第九十三話 浅黄色の天使
周囲でオーク達と斬り結び、俊也を援護していたテッサイだったが、大方のオークを片付け、気がかりにしていた俊也に加勢しようと来たときには、事が既に済んでおり呆気にとられたほどである。
「助けてはやるが、その前に聞きたいことがある」
「何でも言う! た、助けてくれえ!」
「建屋の中には何がある?さらったマズロカの村人もいるのか?」
「奪った食い物と金目の物、それに……人間の女がいる」
「人間の女」それを聞いた俊也の眼は、日本でも異世界においても今まで見せたことがない、怒りとも憎悪ともつかない異様な光を帯びている。歴戦の手練であるテッサイが見ても鳥肌が立つ眼で、それに見据えられているハイオークの恐怖は、いかばかりだろうか。
「おい……その女性に手は出してないだろうな」
発する言葉は静かなものだったが、俊也の刀はハイオークの首に狙いがつけられており、返答によっては素首は躊躇なく切り落とされるだろう。
「してねえ!! してねえ!! 殺すのは勘弁してくれえ!!!」
俊也はまだ異様な眼で静かに見据えていたが、大獅子が力を抜いて眠りにつくように構えを緩め、
「建屋へ案内しろ」
と、恐怖でパニックに支配されたハイオークを操っている。
(こうなっちまったか……まあ遅かれ早かれだよな)
一連の様子を見ていたテッサイである。歴戦の彼の経験からは、何かしら合点がいく所があったらしく、意味深な含みを考えながら俊也の後に続いた。
ハイオークが根城にしている建屋の中には確かにマズロカの女性がいた。2人である。命がかかった豚の化物は正直に答えたようで、その女性達はここまで何もされておらず、話を聞くとオーク達の身の回りの世話だけをしていたらしい。
俊也たち討伐隊は、ハイオークが一応の誠意を見せたと判断し、マズロカへ略奪はもうしないことをしっかり約束させ、女性達と金品をマズロカへ返した後、カラムの町へ帰っていった。もちろんマズロカの村人の喜びは相当なもので、俊也は文字通り救世主に祭り上げられ、食べきれないご馳走と酒(俊也は飲めない)が振る舞われた。
「よかった……おかえりなさい、俊也さん」
「ご無事でしたね……おかえりなさい」
俊也の無事に薄く涙を浮かべた美人姉妹は、天の使いかと見紛うほど神々しい、浅黄色の修道服を着た姿で出迎えている。彼女たちに俊也がプレゼントした特別な反物で仕立てたものだ。2人の天使に手を握られた彼は、それだけで旅の疲れと血の生臭みがかかった心が癒やされていくのを感じた。