1、そりゃないぜ
以前投稿したものです。R15で内容は変わりません。
そこは卒業パーティー。
「バーバラ・タングストン! 貴様はアリランに嫉妬するあまり度重なる非道な行いをしアリランを傷つた! 模範となるべき婚約者であり侯爵令嬢でありながら王家を貶めた。これ以上見過ごす事はできない!
スターチス国 第1王子 ウィリアムはバーバラ・タングストン侯爵令嬢との婚約を破棄する!」
「殿下、お待ちください! わたくしには何のことか分かりかねます、何かのお間違えでは!?」
「煩い!! 言い逃れするつもりか! そうかクリス! アリランにしてきた仕打ちを読み上げてやれ!」
「器物損壊、傷害、暴行、暴言、集団による暴行……………などであります」
「ですから、身に覚えがないと申し上げております」
「黙れ! まだ己の醜い罪を認めないかー!」
「きゃーーーー!」
階段の途中から突き飛ばされ落下していくバーバラ・タングストン侯爵令嬢。それをコマ送りのように見つめる人々。
1番下に落ちるとバーバラはピクリとも動かなかった。
「おい! おい…」
反応はない、ここは卒業パーティー、大勢の目がある場でウィリアム第1王子は婚約者である侯爵令嬢に危害を加えたかたちだった。
「ウィリアム殿下、動きません…如何致しましょう?」
そう聞くのはフィリップ・サンオス、彼はバーバラの頭の下に生温かい出血がある事に気づいていた。だが、ここで気づかれる訳にはいかないと感じていた。
「ば、馬鹿もの! そんなものは演技だ! 我らを貶めるための演技だ、空々しい。
私を貶める計略だ! はん! 捕らえて王宮の牢へ入れておけ!」
シーーーーーーン
『あれが演技のわけない…足だって変な方向向いてる』
「何をしているのだ! 早くしろ!」
「はっ!」
ダランとした体を2人の男が肩を持ち、引き摺りながら連れ出していく。
「キャーーーーーーーー!」
「えっ!?」
「キャーーーーーーーー!」
「うわぁーーーーーーー!」
周りの人間が何かを見て叫んでいる、視線を追えば先程まで倒れていた場所に血溜まりがあった。そこから連れられているバーバラを見れば頭から血を流しドレスを汚し、転々と血の跡が続いていく。バーバラが大怪我を負っていることは紛れもない事実だった。ウィリアム王子たちはそれを見て見ぬ振りをした。
「アリラン、これで君を煩わせるものは何もないよ、私が守ってあげるからね」
「嬉しい、ウィル」
2人は盛り上がっているが会場にいた者たちはドン引きだ。
自分たちの卒業パーティーが乗っ取られ断罪の場とかした、しかも流血騒ぎまで。本人たちはお花畑でやり切った感で満足してしているが、残された者たちは何とも後味が悪い。
「ねえ、バーバラ様って殿下たちが仰るようなことしてないと思うわ」
「私もそう思うわ、だって聞いたことないもの」
「それにバーバラ様は殿下と婚約なさって…こう言っては何だけど とても苦労されていたわ。もしあの嫌がらせが本当にしていたとしても仕方ないと思う。12年間も王家に拘束されて自由もなく王妃教育を施されて、殿下の学力を補うように厳しく躾けられて、来年やっとご結婚というタイミングで1年半一緒にいた程度の女に掻っ攫われるなんて我慢できない!」
「それにここだけの話、アリランさんは平民から男爵令嬢になったから貴族社会で上手くやっていけるように面倒見てやってくれって学園側から殿下に頼まれて、それをバーバラ様に丸投げされたのよ!
だけど、出来の悪い殿下をアリランさんを面倒を見ていくうちに、バーバラ様にくっついて殿下に纏わりつくようになって、何でも『凄い! 素敵です! 格好いい!』と褒め称え、『国を背負う重圧に1人耐えてらしてお可哀想、私ならもっと支えて差し上げられるのに』とか言われてコロッと態度を変えて、ご自分で面倒見るようになったの。普段から殿下のお目付役だったバーバラ様が疎ましくなっておいでだったみたい。だから今回のことって殿下の計略じゃないかって」
「しっ! 滅多なことを言ってはダメよ! どこで誰に聞かれているか分かったものじゃないのだから」
「そうね、でも少なくともアリランさんの取り巻き男連中は出て行ったから平気じゃない?」
「これからどうなるのかしら?」
「どういう意味?」
「だって、婚約破棄がどうなるかは分からないけど、あの殿下とアリランさんがこの国を背負っていくとなると…ねぇ?」
「そうね、不安だわ」
運ばれているバーバラはひどい頭痛と戦っていた。
痛い! 痛い! 痛い!
何これ!?
深い意識の底で必死に痛みと闘っていた。
フィリップは無理やり馬車に押し込めたバーバラの頭の下から未だ血が流れ続けているのをガタガタと震えながら見つめていた。シートに上半身だけ横たえダラリと落ちる手も足も全く力が入っていない。
主君であるウィリアムが黒を白と言えば白、そう教わってきていた。そのウィリアムから今回の話を持ちかけられた時、正直耳を疑った。
『自分はアリランを愛してしまった、だからバーバラ・タングストン侯爵令嬢との婚約を破棄する事に決めた。だが正攻法ではバーバラ嬢とは婚約破棄できない。だから卒業パーティーと言う子供だけの目があるところで罪をでっち上げ断罪し婚約破棄を周知させる事にする。お前たちは円滑に物事が進むように手伝うのだ。丁度卒業パーティーの日は外交で父上もタングストン侯爵も王都にいない、ここがチャンスなのだ、良いな!
私は自らが選んだ者と婚姻を結ぶ!』
それを伝えられたのは3日前。大変な事になりそうな予感、当然フィリップは父サンオス伯爵に連絡し指示を仰ぐ事にした。だが運悪くサンオス伯爵もまた国王の護衛で地方に行っていた。現地の護衛体制や現場の下見でその手紙が読まれたのは卒業パーティーの後だった。そしてそれが国王の耳にも入った。因みにタングストン侯爵は国務大臣として国王の同行していた為、同じタイミングで知る事になった。慌てて早馬を出し馬鹿なことをするなと止める書簡を走らせた。
牢の中のバーバラは未だ目覚めなかった。
「殿下、バーバラ嬢は未だ目を覚ましません。医者に見せたほうがいいのではないでしょうか?」
決死の覚悟で進言した。
「一体いつまで寝ているのだ! あの女は私の気を引きたいだけだ!」
フィリップやクリスの話を取り合わないウィリアムにとうとう声を荒げてしまった。
「殿下! バーバラ嬢は寝ているわけでも殿下の気を引きたくて具合が悪いフリをしている訳でもないと思います! バーバラ嬢は殿下に階段の上から突き飛ばされて頭から出血していました!」
「あれ位で血など出るものか 大袈裟な!」
「殿下! 卒業パーティーの場で、階段下に倒れたバーバラ嬢が 頭から出血し意識を失ったのを多くの人間が見ています。もし…万が一何かあれば殿下の責任を追求されます!」
「な、なんでだよ! アイツが悪いのになんで私が責められなければならないのだ!」
「殿下いい加減にしてください! 何が悪いと言うのですか!バーバラ嬢は殿下が仰ったことなどしていません! 殿下が罪を作り上げただけです! それが公になれば下手すれば殿下は王位継承者から外される可能性がございます! バーバラ嬢を医者に診せます、いいですね!!」
「大袈裟な……分かった、そうせよ」
なんだアイツ生意気だな、皆して私を馬鹿にして…やはりアリランだけが私の気持ちを理解し癒してくれる、でももう邪魔者はいない、なんて清々しい気分なのだ、私はやり切った。ふふふ いい気分だな。ほら見ろ、私はやれば出来る人間なのだ。
牢の中のバーバラを医者に診てもらったが、既にかなりの出血で体は冷え切り、意識もなく危険な状態だった。フィリップたちは血の気がひいた、もしこのままバーバラが死んでしまったら自分たちの身はどうなるのだろうか? バーバラはタングストン侯爵家の令嬢、その者に対する不敬で自分たちが処罰されるのでは!?恐ろしくてウィリアムに仕えなければならない身を呪った。
頭が痛い 誰か助けてー!!!
急に記憶が整理され始めてきた。これが走馬灯ってやつ?
アレ、走馬灯ってなんだっけ?
薄く目を開けると見たこともないドレスを着ていた。
おいおい、私はとうとうコスプレまで始めたのか!?
ああーーー、全然似合わねーつーの。
でもなんでコンクリートの上で寝てんの? せめて布団の上でしょ! あれ何か忘れてる………何だっけ?
私何してたんだっけ?
えーと、コミケに行って……、アスカちゃんと同人誌売って……、いっぱい買った同人誌や漫画持って帰る途中…紙袋が重さに耐えきれず破れ始めて…「宝がー!」と必死で落ちるのを拾おうとしたら…向こうから車が来て…、あっ死んだ? えーーー! まだ読んでなかったのに! 後で部屋にお迎えする儀式して正座してお部屋の同人誌たちに新しい同人誌を紹介してまずは1読、そして余韻に浸りながら続けておかわり1読、胸に抱きながら 反芻して内容を整理し脳内でキャラクターを動かしながら声をお気に入りの声優さんに当てはめ、今度は伏線やら服とか背景とかバッグとか細かくチェックし熟読しながら読み進める。その世界にどっぷりハマれそうなら気の向くままにおかわりを続ける、まだまだ次の巻は我慢我慢。次を読みたい気持ちを大切にしながら温めつつ頭の中ではこの次の展開を妄想しながらアナザーストーリー。5〜6回は読んだ後、いよいよ次の巻へ入る。そして自分の妄想と比較、ん! やっぱりいい!! あっ、このセリフならあの声優さんもいいな?
そんなパーリータイムを楽しむはずが…死んだのかこの馬鹿モンが!! どうせなら読んでから死ねよ! あーーーー、読みたかった読みたかったよぉ〜!!
あ゛あ゛――――!! アスカちゃんごめん次回のネーム私が考えるって死んじゃった。
で、あれ今 何してんだっけ? 何でこんなに頭が痛いの?
「バーバラ様! バーバラ様 しっかりなさってください!! お父上のタングストン侯爵にもきっと伝わったはずです! どうかお父上がお戻りになるまでは持ち堪えてください!!」
ん? 私に向かって言ってるよね、あの人… バーバラ様? バーバラ・タングストン… 誰が? 私か!?
あの顔も記憶があるぞ? んーーと、フィリップ・サンオスだ。えっ? そうだよね?
待て待て 何か引っかかる。
あー! アレだ 『スターチスの秘宝 アリランの愛』……? アレ? って事はバーバラ・タングストンは悪役令嬢だ。何で私にバーバラ? あー、そう言うこと? 転生ってやつ?
マジかー、私悪役令嬢バーバラ・タングストンに転生したんだ。えーと イベントは何だっけ? ヒロインは んーと、アリランで誰とくっつくって、あれ? 何だこの場面…記憶だよね…、って あれ もう断罪終わってんじゃん。王子の正規ルートなんだから 私は当然 処刑か国外追放だ! えっ!? 処刑!? 国外追放!? そりゃないぜベイベー、断罪終わってて…今 牢屋の中じゃん! 手遅れだっつーの! これから何が出来るって言うんだよ!
はぁぁぁぁ、このドレスって。卒業パーティーのだよね…、牢屋のシーンなんてあったっけ?
でもまあ、今からでも出来ることがあるかもしれないから、物語のおさらいをしておこう。
私 転生する前は、永山 楓 27歳 趣味に全てをかける喪女(大きなお世話だ)
小学生の時からアニメの世界にどっぷりハマり、小学生の低学年でお気に入りのキャラクターを模写し、高学年にはオリジナルの漫画を描き始めた。今にしてみれば黒歴史だが、それも密かに実家の押し入れの中に封印してまだ残している。自分の世界に入り込み妄想に耽る日々は私的には大満足だったが、周りにはかなり引かれていた。『あの子ってちょっと変わってるよね』うん、知ってる。それが分かっていても明るい世界に飛び込む勇気はなかった。
隣の席の学級委員が体育祭の練習に励むクラスの皆にハチミツレモンを持ってきてマドンナとなる頃、私は密かにそれをネタにあははウフフの恋愛漫画を描いていた。
目だ立たず人々の記憶に残らず空気のように存在しネタを集める、高校、大学でもそれなりにオタク仲間はいた。だけどスマホと言う神器を手にし世の中には数多の漫画にネット小説が溢れ、1人でも満喫できる素晴らしきかな人生、コミケに行って 心からの友に出逢う、なんでも話せるし、一緒にネームを考えたり、萌えポイントを語り合ったり妄想で熱くトーク、 ビタって会う友達アスカちゃんに出逢えて幸せだった。
働いて得たお金は趣味に全投入、8枚切りのパンを10日食べて食い繋いでもヘッチャラ、稼いだお金は推しに使う為に節約しいつの間にか、なんちゃって料理も得意になった。でも基本はお腹が少し膨れればそれで良かった。身の回りのことには気にせず好きなものをただ只管愛でる!そんな人生を27年間歩んで死んだらしい。
そして今は牢屋の中、これってちょっと酷くありませんか?
せめて転生したなら、やり直す時間くらいくれてもいいでしょうが! 悪役令嬢に転生しても虐めず大人しく断罪されない人生歩ませてくださいよー! しかも冤罪どころか、罪をでっち上げられ、無実を訴えたら突き飛ばされて転落事故……、はーついてなっ!
イタタタタタタタタタタタ!! 何だこれ!?
うわぁぁぁぁぁぁぁ、頭の中に膨大な量のデータが流し込まれてくる。それと同時に力が漲る、何が起きてるの? 少し時間が経つと 私 永山 楓の記憶の他にバーバラ・タングストンとしての記憶も鮮明になり始めた。
ああ、そうか 今記憶が同期されている状態なんだ。永山 楓とバーバラ・タングストンが1つに融合している…。私と言うベースの上にバーバラの学んできた事や常識、魔法技能などが上書きされて今、バーバラ・タングストンとなる。そうか、この世界では永山 楓が異端児でバーバラ・タングストンが主人格なんだ。
同期とアップロードが済んだようだけど、スッキリしたのは頭の中のことで体は未だ動かない。ひどい頭痛も今なお私を苦しめている。
「残念ですが、保ってあと1日と言ったところです。出血が多く未だ意識が戻らないところを見ると手遅れでございます」
「そ、そんな、 何とか治せないのか!?」
「回復魔法も効果はないでしょう、既に脳の機能は停止しているようです」
「嘘だ! 助けてくれ! こんな筈ではなかったのだ! 不味い不味い不味い!」
「クリス落ち着け!」
「フィリップ、お前だって分かっているだろう? こんなのやり過ぎだよ! 大体相手はタングストン侯爵なんだぞ? あの方が反旗を翻したりしたら…! 殿下はまだ王位継承者第1位ってだけで王太子の任命も受けていない、ただの王子だ! 冷静に考えれば何の落ち度もない侯爵令嬢を貶め危害を加え命を奪ったとなれば…お前も私も切り捨てられる、どうしたらいいんだ!!」
「…殿下に報告するしかないだろう! 私たちの範疇ではない!」
「殿下は初めての恋に溺れて冷静な状況把握が出来ていない!こんな事って…、もう何もかもが手遅れかもしれない……。下手したら俺たちに罪をなすりつけるかもしれないんだぞ!!」
「そんなこと言うなよ…下っ端の俺たちに何が出来たって言うんだよ! 言われた通りするしかなかったじゃないか! 無かったじゃないか…あああぁぁぁぁぁぁ!!」
2人は牢に前でガックリと項垂れ涙を流した。
タングストン侯爵が愛娘が収容されている牢に着くとバーバラは既に死んで冷たくなっていた。硬い床の上で夜会服に身を包み、汚い牢屋の中、手折られた花のようにただ横たわっていた。バーバラ・タングストンは17歳でその短い生涯を終えた。後頭部に貼られた布には赤黒い血の跡が見え、華美なドレスにそぐわなかった。血の臭いが纏わりつく。
動かなくなった娘を抱きしめて咽び泣く父、抱きしめた腕の中から滑り落ちた腕を目で追うと指先は爪が剥がれここにも血の跡がついていた、それが気になり娘を抱き上げ牢の中を見回せば、床に引っ掻いた跡と爪が落ちていた。痛みに必死にもがき苦しんだ跡が見てとれた。ここで必死に痛みに耐えもがき苦しみ絶望し、理不尽な暴力に適切な処置もなく放置され死んでいったのだ。バーバラの痛みが我が事以上に痛苦しく感じ復讐の炎を激らせた。
永山 楓 27歳 転生して3日でバーバラ・タングストン17歳の生涯を終えた。