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12、聖女マリア

「ごめんなさいお兄様、もう大丈夫です」

「そう? 私はまだこうしていてもいいよ?」

「本当? うふふ なら隣同士に座ってお話ししてもいい?」

「ああ、勿論」


「それでお兄様の話は?」

「うん、聖女マリアの件だよ。王宮でも聖女マリアの件で持ちきりだ」

王宮では優秀な人材を集め人材育成をしている、そこにセルティスも優秀なので集められているのだ。


セルティスによると、パードック侯爵領のパンマ鉱山付近にある街から被害が出ていた。その山の麓に住むマリアは鉱夫たちが次々死んでしまう病気を憂い女神に祈った、女神はそれに応え光魔法を授けられた。明日をも知れぬ者たちがマリアの回復魔法でたちまち治ると評判になり、女神によりこのスターチス国に遣わされた聖女と専らの噂になっていると言うのだ。

そこで王宮に呼び魔力測定と魔法訓練をすることになったらしい。それに多くの貴族が興味深く見守っているらしいのだ。エリザベート王妃陛下もかなり興味津々らしく度々担当官を呼び出している。

そしてここへ来てマリアの父が名乗りをあげた。


「マリアはね、街で母親と食堂を営んでいたんだ。マリアの母親がダラス男爵家の使用人だった、そこで手がついて子供…まあマリアだよね、マリアが出来たけど子供の面倒までは見ないと追い出したのだ。マリアの母親サブリナは街で食堂に住み込みで働いていたらしい、老齢で働けなくなった主人がサブリナに店を譲った。そこで前の主人と3人で住んでいた。


今回 聖女だって持ち上げられるマリアのことを知って、自分が父親だって名乗りをあげた人物がいた。そして晴れてマリア・ダラス男爵令嬢となった訳だ。


ふふ アーシェの夢の通りにまた一つなったね」


「無事 男爵令嬢となり来年はお兄様と同じ学園で肩を並べるのですね」

「そうなるね。これで上手くアレクシス殿下と婚約してくれるかな?」

「そうですね、ただアレクシス殿下とマリアさんが婚約してもまだパトロシス殿下もペトローシス殿下もいるので…安心は出来ません。わたくしの結婚は王家とお父様次第ですもの」


貴族の結婚とは政略結婚が常だ。父にとって王妃になれない娘に価値があるのか? この国の王妃になれない場合、別の国の王族をあてがわれる可能性もある。間違っても好きな男と身分を超えて幸せになれなどとは言わない。最高の付加価値をつけて、ガーランド公爵家に利をもたらす縁組を見つけてくるはずだ。アシェリの人生はゲームの外に出ることが出来たとして幸せになれるかは別の話だった。




『聖女マリア!』『聖女マリア様!』

人々は癒しの力を手にした聖女マリアに熱狂した。


どこに行っても『聖女マリア!』と声をかけられる、それにマリアは戸惑っていた。

マリアは可愛らしい顔立ちで食堂でも看板娘、愛嬌もよく親しみやすい性格をしていた。だから声を掛けられる事態は慣れていた。ただ、貴族との付き合いはしたことが無かった。と言うより平民 最下層の人間を貴族が気にすることはない。そこにいても道に落ちている石と同じ、あんな笑顔で話しかけてくることがない。だからどう反応していいのか分からないのだ。

マリアはただ人が死んでいくのが悲しかった、それに自分たちは何も持たない、治す手立てがないだから『女神様 助けて!』そう祈ったに過ぎない、自分に回復魔法のスキルがあると言われても未だに信じられない。だって何一つ自分自身は変わっていないのだから、ただ周りの反応だけが違う。

食堂になど見向きもしない貴族がニコニコしながら『聖女マリア様』と近寄ってくる。そして1番戸惑うの父親の存在だ『お前の娘などいらない、養うつもりはない!』と母娘を捨て、何の援助もなければ名前も付けない父親が突然『お前は私の娘だからこれからは一緒に暮らす』と言ったことだ。

そこにはこちらを気遣う素振りもなく、一方的に命令をされただけだった。

「母親は要らない、マリアお前だけでいい」

マリアの意思なんて一度も聞かれなかった、拒否する事も出来なかった。だって、父親と言う人は貴族で自分たちは平民だったから。


でもマリアは父親が欲しかった。

貴族になりたいとかではない、ただ母親の重荷を軽くしてあげたかった。

別に結婚でも良かったが、まだ14歳のマリアには結婚は早い。朝から晩まで働く母を楽にしてあげたかった。だから父親の人格がどうであろうと我慢するつもりだった。何より自分が誰かの役に立てることが嬉しかった。それで少しでも母に仕送りをしてあげたかった。



突然貴族になったマリアはダラス男爵家ではなく王宮で寝泊まりし教育を受けている。

ここは沢山の煌びやかな人が行き交っているが孤独だった。

具合の悪い人のために祈れと言われれば喜んでそうする、だが ここで周りの人間たちが自分に望むことは違うことのような気がして恐ろしかった。

温室の影で蹲り膝を抱えて座り1人で泣いた。


「ヒックヒック 母さん、母さん……」


「貴女はそこで何をしているのだ?」

「ヒックヒック 別に何もしていません」

「泣いていたのか? 誰かに何か言われたのか?」

「いえ 何も」

「ふーん。私に対してそんな口をきくのは珍しい、貴女は面白い人だね」

「そうなんですか、きっと貴方は偉い方なんですね。すみません まだ貴族の常識とかよく分からなくて」

「そうか、では貴女が噂の聖女様だね? ここで泣いていたようだけど私に何か力になれることがあれば…」

「いえ、何もありません。ただ、母さんが恋しかっただけす」

「母さん? ああ お母上のことか。急に王宮に連れてこられたんだったか。

貴女は今 何歳なのだ?」

「えっ? 14歳です」

「私と一緒だね。 ねえ…家族と離れて暮らすのは寂しい? 離れてもお母上は元気なのだろう? それでも寂しいものなのか?」

「はっ? 私と母さんはずっと2人きりで生きてきました! 離れて寂しい?当たり前じゃないですか! ちゃんと食事はしているのか? いきなり居なくなって食堂を1人で切り盛りしているとしたら体を壊してないか? 気になって当然でしょう? うっくうっく あああぁぁぁん 母さん! 母さん!!」


マリアが泣いている間どうしていいか分からず ただ側に立っていた。


「ヒックヒック ごめんなさい 八つ当たりをしました」

「いや 構わない 落ち着いた?」

「はい。 ………どなたかど存じませんが優しいのですね」

「いや、ちっとも優しくなってない。昔はどうしようもない奴だったんだ。小さい子を虐めたり…3歳?4歳の小さな子供が家族からいきなり離されてこの王宮の1室に閉じ込められても、名誉なことなのに何を泣く必要があるって思ってた。嫌な奴だろう?」

「はい、最低です! 3、4歳の子が親から離されて平気でいる方が異常です!」

「そう…なのだね、そんな最低な奴だった。 すごく傷つけた……それまで誰にも叱られたりしなかったのだ。嗜められても馬鹿にしてた、結局は何をしても許される身分だからって、そいつをクビにしてやれば解決するって。でも3歳の女の子を深く傷つけてその子はそれ以来私たちを許してくれない、謝る機会すら与えても貰えない。 でも偶に何様だ!って思ったりもした、私は随分傲慢だったのだな。貴女の話を聞いてやっと心の底からそう思った」


「本当に酷い人ですね! 私 平民だったし貴族の世界のことよく分かりませんが、身分の上下に関わらず他人を傷つけて平気でいられるって良くないと思います。相手が小さいとか女の子だとか関係なく、人を傷つけることに平然としていられるってことは痛みに鈍感だって言うことだと思うんです。つまりは自分の痛みにも鈍感なんです。

痛い時に痛いって言えないのもやっぱり辛いと思うんです。だから痛みに敏感になってください。


でも良かったですね、今の貴方は少なくとも以前よりは痛みを分かるようになったみたいだから。もう、女の子を泣かせたりしたら駄目ですよ!」


アレクシスは呆気に取られた、そんな口の聞き方をする人間は自分の周りにはいないからだ。

でも飾らない言葉が胸に響いて心地よかった。

「ああ、そうだな…」

あの娘の痛みが分からなかったのは、痛みそのものに鈍感だったからなのか。

両親と離れて暮らすことが当たり前であの娘の痛みが理解出来なかった。私もその事に痛みを覚えた時もあったのかもしれない。


 「貴女はここで泣いていただろう? もし私で力になれる事が有れば力になるよ。…いや、話なら聞くことができる」

「ふふ それって慰めてくれているのですか? 有難うございます!」


マリアの孤独は少しだけ癒やされた、そして同じようにアレクシスも少しだけ癒やされた。

それからも偶然に会うと少しだけ話をするようになった。アレクシスの身分を知らないまま親しくなっていった。



そしてマリアは正式に『聖女』の称号を得たのだった。




巷の令嬢と令息を虜にしているのが6年前に突如現れた『文化『漫画』による数々の作品だ。

ドースン商会が手掛ける画期的な作品たち。

最初 世界初の色とりどりの色彩鮮やかな絵本。

『英雄 ペレストロ』と『カリーナの蕾』この2作は世界に衝撃的デビューを飾った。

両作品とも長い間愛される有名な絵本であるにも関わらずだ。


『英雄 ペレストロ』は言わずと知れた英雄奇譚。

両親を魔物に殺され何も持たない孤児が、自分を犠牲にしても友や民を助け仲間を増やして魔物を殺すことだけを目標に日々足掻き鍛錬に励む。挫折と葛藤、そして愛を知りついには魔物を討つ。ペレストロの願いはいつしか友全員の願いとなりいつしか英雄と呼ばれるようになる、そして愛する者と友と共に幸せな国を護るために戦う話。


『カリーナの蕾』は少女の憧れの王子様とのハッピーエンド物語り。

カリーナとはピンクの薔薇の名称なのだが、主人公の名前もカリーナ、庭師のお爺さんが丹精込めて育てる薔薇カリーナは他の花よりうんと手間がかかる、それでもお爺さんは毎日休まず薔薇の世話をする するとこの上なく唯一無二の美しい花を咲かせ人々を魅了した。カリーナも自分を美しく輝かせるために勉強もマナーもダンスも毎日休まず一生懸命取り組む、するとカリーナは自分を美しく輝かせた、そしてお城の王子様に射止められ結婚し2人は幸せになる、と言う 知育本だ。


各貴族は小さい頃この本で文字を覚えさせ、嫌なレッスンや勉強も努力を積み重ねれば最後には幸せになる、と言い聞かせるのに重宝する、故に国がお抱えに作らせて割と安価で売っている。だが従来品は色が無く挿絵もない文字の羅列。それが画期的な手法で新しい概念『絵本』を確立した。絵本には挿絵も色もあった。子供たちは今まで以上に夢中になった。だからどの家庭でも同じ内容であるにも関わらず挙ってこの絵本を購入した。


内容は同じなのだが平民用には安価な装丁にし、貴族用にはしっかりとしたハードカバーに美しい外箱も付け高価な装丁にした。価格に差をつけたことで両方とも記録的な売り上げとなった。店頭に出せばすぐに売り切れの品薄状況。これは人々から本は高価で手に入らないもの、と言う固定概念を覆すような結果だった。だが、相変わらず貴重本は国立図書館で借りて写すもの。それは印刷技術だけではない、紙そのものが高価だからだ。



ドースン商会はドレスなどで十分知名度をあげていたが、この色彩鮮やかな絵本で不動の地位についた。そして次に打ち出したのが『漫画』だった。


『漫画』それは永山楓がいつかは成し遂げるべき宿願!

この世界に転生した時からずっと願っていたこと…好きなものに囲まれてニヤニヤして生きたい! もとい! 国外追放されても長生きするために収入源の確保、でもずっと隠れて住む? 知り合いもない所で生きる? まあそれらはいいけどずっと引き篭もり生活するなら私の愛すべき娯楽が必要! いや 娯楽じゃない! 生きると同義で欠かせないもの、そうそれを手にすべく夜な夜な書き綴った小説と漫画たち、自分で描いたものは空間収納に入れてクローンで作ったものをお抱えの絵師さん達に描いて貰っている。

最初は漫画と言う物に衝撃を受けた。セリフで構成され読み進める手法に。ただ表情や背景脇役のキャラクターたちが味を出し、文章は違った形で心情の描写あり斬新だった。流行に敏感な者が手に取った『面白い!』 次は手法の斬新さだけではなく今までにない内容の面白さに夢中になった。

当然、それらはヒットする、それを更に広める…布教活動。


そこで次なる野望、『漫画喫茶』なるものを作った!

店からの持ち出しは出来ないが、店のスペースで読むなり写すなりは自由。これも貴族用、平民用とは謳ってはいないが、価格帯を分けた店を作った。

貴族用は入店も会員制にし、個室でゆっくりと寛げる、そして何より他人の目には触れないスペース。ラグジュアリーな空間に高級なデザートやお茶などで優雅に連載小説や漫画を読む。そして時間制…中には数時間単位で部屋を押さえている者もいる。

(余談だが、ここで提供される食事も他では食べられない斬新さと美味しさで虜になる者が続出した)


対する安価な店舗ではまさに喫茶店のようにソファーとテーブルがある、個室は数個のみのオープンスペース。案外 本に夢中で他人の存在が気にならないようで相席も抵抗がない。こちらも会員制だが入店料は取らない、時間制で時間価格が若干高い。そしてこちらは食事はなし、飲み物オンリー。まあ、余計なスペースを取らないためだ。


会員制にしたのは、自分が読んでいる新刊がでるお知らせを家宛にお手紙をお出しするためだ。

封筒には店の印が押されているだけなのだが、届いた瞬間ワクワクが止まらない。それが届いた瞬間から店に行きたくて禁断症状が出る。そしてそれとは別に店から 毎月新刊のお知らせとあらすじが記載されたものが届く…。どれも興味深い。


『ドースン商会』では新刊が買えるのだが、新刊は『漫画喫茶』には置いていない。発売されて2ヶ月経ったものが漫画喫茶に並ぶのだ。いち早く読みたいと思えば買うしかない。当然金持ちは購入する、貴族とは情報通でなければ取り残される。だから話題の新刊を持っていることがステータスでもある。本程ではないが漫画も十分高価なのだ。全ての作品を購入するのはかなり高額だし何より読み終わったものの置き場にも困る。中には人には見せられないものもある、購入と漫画喫茶を上手く利用している。


ハマれ! ハマれー!!

世界人類皆仲良くオタク計画!


今は私の世界の丸パクリだったりするけど、その内 将来有望な新人が出てくるかもしれない。そうしたら私も新たな作品を楽しめるかもしれない! ヒャッホーイ!


アシェリ(楓)は能天気に浮かれていた。

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