第八十七話 この子が息子であれば……
修行が後半に入って以降、俊也の動きも顔貌もまるで変わった。表情自体は落ち着いているのだが、先の先を見るような眼で稽古中も稽古後も過ごしている。所作においても無駄な粗さが今までより格段に少なくなった。
そして修行の最終日……。
「面!!」
今までどう打ち込んでも、払い、いなされ、咎めるように強烈な返し技をお釣りにもらっていた俊也だったのだが、その日のその一本の面だけは違った。完全にイットウサイが防御に回って受け止めたのである。
(この一本が出たか……)
防ぎつつ、鍔迫り合いに持ち込みながらもイットウサイにはまだそう考える余裕は十分あるのだが、ここまで俊也の成長が早いとは、短い期間ながら師となった彼も全く思わなかったようだ。周囲の門人に至っては、何が起こっているのか理解ができない顔をしている者も多い。
両者はしばらく鍔迫り合いから相手の呼吸を見ていたが、イットウサイがするりと小手を降ろし、剣圧を全て収めたので、俊也も怪訝に思いながらそれに倣った。
「キリがいいだろう。修行はここまでだ」
「えっ……。終わり……なのですか?」
紙が水を吸うようにイットウサイに鍛えてもらい強くなっていっている自身が、俊也には今面白くて仕方がないのだろう。まだ時刻が午前中でもあり、明らかに物足りない顔をしている彼を見て、イットウサイは若い頃の自分と重ね合わせ、慈しむように俊也の頭をなでてやった。
(この子が私の息子であればどれだけ良かったか……)
イットウサイは俊也を慈しみながら考えていたが、娘のユリや門人達の手前、それを言葉に出して言うことはできない。俊也は頭を撫でられながらキョトンとしていた。顔は修羅から普通の青少年のものに戻っている。
「俊也君。慢心などではなく考えてみてほしい。今の君が以前負けて大傷を負わされた相手と対峙し、戦ってどうなるかを」
「!? ……はいっ!!」
俊也はマズロカ村の森で戦ったハイオークを敵としてイメージし、目を閉じて心の中で自分と再び対峙させている。その中に慢心はなく、正確にハイオークの力量と俊也の力を戦わせた結果、どのような状況でも今の彼には負けがなかった。
「どうあっても勝てます……!!」
「それでよし! では……ユリ! 昨日言っていたあれを持ってきてくれ!」
「わかりました」
何のことだろうと、俊也はユリが錬成場から出ていくのをやや気が抜けた様子で見ていたが、彼女が持ってきた物に、俊也は飛び上がらんほど感動することになる。