追放されたくないのでロリ姫様の胃袋を掴むことにしました。
「異世界より来た料理人、タカを追放刑に処す」
兵士や貴族でごった返す大広間、偉そうに玉座に座ったヒゲの王様が言った。
「罪状は『無能罪』。勇者召喚という特別な儀式によってこの地に降り立っておきながら、レベルもステータスも最低、固有スキルも『ランダム食材召喚』というわけのわからぬもの。当然だがこれでは勇者たりえぬ。儀式のために消費した人的資源や供物の費用を考えれば、銅山で死ぬまで働かせて少しでも元を取りたいところだが、正直同じ国に置くのはもちろん顔を見るのも嫌なほどにムカついておる。よって追放刑に処す。よもや不服はあるまいな?」
「いやいやいやいやいやいやっ」
さすがにそれはないだろうと、俺は全力で不服を申し立てた。
「人を勝手に呼び出しておいて使えないから追放とか悪魔かよっ。人権とか人情って言葉はこの国にはないの? それともあんたが枕もとに置き忘れて来ただけ?」
──貴様、無礼であろう!
──王に対してなんたる暴言、許すまじ!
兵士たちが顔色を変えて詰め寄って来る。
料理人としてはけっこうな腕前だがケンカのほうはからっきしな俺は、なすすべなくその場に取り押さえられてしまった。
鎧を着た男数人がかりで床に抑え込まれて、かなり苦しい。
「わかるけど! 王様に対して言うこっちゃないとは思うけど! でもこれはさすがに言ってよくない!? 右も左もわからん異世界で追放とか、それ死ねって言ってるのと同じじゃん! そもそもがおかしいんだよ! たくさんの人やお金をかけて失敗したのは全部あんたらの問題だろ!? 俺のどこになんの責任を求めるわけ!? 追い剥ぎした相手が貧乏だったからキレる山賊ぐらい理不尽な理屈だろうが!」
──王を山賊に例えるだと!? なんたる無礼な!
──ええい殺せ! 殺してしまえ!
兵士たちはさらに激怒し、数人が剣を抜いた。
王様の命令があれば、即座に斬って捨てようという構えだ。
「やめよ。神聖なる玉座を血で汚すでない」
王様はひらひら手を振ると、めんどくさそうに言った。
「下賤な言葉遣いに態度。こうして見ているだけでも不快だが、一度は勇者候補として召喚した者。軽々しく殺すことはできんのだ。そんなことをすれば異世界の神の不興を買ってしまうからな」
あー、異世界の神に頼んで召喚させてもらった手前、いきなり殺したら怒られるって理屈か。
人の世界の生物をなんだと思ってんだと、次から送ってやんねえぞと。
なるほどなるほど……となると、これは意外につけこめるか?
俺は頭をひねって考えた。
向こうには向こうで事情があるのでいきなり俺を殺すことはできない。
ならば勇者としてモンスターを倒す以外の方向で有用さを見せつければいいというわけだ。
正直、この国も王様も大嫌いだし一秒だって長居はしたくないのだが、中世ヨーロッパ的世界に無一文で放り出されたらたぶん普通に死ぬ。
餓死か奴隷か、モンスターに殺されるか、きっとろくな死に方はできない。
「となると……」
抑え込まれながらも懸命に首を伸ばして辺りを見渡すと、不意にそれが目に入った。
兵士のおっさんが肩に担いでいる見慣れた機材。あれは……。
「なんだあれ……もしかしてテレビカメラ? え、こっちの世界にもあんのっ?」
「ほう、遠見の水晶を知っておるのか。クソザコなめくじのくせに学はあるのだな。それともそなたの世界ではあれが標準的な魔法具なのか?」
言い方は跳び蹴りしたくなるほどムカつくが、これは極めて貴重な情報だ。
「遠見の水晶……つまりは遠くにこの場の映像を送る道具ってことだよな? この状況を見ている奴がいるってことだ」
「その通り」
俺の推測に、王様はうむとばかりにうなずいた。
「遠見の水晶による娯楽産業は、我が国の主要な産業のひとつにもなっているのだ。貴族士族などの裕福な家はもちろん、街頭にも配置して国民に娯楽を提供している。勇者召喚などここ十年はなかったことだからな。みなが興味深く見守っているというわけだ」
勇者召喚を娯楽にすんな。
しかもその娯楽の延長線上で追放刑にすんな。
心の底から思ったが、今はそれどころじゃない。
そうだ、娯楽だ。
娯楽があるところには必ず金が産まれる。
しかもすべての主要都市に生中継するほどの力の入れようだ。
そこに食い込めれば、これはワンチャンあるぞ。
「王様にお願いがありますっ」
「なんだ、急に丁寧な言葉遣いをして」
「俺……ではなくわたしは、向こうの世界でユウチュウバアをやっておりました。視聴者200万を超えるチャンネルで、年間に億近い額を稼いでおりました」
「ゆうちゅうばあ……? しちょうしゃ200万……?」
「向こうの世界における遠見の水晶を使った映像配信のプロだということです。それによって巨万の富を得ていたということです」
「ほう、プロとな。しかもそれで巨万の富を得ていたとな?」
金の匂いを感じ取ったのだろう。
王様が前のめりになって聞いてくる。
「どのようにやっていたか、申してみよ」
「ええ、語って聞かせるのは簡単ですが。もっと簡単なのは実際にやって見せることかと……」
形勢逆転ににやりと笑った俺は、王様に料理番組の生配信を提案した。
◇ ◇ ◇
コックコートに着替えた俺がお城の厨房に移動すると、そこにはすでに大量の観客が待っていた。
貴族士族の紳士やご婦人、子供たちが集まって、わいわいと騒いでいる。
遠見の水晶を構えた兵士の前に立つと、俺はにこっと笑顔を浮かべた。
「さあー始まりましたっ! 異世界より召喚されたタカ兄さんによる『異世界極楽レシピ』のお時間です!」
有無を言わせぬ勢いで、俺はどんどんまくし立てる。
自分が異世界で料理人をしていたこと。
料理配信を行い、けっこうな人気者になっていたこと。
こちらの世界にはない珍しい料理を作り、レシピを披露してご家庭の食卓に料理革命を起こしたいと思っていることなどを、べらべらと喋りまくった。
「そして今日ご試食してくれるのはこの方! 御年9歳、王国第三王女のレム様です!」
「おーっ、食べるぞーっ」
俺が紹介すると、隣に立っていた女の子が小さな拳を可愛らしくつき上げた。
実際レムは可愛かった。
背中まで届く金髪、くりっとした碧眼。
王様とは似ても似つかぬお人形のように綺麗な顔立ちで、しかもやることなすこと天真爛漫。
このコの日常を配信するだけでも相当な視聴率が稼げそう。
「さあタカ、早く作るのだ。わらわは腹が減っておるのだぞ」
レムは俺の着ているコックコートの袖を引くと、子供らしいワクワクと腹ペコ感じに満ち溢れた目を向けて来た。
いいねー、いいよいいよー。
普段は見ることのできないお姫様の、可愛らしいリアクション。
これは大人たちに人気出るわ。
っていうか王様がニコニコだわ。
親バカ炸裂で、撮影してる兵士にいろいろ注文つけてるわ。
よしよし、上手いことレムに取り入れば俺の身の安全にもつながる。
これは一石二鳥の作戦だぜえ……(ニチャア)。
気をよくした俺は、すかさず料理に入ることにした。
テンポよく手順よく、これが料理配信のポイントだ。
「さて、では今日作りますのはー……この食材を使った料理ですっ」
と、ここで固有スキル『ランダム食材調達』を発動。
調理台にドサドサドサっとばかりに現れたのは……。
ええと……丸パンにレタス、トマトにケチャップ、マスタードにバターに塩にウサギ……三つ目のウサギ? モンスターの一種かな。難しいことはわからんが、ウサギはウサギだろう。
「ほうほう、これで? これで作るのか?」
三つ目ウサギを物珍しそうに眺めるレム。
「ええ、すぐできますからねー。待っててくださいねーっ」
レムに離れているように言うと、俺はさっそく料理に入った。
いやあしかしいきなり、ドラゴンとか出て来なくて助かったわ。
あんなのどうやって捌いたらいいのかわからんが、ウサギなら余裕だ。
料理もまあ、あの食材からならこれしかない。
そう、子供大好きハンバーガーだ。
丸パンを横に三つに割り、上下ふたつをバターを溶かしたフライパンで焼く。
真ん中のひとつを生パン粉にし、三つ目ウサギのミンチ肉と塩と合わせてハンバーグにする。
あとは適当に焼いて丸パンで挟んではいおしまい。
「名前はそうですね。ウサギ肉だから『ラパン《ウサギ》バーガー』ってところでしょうか」
「おおおおーっ」
レムは目を大きく見開いて驚き、周りを取り囲んでいた見物人たちも物珍しそうな声を上げている。
ハンバーガーの起源は13世紀の騎馬民族タタール。
そこからじっくりと発展していった文化だから、こちらの世界の人たちはまだ知らないのだろう。
「さあレム様、お召し上がりください」
「じゃあいただきまーっす」
大きく口を開けたレムが、がぶっと勢いよくラパンバーガーにかじりついた。
「美味ああああ~いっ」
次の瞬間、レムの瞳の中で星が瞬いた。
「パンが柔らかくて、お肉もジューシーでコクがあって最高っ。調味料も今まで食べたことのないもので、酸味と辛みが絶妙でホントに美味しいっ。美味しいぞタカ、褒めてつかわすっ」
お口の周りをケチャップでべたべたにしながら満面の笑顔を浮かべるレム。
「は、ありがたき幸せにございます」
胸に手を当ててそれっぽい一礼をすると、俺はレシピの紹介とポイントを説明した。
ケチャップとマスタードの作り方、ハンバーグのつなぎなどをわかりやすく丁寧に。
レムとのコンビも良かったのだろう、この日の配信は過去最高の視聴率を叩き出したらしい。
次の配信を求める声もまた凄まじく、俺は無事に追放刑を逃れることができた。
そして……。
「さあー始まりましたっ! 異世界より召喚されたタカ兄さんによる『異世界極楽レシピ』のお時間です! 第二回の今日も、レム様に来ていただいております! またレム様のご友人である公爵令嬢フレッカ様も、特別ゲストとしてお呼びしております!」
「おおーっ、今日も食べるぞーっ」
「ほ、本当にわたくしも出なければならないのですかレム様?」
赤毛のハーフアップの女の子が(これまた可愛い)がおどおどとレムのドレスの裾を掴むが、レムはまったく気にしていない様子。
お姫様らしい無邪気さでフレッカの手を握ると、一緒になってつき上げた。
「フレッカも食べるぞ、おおーっ」
「お、おおーっ? え、本当に?」
レムたち子供たちの可愛さと俺の番組作りが奇跡的なマリアージュを生み出したこのチャンネルは驚きの人気を誇り、異世界に一大旋風を巻き起こすこととなる。
ますますレムに気に入られた俺はお付きとして重用され、やがて重臣へと取り立てられ、国家料理人として国難へと立ち向かうことになるのだった。
これは、ウソみたいなホントの話。
カクヨムさんにて「料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト」に参加しております。応援していただけると嬉しいです(/・ω・)/
あ、反響あるなら連載もしたいです(*´ω`*)