33、遺言状
「突然の訪問、お許し頂き感謝申し上げます」
「ああ、構わない。ああ君 お茶を出したら下がっていいよ」
「はい、承知致しました」
パタン
そっと結界を張る。
「お兄様…抱きついてもいいかしら?」
「ああ勿論だ、何を遠慮する。さあ、来なさい!」
「お兄様!!」
ひしっ!
人に見られると誤解されるので人払いをして結界を張って話すのだが、それはそれで誤解を生んでいる。
父だったクラウス・タングストンが突然の死を迎えた。
クラウスの突然の危篤の知らせ、だがバーバラちゃんはすぐに父の元に行くことは出来なかった、何故ならば今世での血縁関係はないから。
それでも何とかセルティスを伴って家族が見守る部屋まで辿り着いた。
兄ランドールは顔色の悪いアシェリを心配し、ベッドを悲壮な顔で囲む家族を一旦部屋から追い出し、アシェリとセルティスを部屋の中に入れた。
意識のない父の手を額につけ「お父様! お父様!!」そう泣き縋った。回復魔法ももう効果はなかった。
すると薄く目を開け震える手をアシェリの頭の上に置いた。もう何も話すことは出来なかったけど優しく微笑んで下さっているのが分かった。
「嫌です! やっと会えたのです! 置いておかないでください! うぅぅ わたくしはまだお父様の子供でいたいの! お願いです、逝かないで!!」
クラウスは寂しそうに娘を見つめ涙を一雫流した。
消え入りそうな震える声で
「幸せで…いて…おくれ……愛して…いる………よ、 私の……バーバラ」
そう言うとまた意識を失った。
「お父様―!!」
つい先日会った時はまだお元気だったのに…。
恐らくバーバラが来る時は弱っている姿を見せないようにしていたのだろう。老齢をに鞭打ってバーバラの為に出来ることを水面下で動いてくれていたのだ。だが、ここまで長生きしたのも執念とも言えた。
セルティスにアシェリを預け再び家族を入れた。
家族は別れを惜しみ、アシェリはセルティスの胸で泣き縋った。2時間後 かつての父 クラウスは息を引きとった。
だが、その対応を見た兄ランドール以外の者たちはクラウスの隠し子かと密かに疑惑を抱いた。葬儀の時はアシェリは今世の父と参列した。ガーランド公爵とアシェリはよく似ていた、顔自体ではなく髪の色だったり瞳の色だったりがだ、曽祖父とは似ていない。
兄ランドールの孫 エシャロット・タングストンは葬儀の最中こっそりアシェリを呼び出して単刀直入に聞いた。
「ねえ、あなたは曽祖父のなんなの? 隠し子か何かなの?」
嫌悪に満ちた表情に思ってもみない質問で面食らった、が何も知らなければそう言う反応になるか、と思い直し
「違います。タングストン侯にはとてもお世話になったのです、ただそれだけです」
「それだけかしら? 家族を部屋の外に出してあなただけにするなんて…あの時、何を話したの?」
エシャロットはセルティスと同じ年だ。
「エシャロット嬢 誤解があるようだ。妻のアシェリは対人関係が苦手でね、困っていたところを亡くなったタングストン侯に助けていただいたのです。それ以来父親のように、祖父のように慕っていた、侯にはとてもよくして頂いていました。
あの日のことはご存知の通り 侯は既に話せる状態ではありませんでした。タングストン侯爵はアシェリが人見知りなことをご存知だったので人払いをしてくださり最期の時間をくださったに過ぎません」
エシャロットも貴族学園に通っているのでアシェリについては聞いた事があった。
「そうなのね、失礼な態度をとってごめんなさい。曽祖父を悼んでくれて有難う、では失礼するわね」
なんの証拠もないのにガーランド公爵家の令嬢を疑い、敵に回すことはできなかった。
金も名誉もタングストン侯爵家よりガーランド公爵家の方が上で、タングストン侯爵家から奪えるものなんて既に持っているからだ。
実はこの時アシェリは動揺していて失念していたが、セルティスにはまだバーバラの事は話していなかった。それなのに目の前では「お父様―!」と言うアシェリ…かなり混乱した。
そして帰ってから説明を求めた。最初は信じがたかったがあのアシェリの言うことだ、最初から大人びているところがあった。それに…なんと言ってもタングストン侯爵のお2人がアシェリに対し気やすい、昨日今日の関係性ではなかった、そこには肉親の情が見えた。セルティスは何があってもアシェリの傍にいると決めていた、だから素直に受け止めた。だからアシェリのための行動ができる。
そしてその葬儀以来 久しぶりにタングストン侯爵家を訪れた。
「あれからどうしてた? 大丈夫?」
「ええ、お兄様。そのだいぶ取り乱してしまって…ごめんなさい」
「バーバラ当たり前だよ。肉親の死を目の前にして冷静でなどいられるものか。それにバーバラが回復魔法をこっそりかけてくれていたんだろう?」
「な、何故ご存知なの!?」
「ふふ、いつもバーバラに会った後は父上も私もすこぶる体の調子が良くなる。初めは愛するバーバラに会ったからだと思っていた。だけど気づけば長年患っていた膝の痛みや古傷が痛まなくなった…。いつからだろう?そう考えるとやはりバーバラと再会してからだった、それにバーバラは魔法が得意だったしね。きっとそう言うことなのだろう、と父上と話していたのだ。優しいあの子は気を遣わせないためにこっそり治してくれたのだとね。
バーバラ、父上は亡くなる直前までお年のわりにお元気でいらっしゃった、とても感謝していたよ、だから今回の事は…天命だったのだ。天寿を全うされお幸せだった、あの時意識が戻ったのだって アシェリとしての生を幸せに生きて欲しいからだ。
実はアシェリについて調べたんだ。
マリア・ダラスとは何者なんだ? いや何故可愛いアシェリを悪く言うのだ?」
「…分かりません。接点もないのですが何故か私がアレクシス殿下の婚約者と思い込まれていて何かと難癖をつけてくるのです」
「困った人物のようだね。こちらで手を打とうか?」
「いえ、卒業すれば2度とお会いする事もないでしょうから」
「バーバラ…お前の優しさは相手に対し増長させるきっかけを作る。何よりも自分の身を1番に考えておくれ? 1番大切なのはバーバラの気持ちだ、いいね」
「はい、有難うございます。ちゃんと逃げ道は確保していますからご心配なく」
「バーバラ! どう言う事なのだ!?」
その後結局色々聞き出された。
「バーバラ、実はね、父上から遺言を預かっている。これは以前から委託されていた事だ。アシェリの重荷にもなるが助けともなるだろう。私が生きているうちはそれをいつでも実行できる。いいね? 困った事があれば必ず私に言う、約束してくれ! 2度とバーバラを無惨な形で失いたくないのだ、頼む…約束してくれるね?」
「はい、分かりました。 無茶も我慢も程々にします」
「おいで、父上が亡くなったのにそばにいる事が出来なくて寂しかっただろう?」
「お兄様、お兄様ぁぁぁぁ、うっくふぅぅ 心配ばかりかけて悪い娘だったわ、ごめんなさいお父様、お父様ぁぁぁぁ!」
「あーよしよし、お前は悪い子なんかじゃない、良い子だ、とても良い子すぎた。
何もお前が気に病むことはない、私もこうしてお前を胸に抱けて長年の支えが取れるってものだ。
ふふ ここだけの話ウィリアムとアリランは今でも監視させている」
アリランはとっくにウィリアムを捨て、新しい人生をやり直している、今は孫もいるらしい。ウィリアムはと言えば…、アリランがいなくなり餓死寸前までいった。
最初は文句を言いながらも愛する者との生活は新鮮で楽しかった。いつも人の目があり本当の意味で1人になれることはこれまでなかった。アリランが料理をした時は驚いた、可愛いだけではなく料理まで出来るなんて大した娘だと思った。だが案外早く歯車は狂い始めた。
手が汚れた、ウィリアムは自分の手をアリランに差し出した。だがその手はいつまで経っても拭かれない、なんと気の利かないことか、そう思ったが彼女は侍女ではない教えてやらねば分からぬのだろう、と
「こうして手を出したらアリランは私の手を綺麗にするのだよ」
それに対する答えは驚く物だった。
「なんの冗談?馬鹿なこと言ってないで早く拭きなよ あはは おっかしい」
冗談? 何が冗談なものか!と思ったがそこは耐えた。
次はトイレ、用を足したくなった。それを伝えたがアリランが準備する風もない。
「アリランは私の尻を拭かねばならぬのに、そこで何をしている?」
これにキレたのはアリランだった。
「ねえウィルいい加減にして! あなたはもう王族じゃないの、私たちは生きるために自分のことは自分でしなければならない。分かるでしょう? あなたのお尻だけど、王子なら人に拭いて貰っていたかもしれない、でも今は平民なの、貴族だって自分のお尻は自分で拭くの! もう侍女も侍従もいないの! 私はあなたの侍女じゃないの!
ねえ、これからどうやって生きていくつもり? お金を稼がなきゃご飯だって食べられないのよ? あなたは何ができるの? 働いて稼いてもらいたいのにあなたは命令ばかり、もううんざりよ!こんなはずじゃなかったのに!!」
そう言われてもウィリアムはすぐには変わる事が出来なかった。アリランは朝から晩まで働いていた、だけどウィリアムは帰ってくるとアリランにアレをやれコレをやれと命令ばかり、するとアリランは朝から仕事に行きウィリアムが寝静まった深夜に帰宅するようになり、気付けばアリランは仕事に行ったまま帰ってこなくなった。
アリランを待ち続け腹を空かせ、帰らぬアリランに文句を言い続けたが、状況は何も変わらなかった。いざいなくなると自分にできる事がないもないと身につまされた。
アリランが言っていた事が今頃になって突き刺さる。
真実の愛を見つけたと思った。
2人で幸せになる未来しか見えてなかった。
朝から晩まで勉強させられ様々なものを身に付けたが、今この状況で自分はあまりに無力で無知だった。
王宮からでたウィリアムには1人で生きる力がなかった。
ああ、私はアリランに捨てられたのだな。
捨てられて当然か、私はこの生活になって彼女のために何かをした事がなかった。私は受動的で人に与えられる事が当たり前で何かを施した事もない。
そもそも私の幸せは バーバラ・タングストンと言う無実の女性の死を踏み台にして得たもの。私は間違っていた、そして幸せになるための努力もしなかった。コレは必然だ。
体が重い、私はこうして死んでいくのだ。あまりに無知で幼稚だった。
アリラン、バーバラ、父上、母上 申し訳ありませんでした。
目を覚ました時は教会だった。
王妃陛下の部下が見張っており様子を見ていた。そっと生存確認をしウィリアムを連れ出したのだ。つくづくウィリアムは1人では何もできないと痛感した。そして死にそうになっても王宮ではなく教会に連れてこられた事を鑑みても2度と元には戻れない事を悟った。
母からの手紙を受け取った。
そこにはここでやり直せなければ次は助けない、自分自身の足で立ち生きて行きなさいどんなに嘆いて悔いても元には戻らない、自分自身で初めて選んだ道なのだからしっかり生きて幸せになりなさい。とあった。
そうだ、生まれて初めて自分自身が決断した道だった!
結果は散々たるものだったが、確かに私情を通した結果だった。涙がとめどなく流れたが、やっと『生きる』と言うことに向き合ったウィリアムだった。
今は教会で下働きをしながら働いていた。
「そうなのですね…王族だったと言うのに切ないことですね」
「2人が憎くないか? 復讐してやりたいと思わないか?」
「いいえ、今の私はアシェリですもの。ここへ来るとバーバラだけど普段はアシェリなの、今更関わり合いになりたくないわ。今のわたくしも王族に関わりたくないと頑張ってきたのですもの、今更復讐に時間を費やし、愛する者たちとこの身を危険に晒す訳にいかないですわ。ふふ 有難うお兄様。
実は今日は、 お話があって参りましたの」
「なんでも言っておくれ」
バーバラはムージマハル国とセンダラーハン国の戦争についての予兆について話した。
「まだ確定ではないものの ご注意くださいませね」
「そうか… 確かに我が家に依頼が来てもおかしくないな。貴重な情報を有難う」
「お兄様はわたくしの傍にいてくださいましね?」
「ああ、分かっている、もう1人で辛い目には遭わせたりしない」
バーバラとタングストン侯爵はいつまでも別れ難く馬車に乗り込んでも暫く手を握っていた。そして別れたのだった。
う〜ん、こうなると楓だけ楓を知っている人がいない…ちょっと寂しいな。
あっ! バーバラちゃんとタングストン侯爵の肖像画を描いてあげよう!
私にはいないけどこの世界で親身になってくれる身内がいるっていいよね…、バーバラちゃんにもアシェリちゃんにも幸せになって欲しいからね!!
早速 自宅に帰るとバーバラちゃんとアシェリちゃんとバーバラちゃんのお父様とお兄様の肖像画を描いた。お父様とお兄様は若い時を描くか迷ったが今の姿を描くことにした。
若い時のはきっとお持ちだけど、今アシェリちゃんとしてバーバラちゃんが生きている事が救いだろうから。
ふんふんふん
ん、いい感じ。
あっ! そうだ、ランジェリーを作ろう!