17、アレクシスの入学
殆どの攻略対象者たちが貴族学園に入学した。
新入生代表でアレクシス王子殿下が挨拶をされた。その姿に女性たちは悲鳴をあげ歓喜した。いつも手の届かない(今なお届きはしない)殿上人が同じ学舎で間近で拝見できるのだ。同世代に生まれた事を皆感謝した。それは単に目の保養だけではない、少しでも近づき印象を残すためだ。各家とも婚姻出来ずとも殿下と親しくなる事は重要なミッションとなっている。
そしてセルティスたち側近はアレクシスと常に行動を共にするようになった。
アレクシス王子殿下、セルティス、ドナルド、ハワード、ヒューゴ、この5人はセットのようになった。
入学して3日後にクラス分けのテストが行われた。
教養科目:スターチス語国語、古代語、算術、統計学、経済学の5つ
実技科目:魔術、剣術、弓術、馬術、体術、ダンス、マナー、刺繍 こちらは選択科目で受講している科目での試験となる
成績により特別クラス、上級クラス、中級クラス、下級クラスと4つに分かれる。
15歳〜18歳まで通うため1年目〜4年目まである。
また全員が魔法能力が発現する訳ではないため、魔術の授業は魔法が発現している者は強制参加だが、発現していない者は自由参加となっている。
よって、魔術学科、騎士学科、淑女学科と分かれている。女性でも魔法が発現していれば魔術学科に入り試験に合格すればエリートとして王宮の魔術省に入省も出来る。と言うのもこの国の魔法発現率は8%程度でそんなに多くはないのだ。しかもある日突然使えるようになる事もあるが、 その逆もあり突然使えなくなる事もある、その上 役に立つほどの魔術を使える者はほんの一握り。まだ解明されてないことが多く、魔法が使える者はエリート扱いだ。
発現した魔法もレベルは人それぞれ、魔法が発現した者は基本的には国が管理し監視されることになる。その中で魔法省へ入省出来るのは僅かな者たちだけだった。
入学する時の挨拶は基本的にはその代で1番身分が高い者が挨拶をする。だがそれ以降は全て成績による。学科別の成績優秀者…身分の高い者にとってはかなりのプレッシャーがかかるサバイバルなのだ。
アレクシス 魔法学科 火魔法
セルティス 魔法学科 水魔法
ドナルド 魔法学科 火魔法
ハワード 騎士学科
ヒューゴ 騎士学科
マリア 魔法学科 光魔法(回復魔法)
と分かれた。ハワードとヒューゴだけは別クラス、よってアレクシスの側にはセルティスとドナルドが常に付き従った。そこにマリアも加わり4人はどこに行くにも一緒だった。
周りも最初は平民出のマリアを疎ましく思ったが、次第に優しく明るいマリアに絆されていった。しかも希少な回復魔法を発現させていると言う事もありアレクシス王子殿下の側にいる事を受け入れていった。そしていつしか憧れのグループとなっていった。
アレクシスの王子の微笑み、マリアの慈愛の微笑み、ドナルドの黒い微笑み、セルティスの…無表情 クールビューティー 素敵!と人気を博していた。
王都にもマリア・ダラスの功績が囁かれ『聖女マリア』は定着していったため、王妃陛下はパードック侯爵に打診し正式にマリアをパードック侯爵の養女とした。
パードック侯爵はマリアが救ったパードック侯爵領の領主様だ。
これに世間はいよいよアレクシス王子殿下の婚約者擁立か!?と色めきだった。
これでマリア・パードック侯爵令嬢となり 王子殿下の婚約者として遜色なくなった。
そしてそれとは別にこれからこの学園で色々イベントが起こる予定だ。
この波をうまく乗りこなす必要があった。
学園の授業が終わった後 マリアは皆を街へ行かないかと誘った。
「街へかい? んー、どうしようかな? その、あまり時間がないんだ」
「そうなのですね…美味しいクレープのお店があるって言うから行ってみたかったのに…」
拗ねる様子が可愛いマリア。
「んー、そのクレープ?を食べるくらいしか付き合えないけどいい?」
「やったー!!」
最近のマリアは以前より砕けた…平民の話し方をするようになった。それはこの学園内限定…最初は訂正もしていたが、学園生である内はまだいいか、と次第に許容するようになった。そして周りもツンとした貴族令嬢と違う態度に親しみを覚えていった。
「では殿下、私はこれで失礼させて頂きます」
「ああ、そうか。セルティスお疲れ様」
「えー! セルティスは帰っちゃうの!? どうして? 私寂しいよぉぉ」
「申し訳ありません」
「はっ! もしかしてアシェリさんに私と仲良くしたら駄目って言われてるの? そうなの!?」
「はっ? どうしてここにアシェリ様の名前が出てくるんです?」
冷たい声でマリアを問いただす。(相手が親しくない者なので一応アシェリに敬称をつける)
「だって…、急に帰るなんて言うから…誰かに命令されているんじゃないかって…そう思ったの」
うるうると瞳を潤ませアレクシス王子殿下の袖の裾を掴めば、黙っていられない連中が出てくる。
「おいセルティス! 違うって言うなら一緒に来いよ! 我らの姫がこうして頼んでいるんだ来て忠誠を示せ! 剣は硬いだけでは折れてしまう、柔軟さも大切なのだ!」
ハワードは…煩くて面倒だ。イラッとしているのが流れる空気でわかる。
「ハワード、マリア落ち着いて。セルティスは元からそう言う契約なのだ。セルティスは既に爵位を継いでいるから、私の仕事に関する事以外は自由にしていいと言うね。
だからアシェリ嬢の事は関係ないよ、ほらあそこにいるのがセルティスの迎えだ。私も執務しなければならないから本当にクレープを買ったら帰らなければならないんだ。皆は折角だから楽しんで。セルティス もういいよ、お疲れ様」
「はい、失礼致します」
「さあ、行こうか?」
「残念ですが仕方ないですね。あっ! 少し待っていていただけますか?」
「えっ? ああ、うん 分かった」
セルティスはさっさと従者のヴェルクと合流すると
「ヴェルク、あの者たちを監視しろ、後ほど報告してくれ」
「はっ、承知致しました」
アシェリの言う通りだ。アシェリがいないところで勝手にアシェリに対する悪意が広まっていく。やはり、殿下の側近に入ったのは間違いなかった…。
時間がないと言ったにも拘らず長い間待たされ苛ついていると、呆気に取られる事件が起きた。なんと、マリアは見知らぬ女性を連れて来たのだ。
「お待たせしました、殿下!」
元気いっぱい振られる手にハワードとヒューゴはつられて手を振りかえしたが一瞬固まっていた。
「セルティスが行かない代わりに私の友達のカミラを連れていってもいいですか?」
可愛くおねだりされたが、あり得ない。
王子であるアレクシスが別の誰かを連れてくるなら許されるが、自分より高位の者の許可も得ずに連れてきて尚且つ一緒に出かけるなど許容できるものではない。
「ああ、そうなのだね。すまないマリア 君を待っている間に急ぎ帰ってくるように言われて帰らねばならなくなった。悪いけど皆で行ってくれる? 後は頼んだよ」
そう言うとアレクシス王子殿下はカミラと挨拶も交わさず護衛と伴って帰ってしまった。
「えーーー! 残念!! 皆で行きたかったのにぃぃ」
「きっと、アシェリ様にバレたら叱られるからよ」
「うそ! なんて可哀想なのかしら!!」
今 目の前で会話されている意味が分からない。
どうしてここにアシェリ嬢が出てくるのだ?
ドナルドは一応聞いてみた。
「どうしてここにはいないアシェリ嬢の名前が出てくるのです?」
「だって アシェリ様は悪役令嬢…はっ! えっと、アレクシス王子殿下の婚約者だから仲良くしている私を疎ましく思っているのでしょう?」
「はっ!? 何を言っている?? アシェリ嬢は殿下と婚約などしていない。
しかも……殿下とは距離を置かれているため話をすることもない。君が何を言っているか分からない」
「えっ嘘!! そんな筈ないわ!」
「ところで君は誰だ?」
「ああ、カミラよ。少し前からお友達になったの」
「ご挨拶致します カミラ・グラハムでございます」
「私はハワード・ヴァルトだ」
「私はヒューゴ・キンバリー、マリアはカミラ嬢と仲が良いんだね?」
「…………」
「もう、この男はドナルド・オースティンね」
「私 回復魔法が発現して突然父が迎えにきていきなり王都に呼ばれて…、凄く心細かった。そんな時出会ったのがカミラなの! いつも私が寂しいって思っている時に現れて…凄く救われた。大好きな友達なの!」
「へぇ〜そうなんだ! じゃあ一緒に行こうか!」
「悪い、私も帰るよ、じゃあ」
「おい、ドナルド! 付き合い悪いなぁー」
「ごめんねーアイツ 魔術にしか興味ないんだ。まあ遅くなる前に行こう!」
「あっ、はい!」
結局 ハワード、ヒューゴ、マリア、カミラで街へ出掛けた。
アレクシス王子は馬車の中で考え事をしていた。
母上がマリアを男爵家から侯爵家へ移した思惑は分かっている。まあ、どうせ肩書きだけだ。
だが周りが言うようにマリアを王族に迎える地固めと言われればその通りだと思う。
回復魔法は稀有なものだ、それを王家で所有するために婚姻を結ぶと言うのも王族として理解できる。だが最近のマリアには少し困ってもいた…。王宮で1人寂しそうにしているのを見かけて以来、会えば会話をするようになり親しい友人と呼べる間柄にはなっていた。それでも何でも許容する仲ではない、最低限の礼儀は踏まえて欲しい。
アシェリ・ガーランド……彼女だったらどう反応するのだろう?
実は最近アレクシスの胸を占めているのはアシェリの事だった。
マリアがアシェリ嬢に手を伸ばした時…、驚いたアシェリ嬢が身を翻したその時! 髪の隙間からアシェリの驚き不安に目を見開いた顔が見えたのだ!!
アシェリ嬢は顔を見られたくないと思っているので敢えて触れなかった。
だが、その顔は幼い頃のままに いやそれどころか更に美しく成長していた。
驚愕、困惑、憂慮そんな表情ですらアレクシスの心を一瞬で捉えて離さなかった。
ドクン!!
全身が震えた…!! アシェリこそ聖女だと言われれば信じてしまいそうなほど神々しく儚く庇護欲のそそられる美しさだった。
もう彼女を傷つけたくないこれ以上嫌われたくないと、その場は触れたい衝動を必死で抑えた。
初めて彼女と会話をした、流石は公爵令嬢という気品を感じた。頼りなげにセルティスの服を強く握っている手も白く滑らかで美しかった。筋違いにも嫉妬を覚えた。
自分のことは捨て置いてくれと懇願する彼女に誰よりも近づきたいと願う自分がいた。
そして殊更 過去の自分の過ちを呪いたくなった。
身分的に1番近い位置にいる彼女は、心情的には1番遠い位置にいた。
あれからアシェリの事が頭から離れない。
セルティスから少しでも話が聞けないかと期待するが全く話題に上らない。
そして皆周りは 私に取りろうと必死なのに、セルティスは無表情でそんな様子がない。
そんなところも興味をそそられる、だが1番気になるのはアシェリとの関係だ。2人はかなり親密に感じた。あの輪の中に私も入れたなら…。
それにしてもマリアは…どうして何かとアシェリ嬢を引き合いに出すのだろう?
アシェリ嬢は屋敷からも出ない、友人も作らない生活を送っていると言うのに、何かと彼女を引き合いに出し彼女を悪と断ずる、彼女はただ怯えているだけなのに。
ああ そうかアシェリ嬢はガーランド公爵家の者だからそう思われるのかもしれないな。
私たちはやはりどこか似ているのかもしれない、そっとしておいて欲しくても周りがそれを許してくれない。ねえ、アシェリ嬢 私たちは誰よりも互いを理解できると思わない? ねえ、いつか私と肩書きも気にしないところで話をしてくれないだろうか? 出来れば顔を見て話したいけど、それが無理なら背中合わせでも何なら隣の部屋でもいい、私を嫌わないで! 君と話がしたいのだ。
アシェリが知らないところでアレクシスは恋心を募らせていった。