11、聖女マリア誕生
パードック侯爵領の流行病は拡大の一途を辿って多くの人間が死んだ。
そして領民であるマリア 14歳が立ち上がり女神に祈り聖なる力を手に入れた。
マリアが人々に祈り回復魔法で多くの者を救った。回復魔法で回復出来ない者は残念ながら死んだ。だが、目の前でマリアが起こした奇跡に人々は熱狂した。
そして『聖女マリア』『聖女マリア』とマリアの起こした奇跡を崇め、女神の化身と崇拝し始めた。
アシェリはいつどこで?と詳しい情報までは分からなかったが、そろそろパードック侯爵領の何処かの山の崖の上の集落あたりとは分かっていた。忍ばせていた諜報員の報告では、やはり原因は分からなかった。 高熱や嘔吐などで体力が奪われ死に至る。高熱や嘔吐、下痢などで寝込んでいたり、体中に痛みを訴える者もいた。
弱っているところに入った菌で死んだのかもしれない。やはり井戸に何か病原体があったのかも知れない。こっそり連れて行って貰ったら井戸には問題がないように思えた。
周辺を探っていると近くの鉱山の上部に洞が見えた。そこまで行ってみるとピカピカ光っていた。
念の為アシェリたちは結界を張っていたが思わず手を出してしまそうなほど、銀色に輝く美しい鉱物がそこここにあった。
「うひょーー! すげー! 何だこれ!!」
「黙れブル。お嬢様?」
「これがきっと原因ね。これは毒なの、だから触ってはダメよ」
「へ!? こんなに綺麗なのに? でもここって鉱山でしょう? どうするんだろう?」
これは私の国ではカドミウムと呼ばれるものじゃないかしら? あの銀色のものが人体に影響を与えている気がする、見たところ鉱山の一部が崩れそこから雨水によって流れ出したのかも知れない。ああ、でも近くに湯気が漏れ出ていた気もする、やはり原因が絞れない。それにこの人数を見ると長年にわたり山に染み出し川に流れ出し長期間体内に摂取してしまっているのかも知れない。これが産業になってしまっているなら、マリアちゃんの回復魔法では解決にはならないのかも知れない。多少は効いたと言うことは女神の恩恵に解毒作用が含まれていたのかも。それを証明する手立てもないし困ったわね。
井戸に異物があれば取り除けば何とかなると思っていたけど…、根本的な対策が必要ね。
「皆有難う、出来ることがないからこのまま帰るわ」
「承知致しました」
家に帰ってきてからアシェリはウロウロしていた。
この知ってしまった事実をどうするべきか……。
そうだ、取り敢えず図書館に行こう!
図書館で鉱物に関する書籍を見た。でも嫌な予感がする。
本を見てやはり……ない。
白黒ページの前に鉱物に関する記述が殆どないのだ。鉱石や鉱物は宝飾品や鉄などであれば武器になる。特にパードック侯爵領で見た鉱物は銀色、区別がついているかも微妙だ。
パードック侯爵領の産業が国の管轄であれば見直しも難しいかも知れない。
私の範疇を超える。
コンコンコン
「アシェリです」
「入りなさい」
「お話しがあります」
「何だね?」
「人払いをお願いします」
「ふむ、下がってくれ。 それで人払いまでしてどうした?」
「はい、お父様 わたくしパードック侯爵領の流行病が気になって見に行って参りましたの」
「危険だと分かっていて行ってきたのか? 感心できないな。
何をするつもりで行ってきたのか聞いたら答えるのかな?」
「本当に流行病か知りたかったのです。以前読んだ本には井戸に動物の死体があったせいで病気になったり、動物につく虫を媒介して病気が広まったり、多くの人が苦しんだとあったのです。ですからもし明確な原因があるのなら取り除くべきだと思いました。いくら聖女様が病人をお治しになっても、病人を生み出す原因が有れば終わりが見えませんから。
ですが、井戸に原因はなかった」
「なるほど、だがお前自ら行く必要性はあったのか?」
「必要はあったのだと思うのです。わたくしの持つ結界魔法は有用でしたから」
「続けなさい」
「多く死者を出した街の横には大きな鉱山がありました。今回の流行病の正体は病気ではなくこの鉱山の鉱物が原因で中毒を起こしているのだと思うのです」
「鉱物が中毒を起こすだと!? どう言う意味だ?」
「鉱山の上部に一部が最近になって剥き出しになった洞がありそこに銀色の鉱物がありました。その名前を知りたかったのですが書籍では見つけることは出来ませんでした。でもあれは鉄でも銀でもありませんでした。あの鉱物が溶け出したものを体内に摂取したことにより引き起こしていると思います。もし、それが原因であれば毒物を体外に出す必要があります。
この薬は毒を体外に出すものです。そしてこれは痛みを和らげる薬です。
聖女マリア様が回復魔法を施されて完全回復なさるようで有れば、回復魔法に解毒作用もあるのだと思います。ですが弱った病人を回復させているだけだとすると、いずれまた症状が出てくると思われます。それに…回復魔法の効果があったとしても、聖女様はお一人しかいらっしゃいませんから、今後のことを考えると根本の原因を取り除く必要がございます」
「信じ難いな。まずは流行病と思っていたものが流行病ではなく中毒によるものだと言う。
それからそれに対する対処が既に検討済みだと言う。まあ、本当に中毒によるものか分からないが…、お前はその銀色の鉱物が危険なものだと言う。さて、私が聞きたいことは何だと思う?」
「私が本にも記載されていない鉱物を何故危険だと知っているか? でしょうか?」
「そうだ、そしてそれは今回の事だけではない、そうだね?」
「はい。これまでお話するのを躊躇っていたのはあまりに荒唐無稽で頭がおかしいと思われるからです。ですから信じられないと仰るなら無視して頂いて構いません」
アシェリはある紙を父に差し出した。
「これは?」
「私が3歳の時 王子殿下に突き飛ばされて意識を失っていた時に見た夢です。その時に物語を見ました、それは私を含む人間の物語です。家に帰ってから思い出せることを書き出しました」
それは『スターチスの聖女 マリアの献身』の概要を書いたものだ、最初はこれを見せて味方を信じさせようとしたもの。でも駄目だった。そこでその後に描いた漫画、漫画にはまだ会ったこともない人物が肖像画のように似ていたので少しずつ信じてくれた。
今考えると、出会ったことのない人物に名前だって載っているのだから信じてくれても良いのに、やっぱりそれでも信じ難いよねぇ〜。
「なるほどね、アシェリが異様に王子たちを怖がったのは、この影響なのだね?
そして商売を始めるたのも、ムージマハル国を密かに調べているのも」
「はい」
隠してたけどやっぱりバレていたか。
「タングストン侯爵を使って王子との婚約を阻んでいるのも、だね?」
「……はい」
「アシェリはこれをただの夢とは思わなかったのか?」
「最初は不思議な怖い夢だと思っただけでした。アレクシス王子殿下やパトロシス王子殿下が怖い、婚約者になんてなりたくないだけでした。ただ、私が知り得ない情報が含まれていました。例えば当時はまだ選定もされていない殿下のご学友であったり、今回の聖女マリア様など…。それに違うこともありましたからやはり夢だと思うこともありました。でも、今この時点で未来を変えることができるならやれる事をやってみようと思ったのです」
「そうか、ここには例の鉱山についてに記述はないが?」
「はい、ですが夢では銀色に光ったものを見た気がするのです」
「ふー、もし本当にお前の言う鉱物が原因だったとしてもお前の名を明かすつもりはないのだろう?」
「はい、申し訳ありません」
「一部違うとすればお前と王子殿下との関係も違う可能性があるのではないか?」
「はい、あるとは思います。ですが、…現段階では本能で王子殿下たちに近づく事を拒否してしまいます。結界魔法は故意ではないのです」
「ふぅー、それも王家が離さない理由の1つだったが…、聖女マリアね…」
コツコツコツ
父ディヴィットは机を叩きアシェリを見据える。
「お前はパードック侯爵領で病気の蔓延に備え薬を準備してきた? そして夢通りに聖女は誕生した。事前に病気が蔓延しないように予防するのではなく、敢えて聖女を誕生させたのかな?」
「先程も申し上げましたが、確定事項ではありませんし、明確にどこが起点となり病気が蔓延するとは分かりませんでした。それにもし事前に分かったとしてこの鉱山は危険だから封印して閉じるべきだと主張して人々が耳を傾けるでしょうか? それしか収入源がないとなれば尚更です。恐らくこうなっても認めないと思います。ですから残念ながらこのタイミングしかなかったのです」
「………ふっふっふ、面白い。んーーー、お前が男であったならば良かったかも知れないな。
良いだろう、パードック侯爵には私から接触しよう」
「有難うございます、よろしくお願いします」
「なあアシェリ、ここまで分かって行動できたならば 何故私に助けを求めない?
私は信用できなかったか?」
「そうではありません。 最初は夢だと思い込もうと致しました、何故ならば夢の中の私は傍若無人で悪役令嬢と呼ばれ人々に疎まれ それを逆手に取られてつけ込まれてしまいます。味方もおらず処刑されるか国外追放…家族と家に迷惑をかけるだけの存在。
それを必死に否定したかった、それに私は長生きもしたかったのです。もし運命から逃れられないなら家族や家に迷惑かけずに生きて行きたい、それだけだったのです」
「アシェリ!」
突然立ち上がりアシェリを抱きしめた!
「馬鹿な子だ! 可愛い私たちの娘より大切なものなどあるものか! こんなに聡明で天使のようなお前を疎むなどある訳がない! やはり夢だよ! きっと寂しくてそのような夢を見たのだ! お前は小さい時から類稀な才能を発揮していたからつい大人扱いをしてしまったのかも知れないな、大きくなったとはいえまだ子供だと言うことを忘れていたよ、すまなかった。不安に思ったことでも良い、もっと話をしておくれ いいね?」
「はい、有難うございます お父様!」
思い切って父に抱きついた。
それを愛しそうに眺め優しく頭を撫でた。
父の執務室を出て自室に戻ると深い溜息を吐いた。
ふぁぁぁぁぁぁぁ!! 山場乗り切ったよね!? ね! ね!!
多分、いけたと思う。
今回 家族を味方につけるか知らせないままにするか悩んだ部分もあった。
だが、お父様を出し抜くのは無理だと判断した。お父様の人材を使わせていただいている以上、隠し通すことなど出来ない。私はスキルを隠し他の手段を使って脳力を示せば、父の興味を引けると踏んだ。有用であれば切り捨てられないと。先程のように必要以上に隠し立てすれば、信用できない人間として対立する関係になるかもしれない、それだけは避ける必要があった。
よし! さーーて、次行ってみよー!!
コンコンコン
「アーシェ、私だよ 入ってもいい?」
「お入りください」
「少しいいかな?」
「勿論ですわ お兄様…その前に…抱きしめてくださる?」
「え? あははは 勿論だよ、さあおいで」
「んんんー! はぁー セルお兄様! お兄様の匂いは落ち着くの。んー好き」
「ふふ、何かあったの?」
「うん…私についてお父様にお話ししたの」
「そうか…それが良かったと思うよ? 味方は多い方がいいだろう?」
「ええ、そうね」
抱きしめあったまま2人でダンスを踊るように体を揺らす。
「でもお兄様…私の事嫌いにならない?」
「何故 私がアーシェを嫌うんだ?」
「だって、多くの死を…自分が助かるために…見過ごした。悪い子でしょう?」
「私だってアーシェから聞いて知っていたけど何も出来なかった。私たちは専門家ではない、ただ今を生きることに一生懸命な子供だよ。仕方ないことだった。
それにねアーシェ、私は他にどんな人間がたくさん死のうともアーシェが無事であればそれでいいんだ。アーシェが無事に長生きできて幸せであるならば 何を犠牲にしても構わないんだ」
「お兄様ったら えへへ…有難う。有難うにーに」
そう言うとセルティスの胸に顔を埋めた。
体が震えた。本当は怖かった。だってここはゲームの世界だけど私たちにとっては現実だから。自分が生きるために犠牲にした命が重かった。虐めない邪魔しない蔑まない!そう頑張っても結局はゲームの強制力で悪役令嬢となり誰も信じてくれる人がいなくなって皆に疎まれ死ぬしかなかったら、そう思うと怖くて仕方なかった。
前回の時『やり直す機会をくれ!』って言ったけど、今そのやり直す機会を得ても必死にもがいて頑張っても上手くいくとは限らない…。何かを1つ間違えて失敗してしまったら?そう思うと怖くて1歩が踏み出せない時もあった。私の野望に誰かを巻き込むことも怖かった、そのせいで誰かの人生が奪われたり死んでしまったりするのは耐え難い。だけど目的のためにセルティスやお父様、カンナたちを巻き込んだのだ、自分が生きるために。
今回そのセルティスが肯定してくれたことで少しだけ心が軽くなった。
深く空気を吸い込んだ、まだ志半ば、持てる力でこれからも挑もう、そう決意を新たにした。