第九十話 受け取ってくれますか?
「お久しぶりです。もうすっかり傷はよくなったようですな。よかった」
トクベエは心からそう思い、俊也の快復を喜んでいるのだが、セイラとサキはそう受け取ってはいない。この人が来たということは、また俊也が瀕死に追いやられた危地へ向かえと言ってくるのは目に見えている。
「菓子折りをまた持ってきました。受け取って頂けますか?」
「いえ、そのままおひきと……」
「受け取ってあげて下さい」
「えっ……俊也さん? でも……」
トクベエに警戒心をあからさまに表している美人姉妹に代わり、俊也が心ばかりの菓子折りを受け取った。それに感謝したトクベエは、深々と頭を下げ礼を示している。
「ありがとう。そして俊也さん、また頼みに来ました」
「分かっていますよ。マズロカに行きます。俺がどうしても解決しないといけないことです」
「「いや……俊也さん! ちょっと待って下さい!」」
心配のあまりセイラとサキがほぼ同時に同じことを叫び、美人姉妹は俊也の手をつなぎとめるように強く握った。俊也はありがたいことだと思ったが、少し困ってもいる。
「ありがとう。セイラさん、サキ。でも前の俺とは違う。それは分かってくれるよね?」
「……そうですが……行かせたくありません」
「そうよ! 依頼を断って! 俊也さん!?」
俊也はセイラとサキの懇願するような熱っぽい美しい目に戸惑ったが、首を横に振り、彼女たちのつなぎとめをどうやったのか器用に外すと、様子をじっと見守っているトクベエに話しかけた。
「メンバーの編成はどうなっています? テッサイさんはいますか?」
「もちろん。前回の編成と一緒になります。出発は2日後です。お願いできますか?」
「はい。準備は既にしていました」
「ありがとうございます」
淡々としたやり取りの中でトクベエは俊也の立ち居振る舞いをそれとなく窺っていたが、無駄のない落ち着きが感じられ、以前の俊也ではないことが剣の心得が薄い彼にも理解できている。
俊也の顔貌は臆する様子がないが、見守り待つことになる美人姉妹の心労は尋常ではないだろう。
テッサイら、前回の討伐隊のメンバーと共に、俊也は馬でカラムの西方にあるマズロカへ向かった。テッサイは俊也に久しぶりで会うなり、彼の短期間における普通でない変化にいち早く気づき、
「あれ……本当に俊也だよな?」
という、第一声を発したようだ。俊也は笑って「間違いなく俺ですよ」と返し、その時、テッサイと堅い握手を交わした。