4、王家主催のお茶会
王家の庭で薔薇を愛でるお茶会が開催される。
当然王家からのお声がかりのため欠席する事はできない。
だがアシェリはどうしても嫌だと渋った、それは忌まわしい思い出の場所だからだ。
実はこれまでも王子2人はアシェリに謝罪するべくあちこちのお茶会に出席していたがアシェリは一向に出てこない、そこでこうした形で顔を合わせる場を持つことになったのだ。故にアシェリが欠席する事はどの道出来ないのだ。
王家のお茶会に出るのに、髪で顔を隠す事も出来ない。せめて仮面を被らせてくれと懇願したが、それも却下された。王家主催のお茶会に仮面をつけていけばそれこそ嫌味である。
アシェリは生まれたてのバンビの様に小刻みに震えていた。
このお茶会の裏では以前のお詫びも含め、2人の王子の気に入った方と婚約を結ぼうと言う話も出ていた。今回のお茶会では王子たちの正式な謝罪を受け入れ、恐らく第1王子アレクシスと婚約を結ぶ、と言う目論見があった。実際知らないのはアシェリ本人だけだった。
だがどうしてもアシェリが嫌がるので仕方なくワンレングスに前を2cmほど開ける事で妥協した。王妃陛下と王子殿下たちに挨拶がすめば帰ってもいいとも許可を出した。
今日はセルティスも伯爵家の令息としての参加する。よって近くにはいてくれるけどいつもみたいにベタベタは出来ない。エスコートは兄のステファンだ。兄の腕をしっかり握りしめ腕に顔を隠し目立たない様にするが、その身分ゆえ目立たないでいる事もできない。
第一ステファンが超優良物件だ、ハンターがかなりいて狙っている。そしてその兄の腕にぶら下がっている存在も、うまく取り入って家の役に立つ様に皆言われているのだ。
少し歩くとアシェリの手が腕をギリギリと締め付けてくる、これはかなり緊張状態にあると言う事だ。
ガーランド公爵家の者として王妃陛下に挨拶に向かう。セルティスは伯爵家として挨拶するためこの場にはいない。
「アシェリ 今回は決まった挨拶しかない。いつも通り出来ればいい、いい?」
「…はい、お兄様」
「王妃陛下 本日はお招き頂きまして感謝申し上げます。」
「ああ、ガーランド公爵家の者ね。ステファンとアシェリ 今日は楽しんで行って頂戴ね」
「「勿体なきお言葉です、有り難く存じます」」
去ろうとすると王妃陛下が呼び止めた。
「アシェリ 久しぶりね、元気にしていたかしら? 顔が見たいわ」
振り返りドレスを摘んだまま固まってしまった。イレギュラーの発生だ。
油の切れたロボットのようにドレスから少しずつ手が動き始めたが、その手は小刻みどころかガタガタと震えている。
「ああ、ごめんなさい 予定が詰まっていて、折角だけどまたの機会でいいわ」
王妃陛下が取り下げてくれたことにより再度礼をとりその場を去ることができた。
ほぉぉぉぉぉぉっと心底安堵したため息が漏れた。
ステファンは各方面に挨拶をしなければならない。ステファンとアシェリは人の寄り付かないところまで行くと妹にカンナをつけて死角に隠し自分は会場に戻った。
アシェリはやっとカンナの影に隠れて一息ついた。これで後はうまくやり過ごせればいい。髪の隙間からボケーっとそれらを見ていた。息を殺し気配を立つ。
セルティスも挨拶が終わればアシェリの元へ行ってやりたがったが、セルティスもガーランド公爵家に身を置く人間としてロックオン、なかなか人をまけずにいた。
「カンナ 少し彼方へ行ってもいいかしら?」
「見つからなければ問題とは思いますが、大丈夫でございますか?」
「そうね…、彼方にね 温室があると仰っていたの。昔 結局拝見できないままだったから… 少し気になっただけなの」
「私が少し様子を見て参りましょうか?その間お側を離れることになりますが…如何致しますか?」
「んん、では少し様子を見て来て、誰もいないようなら少しだけ見に行くわ」
「畏まりました」
アシェリお嬢様は歳の割に用心深い、それは勿論あの事件があったからではあるが、それにしてもただの4歳の子供には見えなかった。それと…暴言と突き飛ばされただけにしては恐れ方が尋常ではない。その場にはいなかったが、本当はもっと何かあったのではないか?と思うほど『王子』と言う存在を恐れていた。多分…粗暴な子供と言うより王子殿下を恐れている気がする。うちのお嬢様の今後はどうなるのだろうか。あまりに何もかもを恐れ拒否するので「このままでは修道院へ行くしかなくなりますよ?」と言ったら、「いっその事それでもいい」と仰った。3歳児にしてはあり得ない落ち着きに悟り切った物言い、誰か別人に入れ替わったのでは?と疑うほどだった。だけどどう見ても3歳児の身長体重、そう入れ替わっても所詮子供には違わない。そうなると中身が違うのでは?と言った奇想天外の発想になる…。はぁ、ただお幸せになっていただきたいのに…。
あんなにお可愛らしい顔をしていらっしゃるのに隠して生きていかれるなど勿体ない。
あのクソ王子たちめ、バレないところで尻を思いっきりつねってやりたい!! ふんすこ
偵察に向かおうとすると数人の人影があり、結局断念。あれからお嬢様が温室へ行くと言わない、だから私もただここに立ってお嬢様をそっと隠す。少し気になって聞いてみた。
「お嬢様、温室はもう宜しいのですか?」
「ええ。 10分の間に2〜3人歩いている人を見かけるわ。1人は人に酔ったみたい、後の2人はトイレを探しているのか何かを探しているのか…。やはり危険と判断したわ。ここで大人しくしている」
「左様でございますか」
やはりうちのお嬢様は4歳らしくない。
少しすると1人の令嬢が足を気にしながら人影がない方に一人で歩いていくのが見えた。
目の端で追っていると、泣きべそをかきはじめた。どうやらかなり足が痛いらしい。
「ねえカンナ、あの子…きっと靴擦れで足が痛いの、カンナなら何とかしてあげられる?」
「そうですね、馬車に戻れば治療はできます。若しくは王宮の救護室に行けば治療は出来ると思います」
「あの子に侍女はいないのかしら?」
「お嬢様、どこに家にも侍女がつくわけではありません。まあ、年齢的に普通ならついていますが、王家のお茶会などでは高位貴族の許可を頂いた者以外の侍女や侍従は控えの間で控えております。こうしてこの場に私がいることの方が珍しいのです」
「カンナ 悪いのだけれど、馬車に治療に必要なものを取ってきてくれる?」
「宜しいのですか? お一人になりますよ?」
「……うぅぅぅ 心細いけどここで大人しくしているわ。お願い」
「承知致しました、声をかけられても泣き叫んだりしては行けませんよ、すぐに戻って参りますからここから動かない。いいですね?」
「ええ、分かったわ」
「では行って参ります」
やはりうちのお嬢様は天使だ。自分の不安や恐怖より他者の痛みを優先させるなど、天使だ!可愛いがすぎる! 早く戻って差し上げなければ。
アシェリは小さな子が一人で泣いているなんて放っておけなかった。
気合を入れてそっとその子のそばへ行った。
「足が痛いのですか?」
「うっく、うっく …はい」
「家の方を呼びますか?」
「いえ! 駄目です! 私…言いつけられていることがあって…それを果たさなければならないから…」
「そう。彼方に椅子があるわ。肩をお貸ししますから彼方まで歩けるかしら?」
「うぅぅ はい」
この令嬢は親切だが髪で顔がわからない、身だしなみを整えないところを見ると大した身分ではないと思った。
「足をお拭きしても構わないかしら?」
「ええ!? うっく はい、お願いします」
そう言うと令嬢のドレスから足を手に取りそっと靴を脱がせた。踵からはかなりの出血が見られた。このお茶会のために1番良い新品の靴を履いて来たのか、履き慣れていないため靴擦れしたのだ。しかもガーデンパーティの形でお茶会はずっと立ちっぱなしだ、かなり我慢していたのだ。靴を脱ぐとホッと息をつけた。
少し経つと急に声をかけられた。
「すまない、少し良いだろうか?」
それは王子殿下たちだった。椅子に座っていた令嬢は足を押さえていたアシェリを蹴っ飛ばし慌てて靴を履き立ち上がった。いきなり蹴られてお尻をついたアシェリは髪の隙間からそこにいるのが王子殿下たちだとわかるとカタカタ震え始めた。
「女、不敬である! 急ぎ立ち上がり挨拶をせよ!」
護衛の野太い声が攻め立てる。アシェリも震えながらも立ち上がり髪で顔を隠したままドレスを摘み挨拶をした。
「よい、私はアシェリ嬢に会いに来たのだ。楽にしてくれ、少し時間をもらっても良いだろうか?」
そう言われてもアシェリはドレスを摘んだまま動けずにいた。
「殿下が聞いていることに返事をせんか!」
ビクッと肩を震わし、一歩一歩後退りし始める。
「少し静かにせよ。 アシェリ嬢、私は謝罪に来たのだ、その様に怯えないでくれ」
だが、理性で何とかなるものではない。カタカタ震えながら後退りするアシェリに怒る護衛、何かに躓いて尻もちをついた。だけど少しずつ後ろに下がっていくのをやめない。起きあがらせようと手を差し伸べれば
「嫌―――――――!!!」
ブーーーーーーーン
アシェリを結界が覆った。
何人もアシェリに触れられなくなった。
「な、何だこれは!?」
「殿下、結界魔法でございます…ですが、こんな幼女がこれほどの結界魔法を!?」
結界の中でアシェリは頭を抱え蹲っている。騒ぎに気づいたステファンとセルティスが駆け寄ってきた。だが同じく結界魔法で弾かれてしまう。
「アシェリ 落ち着くんだ、誰もお前に危害を加えたりしない。大丈夫、大丈夫だ!」
「アーシェ にーにだよ、大丈夫、大丈夫だから僕を入れて、ね?」
結界の中からセルティスとステファンに手を伸ばすが結界によって阻まれ届かない。
しゃくり上げ泣いて助けを求めているが どうしてやる事もできずにもどかしい。
結界魔法は確かにアシェリが使っているのだが、制御は出来ていないようだった。
感情の昂りに暴発したようなものだった。
すぐに王宮魔術師が呼ばれ結界の解除を試みたが一向に解除は出来ず、関係者以外は近寄らせないようにし、少し離れたところでお茶会は進み、アシェリの側にはステファンとセルティスとカンナが見守った。
王子殿下たちはアシェリの側にいるとアシェリの興奮がおさまらないと言う事で、お茶会に戻り魔術師たちでその場で見守った。
3時間ほど経つと結界に揺らぎが出てきた。どうやら全力で魔力を放出しているので魔力が尽きかけてきたのではないかと言う。アシェリが意識を失うと同時に結界が消えた。
魔力の枯渇は 命の危険を伴うのですぐに診察され、アシェリとステファンとセルティスが手を握ったまま魔力の補給のポーションを飲ませた。幸いにも魔力を補給しても結界は張られなかった。皆 やっと肩の力が抜けた。
だが王宮から屋敷には帰して貰えなかった。
それはアシェリが張った結界のせいだ。
このスターチス国では魔法が発現するのは10歳〜13歳からの一部の貴族だけ、魔法スキルが認められると皆 国の保護下に置かれ正しい魔法の使い方を学ばなければならない。
そしてより強固な因子を残すため、魔法が発現したもの同士で婚姻を結ぶ。この婚姻においては平民と貴族でも構わないと言うものだ。
アシェリは自分で魔法を制御できていない事もあって、王家が保護すると言い出した。
だがそんな事をすればアシェリはどうなるか…ガーランド公爵家から正式に保留の要請をしたが、却下された。これによりアシェリは王宮から出る事が出来なくなった。
実にところ…、アシェリの中には現在 永山楓を主体としてバーバラ・タングストンとアシェリ・ガーランドがいる。
王家の思惑としては、アシェリは今回のお茶会で正式に第1王子アレクシスと婚約するはずだった。
これまで王子たちとは会わないで済むように頑張ってみたが、今回はどう頑張ってもアシェリはお茶会へ行くしかなかった。
身内以外の人を寄せ付けないって言うのは単に乙女ゲームの中のキャラクターが煌びやかで気後れするからだったが、王子たちの事件をこれ幸いとメンヘラちっくにイヤイヤ期してたら、だいぶ面倒なお茶会なんかは拒否できるようになっていた。でも、秘技 『王子殿下が怖い』を使っても前髪すだれ(貞◯)方式を採用しても、今回のお茶会は逃れることはできなかった。だから嫌な予感はしていた。
私たち3人は綺麗さっぱり融合しているわけではない、3人が混在している。
セルティスに甘えるのはアシェリの部分、令嬢の知識と魔法スキルはばバーバラ、オタク知識とかは楓、適材適所それぞれが活躍している。
王子に近づきたくないっていうのはバーバラの意識が強い、それと私の知識も作用している。婚約しいずれ現れる聖女マリアに嫉妬の炎を激らせ身を滅ぼすのだ。
おいおいおい、第1王子と婚約して全てを失うのは1度で十分だろう!と…。
『N o!王子 N o!権力者との婚約』
をモットーに努力した結果だった。今回は王子たちと仲良くなると→婚約→ヒロイン登場→浮気され→断罪まっしぐらとなる。故に心の底から王子たちを拒否した結果の結界だろう…、仕方ないよね? 前世が前世だし。この体には27歳17歳4歳が共存?しているため偶に情緒不安定だ。
バーバラちゃん曰く魔法操作は得意だったらしい。
なにせ王妃教育は半端ねーってほどキツかったらしいので、その上学力も私自身もそれなりに活躍できる、4歳児のお勉強なんて…余裕。だが まあそれは本人にやってもらって。皆で協力しながら目指せ幸せな人生!穏やかに長生き!を目標にこの中で生きている。
はてさて、王宮から出られないのは参ったな…完全アウェー、半端ないっす。
私には野望がある、その為の努力なら惜しまないが、貴族令嬢スキルはバーバラちゃんにお任せである。参ったなぁ〜、コミュニケーション能力ないんだよな…バーバラちゃんも誤解されちゃう体質だし。でも良い子ちゃんになると『王子との婚約』を一気に手繰り寄せちゃいそうだから、別の手を考えないとな。
目を閉じて王宮医務室のベッドで脳内会議を繰り広げた。