、家に帰りたい
問題山積み それでも朝はやってくる 一句。
朝イチ 医官様の診察を受け問題ないと判断されると、王宮の侍女と護衛がやってきた。
そしてあれよあれよと立派な部屋に運ばれ、湯浴みをしてお着替えをさせられた。
まだ4歳児なのでコルセットもないからすぐに身だしなみを整えて終了。
王妃陛下からお食事に誘われた。
やべーな、これ。大人しくお食事しちゃ駄目なヤツだよね?
かと言って王妃陛下からのお誘いを断る事もブッチする事も出来ない。
おー、いきなりピンチ。
んーーーー、やっぱりメンヘラちっくに王宮無理、婚約者なんてもってのほか! を印象付けなきゃね!
こんな所いたくない! お家帰してアピール!
まだ何の手立ても考えていないうちにコレはきつい。
王宮侍女さんが湯浴みの後ガッツリ顔出ししてくれちゃって、泣きながら前髪の簾を作った。
「お嬢様、お嬢様はお美しいお顔をお出しになった方が宜しいですよ? 我々プロにお任せくださいまし!!」
ふんごふんご 猪の母ちゃんか! ってほどの威圧をかまされたが、ここで負けるわけにはいかない。
「いやー! いやー! アシェリは醜いの! 王子殿下が言ったもの!!ブスが何着ても醜いだけだって! 生意気なブスは家に帰れって また殴られるものー!お外は怖いから嫌ー!! 王子殿下たちは叩くから怖いのー!! 助けてー! かえりたいー!」
ちょっと盛ったけどメンゴ。
「そ、そんな事ございません! 大変お美しゅうございます!」
「嘘よ、なら貴女は王子殿下たちは嘘をつく人たちだっていうの!?」
「い、いえ…それは」
「ほら! 私が公爵家の者だから皆 本当の事を言えないだけだって言ってたもの!! 私は人前に顔を晒してはいけないって、何をしたって無駄だって!
兎に角 お顔を出したくないの! 本当はお部屋から一歩も出たくないのに…。
ほら今回だってお外に出たらお家に帰して貰えない…うぅぅぅ帰りたい、帰りたい…。こんな怖いところから早く帰りたい…うぅぅぅ」
「お嬢様………」
必殺 幼女の嘘泣き。
流石の猪おばちゃんもタジタジ。
まずは前髪の簾を仕方なしに許してくれた。
猪おばちゃんは王妃陛下にご報告。
「こういう訳でずっとお部屋でお泣きになっていらっしゃいます」
「まあ 困ったわね…。顔はどうだったの?」
「それはもうお美しいお顔立ちで、何故あそこまで醜いと思い込まれているか不思議なほどです」
「そう、もっと小さい頃会った時も 天使のように可愛かったわ」
「殿下たちが本当はブスなのに公爵令嬢だから皆本当の事を言えないだけだ、それも分からないなんてブスな上に馬鹿だと仰られたらしく…」
あっ、おヒレついた。
「全くあの子たちったら…、謝罪をさせようとしても出来ないし。いいわ、取り敢えず部屋に食事を出してやって頂戴」
「宜しいのですか?」
「仕方ないわ。子供ですもの、お腹がすけば機嫌も悪くなるし、我慢できなければ置いてあるものに手を出すでしょう? このまま食べずに倒れられる方が問題だわ。 サンドイッチのように摘みやすいものを出してやって頂戴」
「畏まりました」
王妃陛下は一人考え込んだ。
このままでは不味いわね。
結界魔法が使えるとなれば尚更 アレクシスかパトロシスの相手として捕まえておきたいところだったのに、その2人に異常な拒否反応を示す。
いきなり結界魔法で拒むほどの拒絶…。みすみす他家に奪われるわけにはいかないわ。ましてや第3王子にでも目をつけられたら…。何とか懐柔しなければ…、息子が無理ならまずはその母からってところね。
ところがアシェリは王宮から出されたものには手もつけず泣いてばかりいた。
「帰りたい、お家に帰りたい」
それしか口にしない、そこへガーランド公爵家から着替えを持ったカンナとセルティスがやって来た。アシェリは2人飛びつき泣きじゃくる。
それを見た周りの者は胸が苦しくなった。言ってもアシェリはまだたったの4歳、元々部屋に篭っているところでいきなり親元から引き剥がされて監禁されている状態なのだ。
他家とのパワーバランスを考え婚約を焦るばかりに、少し強硬手段に出過ぎたと反省もあった。ガーランド公爵からも正式に、いきなり王宮に保護という名目で留め置くのはやり過ぎではないかと抗議があった。
1日ぶりだがアシェリは少しやつれた気がしてセルティスは切なくなった。
ガーランド公爵家の家格から考えれば当然 王家との縁組は最良と言えるだろう。だけどいきなり結界魔法を張ってでも近寄りたくないと全身全霊を賭けて拒絶するアシェリが、果たして王子殿下と結婚して幸せになれるか? こんな風に近寄ることもできないのに家同士が決めた相手と結婚し王子殿下たちはこんなアシェリを愛すだろうか?
アシェリには不幸になって欲しくない。
2人が帰るとまた部屋に閉じこもって泣く。
一度王子殿下たちが訪問しても良いか?と聞かれたが返事をせずに頭を抱えて泣き続けた。
すると、また改めると帰って行った。
イヤー泣くと案外体力消耗するんだよねー。それに泣き続けるのはちょっと大変。
楓としては何年泣いてないだろうか。漫画の中の世界に感情移入してうるっとしたりはしたが1番涙を流した記憶はコミケで購入したお気に入りの作品を夢中に読んで仕事をこなしながら3徹した時、あと少しでも家に帰れると乗ったバスの中、アクビが出て出て止まらず流した涙以来? いや、待ち望んだ作品と出会えた時か?こんな純粋な号泣記憶がない。
この涙はバーバラちゃんによるところが大きい。
ずっと王子殿下の婚約者として我慢に我慢を重ねてきたのだろう、あの時は自分を労ってあげる時間すらなかった。一生懸命頑張ってきた末に、婚約者に突き飛ばされて割れるような頭痛の中死んじゃったんだもん、思いっきり泣きたいよね、今なら誰にも文句言われずに泣けるもんね、私だったら復讐したいって思うかもしれない。可哀想だったよね、おばちゃん抱きしめていい子いい子してあげたいよ。この中では1番年上なのに役に立たないで本当に申し訳ない。
あーあ、私は何をしてあげられるんだろう?
「あの娘の様子はどう?」
「それが…王宮に来てからまだ何も召し上がっておりません」
「何ですって!? サンドイッチはどうしたの? 部屋に食事は運んでいるのでしょう?」
「家に帰りたいと泣くばかりで…」
「なんてことなの! 話は出来そう?」
「こちらの話を聞いて指示に従おうとはします。ですが…水も飲まずにずっと泣いていらっしゃるので…、先程部屋に入った時は泣き疲れたのか 別の原因か意識を失っておりました。医官に診せて回復魔法をかけていただきました」
「強情な子なの?」
「いえ、侍女と侍従が来た時には飛びついて泣き縋っていたので、まだ人恋しいのでしょう。通常であれば魔法の発現は10歳〜13歳ですから、幼すぎるだけだと思います」
「そう…、そうね 私もあの子たちと一緒ってことかしら?
そうだ! さっき侍女や侍従に泣き縋ったって言ったわね?」
「はい」
「では、その者たちをそばに置けば落ち着くのではないかしら?」
「………、一度家に帰して両親に諭されてからの方がスムーズではありませんか?」
「いいえ、それでは駄目。 余計な事を吹き込まれる可能性があるもの、何も知らない今だから良いのよ!」
王妃陛下には悠長していられない理由があった。
王妃陛下には第1王子のアレクシス5歳、第2王子のパトロシス4歳がいるが、第1側妃ヴィヴィアンにも第3王子ペトローシス3歳がいる。皆年齢が近い、その上 2人の王子は、アシェリだけではなく周りから傍若無人な態度の評判が悪かったのだ。あの時 2人を牢屋に入れるのは本当はしたくなかった、汚点を残すような真似はしたくなかった。だけど母として王妃としてあの時は選択を間違えてはならないと直感で了承した。
1番は王子という身分にあぐらを描きもっと大きな失敗をする子にしてはならないと言う判断、それとガーランド公爵家の機嫌を損ねてはならないという事。
王位を継承するにあたって妻に強固な実家を持つことは、何よりの手助けとなる。他にも公爵家や有力貴族はあるがガーランド公爵家は最も力のある家だ。幸いにも子供たちの年齢も近い…。あの子たちの足りないものをアシェリが補ってくれれば良いと思っていた、でも思っていたより自分の息子は悪童であった。ここでガーランド公爵にそっぽを向かれることだけは避けたかった、だから牢屋にも入れた。結果2人の息子は道を踏み外す事なくまともになってくれた…だけどアシェリに与えた心の傷は深い、それでも逃すわけにはいかない人物、しかもあの娘は結界魔法まで発現させた! 何としても手に入れたい!! 第3王子にだけは負ける訳にいかないのだ!!
だがその焦りからアシェリには更に警戒され距離を置かれ、息子たちは謝罪すら出来ない有様…、今回 生まれ変わったあの子たちを見せて仲良くさせるはずが! 何故! 何故なのよ!! 結界張るほど嫌いって言うの!? 何か手を打たなければ!
侍女がいれば少しは落ち着くかしら?
あの子の母親から何か聞き出せればいいけど…。
ところが侍女と侍従が着いた時、アシェリは気を失っていた。
元々細い体は今はもう消え入りそうだった。2人が名前を呼ぶと静かに目を開けた、だが起き上がる気力はなかった。2人の手を握りまた涙を流した。
「お嬢様! 何も召し上がらないとか、ずびずび お嬢様がお好きなスープを持ってきたんですよ、さあ 少しでもいいから召し上がってくださいね」
少し体を起こして枕を背に寄りかからせようとするが上手く自分を支えられない。
「セルティス様、申し訳ありませんがお嬢様の背もたれになって頂けますか?」
「あっ?ああ、はい」
細い肩を抱き腕に頭を乗せアシェリの顔を傾け一掬いしたスープを流し込む。
アシェリはむせて咳き込む、丸まった背中をセルティスはさすり、カンナはアシェリの口を拭う。
「もう一口、もう一口だけ飲んでくださいまし!」
カンナが涙声だ。
だけど今はセルティスに預けた格好が心地良い、抱き直され、ついセルティスの肩に顔を乗せた。目の前にはセルティスの滑らかな首筋が見えた。ツルスベだぁ〜。呑気にそんな事を考えていた。
気づくとセルティスもアシェリを抱きしめたまま泣いていた。
「今日は我々もここに泊まっていいと許可を頂きましたから、みんな一緒ですよ!」
嬉しそうにニコッと笑顔を見せたがそのままセルティスにべったりくっついたまま眠ってしまった。
こんな状態のアシェリをまだ帰さない王家にカンナとセルティスは毛を逆立てた猫のように睨みつける。
あーーー、お腹すいたぁ〜。今の主導権はバーバラちゃんからアシェリに戻ってる。
そうだ! 私に今必要なものは絶対的な味方、協力者だ!
さて、乙女ゲームだ、漫画だ なんて言っても理解されないよなぁ〜、コレをどうにかしなければ! 攻略対象者とは近づきたくないけど、きっと強制力もあってどうにもならないだろう。どうせ会わなければならないなら動向をチェックしたい! そして完璧な脱・悪役令嬢! 叩き壊せ死亡フラグ! だが、何事も絶対はない、万が一国外追放になったとしても幸せに生きていく手段を模索せねば!
よし! まずは家に帰る! そして考えられるストーリーを書き出して悪役令嬢回避プランを練らなければ! だからやっぱりここから早く出なくちゃ!!
そして事態は動いた!
何とお母様とお父様が見に来てくださったのだ!
カンナとセルティス君が私の状況を説明して一刻も早く連れて帰らないと、と訴えてくれて、当初は国の法だからと強硬手段を取っていた王妃陛下も、流石に死にそうな娘を放置できなくなり王宮女官が国王陛下に進言し、共に様子を見に来た!
何も食べずにベッドの上で自分を支えることもできず身を預けたまま意識を失っている娘に、お父様から冷気が漂った。物理的に! お父様は氷魔法がお得意みたい。
「あああぁぁぁぁ、アシェリ!? アシェリどうしたの? ねえ、2日前はあんなに元気だったじゃない! どうしてこんな事になっているの!? アシェリ…あしぇあしぇあぁぁぁ 嘘よ! 駄目よ駄目駄目駄目 私たちを置いてどこかへ行ったりしては駄目アシェリ!」
薄く目を開けたアシェリは消え入りそうな声で
「お…かぁ…さま い家に……かえ…り…たい…の」
ポロリと涙を流した。
「ええ、ええそうね。帰りましょう、一緒に家に帰りましょうね、そうよね? お父様とお母様とお兄様それにアシェリが一緒にいられるお家に帰りましょうね。うぅぅぅぅごめんなさい、こんなに寂しい思いをさせてごめんなさいね、ごめんなさいアシェリ ああアシェリ…アシェリ」
手を額に擦り付けてアシェリの名前を何度も呼び続ける母ケンスレット。
「国王陛下、これは一体どう言う事ですか? 王宮で保護すると無理やり連れて行きながら、たった2日でこんな…こんな状態になるなど! くっ! 娘は連れて帰ります、宜しいですね?」
「ああ、可哀想な事をした。連れて帰りなさい」
流石に弱りきり今にも死にそうなアシェリを目にした事で大臣たちも異を唱えなかった。
こうして無事アシェリは家に帰る許可が降りたのだ。
たった2〜3日しか経ってないのに 随分長いこと家に帰っていなかった気分。
家の匂いを胸に吸い込み 無事帰ってこれた事に心底安堵した。きっとこれを機に王子殿下とくっつけようと向こうからはちょっかい出しにくくなったはず。…暫くは。
よし、王宮で考えた事を実行するぞー!!