第八十九話 一回り大きく
俊也の修行が終わると、ほぼ同時期にソウジの仕事も大方が済み、半月滞在したトラネスから我が家が待っているカラムに戻ることになった。俊也は美しい川面の流れをじっくり目で追った後、ソウジの商団の護衛を行いながらトラネスを去っている。
護衛とは言っても、帰り道においても別段何事もなく、整備された街道を順調に進みカラムに帰還することができた。
「あっ!? やっと帰ってこれたんですね! おかえりなさい!」
「おかえりなさい……あれ? 俊也さん?」
教会まで戻ると、俊也の帰りを待ち望んでいたサキが我慢できず一目散に駆け寄り彼の手をまず握った。マリアも安堵の微笑みを浮かべながら、俊也とソウジ、セイラに近寄っていたのだが、彼女は今までの俊也と雰囲気が少し違っているのに気づいたようだ。
「どうしました? マリアさん?」
「ええ……何か俊也さんが一回り大きくなったような気がしたので……そんなことはないですよね」
「なに? 俊也さん太ったの? トラネスで美味しいものをたくさん食べたんでしょ~?」
「いや、その大きくなったじゃなくてね」
変わらずあっけらかんとした明るさがチャーミングなサキである。彼女の和ませる明るさに一同がよく笑った後、教会へ入って土産と土産話を広げ、故郷カラムへの帰還を喜んだ。
数日が経った。もう夏がまっ盛りである。
トラネスでの修行の疲れも取れた俊也は、師イットウサイの言葉と与えられた目録のことが常に頭にあり、剣術の研鑽により心身を磨くことに、その日も余念が無い。教会の広い裏庭で愛用の刀を用い、型の稽古に励んでいる。修行を受ける前の俊也の型も素晴らしいものであったが、今やっている型稽古は、無駄な動きがさらに削られ、何も剣術を知らないセイラとサキも吸い込まれそうになるほど美しいものであった。
「すごい綺麗……トラネスに行ってる間に何があったんです!? 前と全然違いますよ」
「俊也さんはね、イットウサイ先生という方の所で厳しい修行をしたのよ」
「そうです。先生のおかげでここまで到達出来ました」
多くを語らずそうとだけ俊也は言うと、刀をゆっくりと鞘に収め、短いながらも濃密だったイットウサイとの修行の日々を思い出している。
そのように振り返り俊也は遠くを見ていたが、その目線の先にある人影が見えるのに気づいた。彼にとっては来るのを待っていた人だが、加羅藤の美人姉妹には未だ敵と同様である。
その人は、カラムの町長トクベエであった。