37、悪役令嬢vs聖女
ドナルドが学園に来るとアレクシス王子殿下など比べるまでもないくらい人が群がった。
「オースティン様―! こっちを向いて!!」
「オースティン様、精霊を紹介してください!」
「オースティン様ー! 精霊様を呼んでくださーい!」
「私を取り巻きにしてください!!」
少し前までは気味悪がっていたのに掌を返したような態度に戸惑った。
魔術ばかりで何考えているか分からない、怪しい事やってんじゃないの? そんな反応が精霊様が召喚された途端、精霊様にも愛されるのだ、素晴らしい方に違いない!!そんな事を周りは無神経に口にするようになった。
どこへ行っても居心地が悪かった。
そこで思い出したように王宮魔術師がいる教室に行ってみた。
そこには2人の魔術師とアシェリ公爵令嬢がいた。今日は一般の生徒は来ていなかった。
「あの、すみません 入っても宜しいでしょうか?」
「お待ち下さい」
少し間があってから扉が開かれた。
「どう言ったご用件でしょうか?」
「はい、私はドナルド・オースティンと申します。少し周りが煩いので暫くここで勉強させて頂けないでしょうか?」
「…構いません。お入り下さい」
「えっ!? 宜しいのですか!?」
「はい、ですが幾つか条件がございます。現在はこの教室はアシェリ嬢のみの受け入れとなっています。ですからここでの事は一切他言無用です」
「はい、承知しました」
「それから…、あなたはここで何を学びたいのですか?」
「えっ?」
正直 あの煩わしさから解放されたいとしか思っていなかった、確かにここは優秀な魔術師がいて得難い教師が側にいると大した目的もなく来てしまった。
「あ、あの…精霊の勉強をしたいです!」
「それは王宮で習っているのではないですか?」
「は、はい。正直に言いますと静かなところにいたかったのです。私が精霊を召喚した途端に周りが目の色を変えて近づいてくる、それが怖いのです」
「まあ、そうでしょうね。精霊の件はあなたに指導魔術師がいる筈ですから私たちが勝手に指導することは出来ません、そうですね ここでは普通に魔術について学びましょう、それでいいですか?」
「はい! はい有難うございます!!」
「それでは認証の登録をしますからこちらへ来てください」
そんなやりとりの間もアシェリ嬢は黙々と何かをしていてこちらには視線も寄越さない。
物凄く真剣に机に向かっている。きっと彼女も貴族社会に馴染めずガーランド公爵家の令嬢としてプレッシャーを感じながら日々努力しているのだろう、私も頑張らねば!
ドナルドはアレクシス王子殿下の側近から外れることになった。
まあ、分かってはいた事だが、正式に魔術師団へ入る事になるので、側近から外れた。これによりますます魔術教室に入り浸りとなった。
そこではアシェリとドナルドは少しずつ交流するようになった。最初はビクつき怯えていたが、ドナルドが困っているとそっと教えてくれる事もあり、沢山話すわけではないが黙っていても気にならない存在になっていった。それにドナルドとセルティスは元から無愛想ながらも互いを認める存在でもあった、3人は次第に多くはないが普通に話せる友達となっていった。
話をするようになってみるとアシェリ嬢は噂とは全く違う人物であった。
普通の貴族令嬢とはかけ離れていた。
教師たちと話すアシェリ嬢は、貪欲に学問を学ぶ姿勢に刺激を受けるほど聡明で年下とは思えないほど博識で思慮深く多角的に物事を捉えることができる、そんな人物で同性の学友のようであった。
アシェリ嬢は貴族特有の回りくどい言い回しも、痒くなりそうな美辞麗句もない、意見の衝突も意に介せず、更に魔術師様たちよりも魔術に造詣が深く、探究心旺盛、教師であり学友であり今までにない充実した時間を過ごしていた。
最初の頃はセルティスがいないとまともに口を聞いてもらえなかったが、最近ではセルティスがいなくとも多少話してくれるようになった。
偶に魔力切れのように元気がなくなってくることがある。そうするとセルティスに甘えるのだ、それにセルティスもどこまでも甘く応える。こんなセルティスは見たことがなかった。
そんな2人を見ていると『ああ、夫婦なのだな』そう実感した。政略結婚でもなく互いを必要としているそれがよく分かった。
アシェリ嬢の甘えは令嬢が相手の気を引きたくて使う甘えではなく、まさに夫や兄に対する信頼からくる甘えであった。視線一つでも甘えているのがわかる、ふふ 本当に可愛い人だ。
アレクシス王子殿下と結ばれないと知った時に欲しいと思ったこの人が、私の腕の中にいたらどんなに幸せだろう…叶う事はないが、今こうしてそばにいることが出来てとても幸福を感じていた。彼女は常に人として私を受け入れてくれる、身分も精霊も関係なくただドナルド・オースティンとして見てくれる、セルティスもアシェリ嬢も気持ちのいい人物だ。私はここに仲間入りできた幸運に感謝した。
ダリウス・トラガルトとカラバスク・パーマシーが『ドースン商会』とバスクル・ドースンを探っているらしい。
それから『セレニテ』とルイス・レーベンもだ。
まあ、他国にも手広く商売をしているので当然の結果だが、代表である2人には会えず、仕方なく情報を集めているらしい。
「お嬢様どうなさいますか?」
「彼ら自ら探していることが気になるわね。こちらが掴んでいない何かがあるのかも知れないわね。薬の直接の取引は危険だわ…、ドースン商会を探しているのも同じく薬関係かもしれないわねニコルは半年後に戻る予定と伝え、ドースンさんは新規商品の交渉と制作中だからいつ戻るかは分からないと伝えてみて。それで向こうがどう反応するか試してみましょう」
「「承知致しました」」
「そうだ、タルフィール・ヴォーグは如何ですか?」
「うふふ 面白い方だったわ。いつもニコルの人脈には驚くばかりだわ、有難う」
タルフィール・ヴォーグとはアシェリのドレスと下着を販売する店『ヴィーナス』の代表を任せた人物。
伯爵家の令嬢で一度は結婚したが、お淑やかに家に篭って縁の下の力持ちなんて柄じゃない。ガンガン外に出ていってハッキリ物を言う性格で社交界で爪弾きにされ離婚。
本人も結婚も向いてないし、篭って淑女なんて病気になると外に職を求めた。この性格だから他人の店に勤めたがあまり上手くいかなかった。だが自分が商売に興味があることが分かった。そこで独学で商売を始めたが上手くいかず、業種を変え次に洋品店に勤めるようになった。するとあら不思議! 今まで貴族の回りくどい言い方が出来ずハッキリズバッと言ってしまい、それが災いして相手を怒らせることも屡々。それをその洋品店のオーナーは欠点ではなく利点として捉え、言い方を指導した。
商売人は少しでも売れるようにと本心を欲でコーティングして褒め称え購入させる。だが冷静になると『似合わないもの売りつけたわね!』トラブルになる事もまま有る。
タルフィールの『あなたのキリリとした目にはこんな甘ったるいフリルなんて、他人のドレスを着ているみたいに浮いてしまうわ。あなたにはこれVラインの首元にスッキリしたボディライン、年齢的に寂しいと言うなら袖ね、袖にフリルをしつこく無い程度に入れる。カラーはそうね…甘いどピンクではなくブルー系ね! 紫系も上品に決まるわ!』
似合う似合わないをズバッと言われて最初は腹立たしく感じる者もいたが、タルフィールの助言通りに変えると周りからの反応が物凄く良かった。それから着実に顧客を掴み助言通りに購入する人が増え、コーディネーターとして信頼を勝ち得た。
オーナーとの出会いがタルフィールの人生を変えた。
店も繁盛していたが、オーナーが体調を崩してしまった。いつでも戻ってこれるように店を切り盛りしていたが結局そのまま亡くなってしまった。すると、その息子がオーナーとして仕切るようになったが利益追求型でタルフィールとはソリが合わなかった、それで店を辞めた。
そんな彼女をニコルがスカウトして来たのだ。
ニコルよりずっと年上だし どんな繋がりがあるかイマイチ不明。
アシェリも直接話す必要があったので、変装しシェルとして(今回は女性として)会っている。タルフィールが信用出来ないのではなく、あくまでも巻き込まないためだ。
タルフィールはこの世に初めて誕生したブラジャーとパンティに興味津々、ガーターベルトも作りたかったが結局現代のシルエットにはならなかった、元よりまだストッキングがないのでセクシーへの追求は叶わなかった…残念。ただ太ももにゴムとリボンで甘いバージョンとセクシーバージョンで作った。大興奮で前のめりで請け負ってくれた。
まあ、多少の裏は感じていたようだが(私の見た目は少女だしね)、自分の好奇心は抑えられなかったらしい。ドレス自体はドースン商会で売っていた事もあり向こうも知っていたので話は早かった。
「何かあればいつでも仰って下さい」
「ええ、お願いするわ」
よしよし、これで『ヴィーナス』もドレス、下着、布を取り扱う店として確立できただろう。
タルフィール・ヴォーグも仕事が大好きな人間だった。
「お嬢様、裏庭で事件でございます」
「事件?」
「聖女…か最早不明のマリア嬢がパトリシア嬢を悪役令嬢と罵っています」
「そう、それは私からパトリシア様に書き換えられたって事なのかしら?」
「まだ断定は出来ません、が…心象ではマリアはターゲットを変えたように思われます、アレクシス王子殿下はパトリシア嬢との仲を深めているようなので、また暴走する可能性があります」
「そう、では後で報告をお願い」
「はい」
「そうだ! 乗馬をしてみたいの、どうしたらいいかしら?」
「お嬢様が乗馬ですか!? すぐに馬車をご用意しますのに?」
「わたくしね 馬に乗って自由に駆けてみたかったの、おかしいかしら?」
これはバーバラちゃんの夢だ。
ずっと王妃教育で自由がなかった、馬車から流れる街並み、無性に馬に乗って逃げてしまいたい衝動に駆られていた。
『ああ、このままどこかへ行ってしまえたら…』今はもう、逃げ出す必要はないが馬に乗りたいと言う願いだけが残っている。
「失礼します。 アーシェ外で聞こえたけど馬に乗りたいの? 良かったら私と一緒にどうかな?」
「セルティ! いらっしゃい、この時間に珍しいわね」
「ああ、裏庭で殿下は立て込んでいるからね、良いかと思って」
「ふふふ」
「それで馬に乗りたいの?」
「そうなの、はしたない?」
「いや、そんな事ないよ。アーシェは好きなようにしていいよ、それに外で活動する事に興味を持つのはいい傾向だと思う。それに何をしても可愛いからね」
「ずっとお部屋に篭って来たから馬に乗ってに逃げ出したいって思ってて。今はその必要はないけど…、国外に行った時セルティと2人なら馬にも乗れた方がいいかな?って」
「そうなのだね。あっ、でも遠乗りには横座りはキツイと思うけど大丈夫?」
「ああ、そうだったわ! 妄想だけしかしなかったから失念してた!」
そうこの時代 女性はスカートで横座りで馬に乗る。そんな馬鹿な! 腰が死ぬ。背骨曲がる。バランス取るの難しくね? それで早駆けなんて無理だろう? 落ちるっつーの!
「なら…、乗馬用の服を先に作らないと駄目ね。そうだわ、丁度面白い生地を見つけたのだったわ! それで女性用の乗馬服を作りましょう。私には横座りなんて疲れることしたくないからサブリナパンツ? 編み上げロングブーツにキュロットパンツにベルト!そして鞭!!白いシャツにベスト?いやジャケット、ハンチング帽イヤ乗馬キャップで顎の下でリボン 上品で良い、気品ある姿こそ貴族に受け入れられると言うものだわ」
「あーあ、アーシェはまたどこかに行ってしまった」
「今回はドースン商会かヴィーナスか、また人が必要になりそうだな、私はこれで失礼します」
「マリア嬢がパトリシア嬢をターゲットにしたなら国外逃亡する必要もなくなるのでは?」
「ええ、そうなると良いなと思っています。お嬢様の側は幸せになりますから」
裏庭ではパトリシアと取り巻き それからマリアが対峙していた。
マリアがパトリシアの偽の悪行を披露している、パトリシアの取り巻きたちを使って悪質な虐めをしたと訴えているのだ。呆れ半分で聞いていた他の生徒もマリアの話を聞くうちに次第に本当なのではないかと疑い始めた。
「私たちはそんな事をしていないわ!」
「そうよ、そうよ! なんで私たちがそんなくだらない事しなくちゃいけないのよ!」
「マリア様 以前からあなたの言動は目に余るものがありますが、これはいくらなんでも…、彼女たちも私もあなたに何もしていないのに罪を作り出すのは異常だわ。彼女たちに謝罪なさって」
「ヒックヒック そうやってまた私を陰で虐めるのですか!アレクシス王子殿下の婚約者だからって何もかもをなかった事にするつもりなのですか! 酷い!酷いわぁぁぁ!!」
「ちょっちょっと何を仰っているの! 付き合いきれないわ、もう帰りましょう!」
「「はい! パトリシア様」」
「酷いわー! 私はただ罪を認めて二度と繰り返さないでくだされば良かったのに…、私はそれだけでいいのに! うぅぅぅぅ」
ザワザワし始め、『聖女様を貶めるなんて酷いな』『やはり影では悪どいことしてるのかな』不思議なことにマリアの言い分が浸透していった。一体これはどう言うことなのか?
そこにいた者は、マリアの話を信じるようになった。マリア話に涙を浮かべ共感しパトリシアたちに強い不信感と嫌悪感を抱き始めた。次第に猜疑の目でパトリシアたちを見るようになり、『悪役令嬢パトリシア』と広まっていった。




