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どこ行ったんだろう、いま、なにしてるんだろう……

「……」

 缶チューハイを片手に、本荘(ほんじょう)都尋(みひろ)は真夏の真夜中の公園に迷い込んだ。ふらり、ふらりとおぼつかない足取りで。

 崩れたメイクと色濃い隈、疲れを顔に滲ませながらも、ぼさぼさの長髪を揺らし、そこまで広くないこの場所の、隅にあるベンチを目指す。

 本当は、今すぐ座りたかった。足が鎖でも付けられたかのように重たくて、今にも動けなくなってしまいそうだったから。

 なりふり構わず寝転がって休みたかった。仕事が終わらず終電を逃し、タクシーで帰るのに必要なだけのお金もホテルを探す気力もなかったから。

 けれど、さすがにいい歳の大人がそんなことをすることは許されない。だから、どこか一晩過ごしても問題なさそうなところにたどり着くまでは、立ち止まることができなかった。

 薄暗い道をほんの少しだけ離れた場所にあるその空間は、他の場所よりもぼんやりと明るい。その明かりに導かれてここまでたどり着いた都尋だったが、その中を重苦しい雰囲気を背負いながら歩く彼女の姿は、死者の歩みを彷彿とさせる。彼女がここに来る前に訪れたコンビニでは店員に「大丈夫ですか」と心配され、ここに来るまでの道のりですれ違った数少ない通行人には怯えの目線を向けられるほどだった。

「はぁー……」

 ようやく、倒れ込むかのようにベンチに座り込んだ都尋は、かしゅり、と缶チューハイを開けて喉に流し込んだ。

「ぷは……おいしい」

 微笑みひとつ浮かべずに掠れた声で呟いて、その声だけで笑った。頰にはいつの間にやら一筋、跡ができていた。

「……このまま眠って、二度と目覚めなければいいのに」

 滲む視界をまぶたで閉ざして、都尋は再びアルコールをあおる。そうすれば自分の望みが叶うとでも言いたげだった。

 ――そこまで彼女が追い詰められているのも、仕方のないことかもしれない。

 仕事を大量に押し付けられては抱え込み、他人の失敗をなすりつけられては誤解を解くために奔走し、彼女の負担は日に日に増えていくばかり。まともに帰れなくなったのは今日が初めてだが、今までもギリギリ間に合った終電でなんとか帰宅する日が多かった。

 助けを求めようにも、周囲には頼れる人がいない。……というよりも。

「よく話してた人は、みんないなくなっちゃったしなぁ……」

 そう、職場を去ったのだ。

 どのような経緯で仕事を辞めていったのかは分からない。けれどもしかしたら、お互いに助け合っていたときには、相手の方になにか仕事が押し付けられていたのかもしれなかった。都尋の仕事量があからさまに、数人が仕事を辞めたからという理由だけでは説明しきれないほど増えたのは、仲の良い同僚や先輩が去ったあとだったのだから。

「いなくなったみんなの分も働け、なのかもしれないし、ほんとのところは分かんないけど……。

 ――横関先輩、元気かなぁ」

 横関も、最近いなくなった人のうちの一人だ。

 都尋が最も慕っていた先輩で、横関自身も後輩の中で最も仲が良いのは都尋だと思っていたらしく、いつも『都尋ちゃんは頑張り屋さんだからねぇ』『なんかあったら遠慮なく相談するんだよ?』と話しかけていた。表情が目まぐるしく変わり、傍目には感情をストレートに表現するのだと思われていた人だった。けれど笑顔がとても印象的で、大体の人が『いつでも笑っている気がする』と語るような人だった。横関と過ごす時間が比較的長かった都尋も、そう感じていた。

 けれど都尋は、横関がいなくなってからの僅か数日で、自分の記憶が確かだったのか不安に思えてきた。

 ころころと目まぐるしく表情を変える顔、その目の下は、化粧を厚くして(隈を隠して)いなかっただろうか。

 社内の人々や自分が見た、その人のたくさんの笑顔は、作り笑いではなかっただろうか。

 その人の退社時間はいつだっただろう。ちゃんと休んでいただろうか。自分をはじめとする後輩を気遣いながら、本当はその人自身が助けを求めたかったのではないだろうか?

 ――考えても仕方がない。

 分かっていても、思考は流れ出すと止まらない。酔いのせいもあってか、考えはよりよくない方へ、悪い方へと向かっていく。

「横関先輩だけじゃない……同期の遥楓も、飛鳥も。他の先輩方だって。どこ行ったんだろう、いま、なにしてるんだろう……まさか仕事が辛すぎるから、なんていって自殺したり、してないよね……」

 永遠に続きそうでもあった都尋の思考は、疲れと酔いが誘った睡魔に断ち切られる。

 止まりそうにない涙をそのままに、うつらうつらと、都尋は夢のない眠りへと落ちていった。

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