第九十九話 一つだけ約束して
「俊也くん。魔法の使い方を教えてた時にあげた、あの手袋を持ってきてくれない~?」
「えっ? ああ、あれですね。わかりました」
ディーネが言っているのは、炎の魔法を使う時に必須の、断熱性に優れた手袋のことだ。それで何をするつもりなのか分からないが、俊也は言われた通り自室から持ってきた。
「これですよね。この手袋にもいつも助けられています」
「そう……よかった。じゃあちょっとだけ借りるわね~」
手渡してもらった魔力が込められた遮熱の手袋に、ディーネは手に持っていた二つの赤い魔玉をそれぞれそっと置いた。不思議なことに魔玉は、まばゆい赤光を放つと手袋に溶け込むように消え、その後には真紅の手袋が出来上がっている。
「ディーネさん? これは?」
「うん、成功成功~。よし、俊也くん。この手袋を着けてちょっとついてきて~」
(???)
はっきりしたことを言わないのでよく分からないままだが、ともかくも、また言われるままに俊也はついて行くことにした。
外の日差しはまだまだ真夏のものだが、吹く風は秋のものに代わりつつある。しかし、歩くと当然暑く、すぐ汗が吹き出てしまうので、俊也は薄着で、ディーネは日よけの魔女らしいつば広ストローハットを被っている。色は白っぽい。
言われるまま歩いてきたのは、教会からほど近い野原で、そこそこ大きな岩がいくつかある。
「あの岩がいいわね。俊也くん、ファイアの魔法を念じて使ってみて~」
「えっ!? でも、刀を持ってきてませんよ?」
「違うの~。そのためにその真っ赤っ赤な手袋を作ったの~」
「あっ! そういうことだったんですか!」
ディーネがどういう物を作ってくれたのか、そこでようやく理解できたので、俊也はファイアの魔法を掌に念じ、炎を発生させた。煌々とした炎の球が手中にあるが、真紅の手袋の効果で熱さは感じない。
「グッド。じゃあ、あの岩が手頃ね。撃ってみて」
「撃つ……こうかな。ファイア!!」
炎の魔力の念と共に、岩に狙いをつけ契機となる発声をすると、手の平大ほどの炎の球は高速で飛んでいき、岩へ、そのままの勢いで当たった! 威力はなかなかで、岩の一部を溶かし大きな焦げ目を付けた。
「エクセレント! 俊也くんならすぐ覚えると思ってたわ~」
「これは……!? ありがとうございます! 何から何まで……」
思えばディーネに出会わなければ、木刀が刀に変わらず、魔法も習得できず、俊也はこの世界で何も出来ていなかったはずである。今までのことを思い出して彼は本当に感謝をしていた。
「いいのよ。でも……一つだけ約束して。必ず無事に戻って来るのよ」
そう俊也の手を優しく握ったディーネにいつもの妖艶さはなく。代わりに、危地へ向かおうとしている弟を見送る姉のような美しく憂えた顔をしている。