第八十六話 修羅の覚醒
イットウサイとの稽古は日に日に激しさを増し、稽古後の俊也の疲労も甚だしさを増した。セイラは変わらず俊也の体力回復を行うため、キュアヒールの魔法をかけに来ているが、疲労で動けなくなっている俊也を見る彼女の心配も尋常ではない。
「俊也さん……もう充分ではないんですか? ここまで激しい修行をしなくても……」
「……いや、まだまだです。なんとかついていかないと……」
イットウサイが互角稽古をつけるようになって5日目までは連日、俊也とセイラはそのようなやり取りをしていた。ユリを含めた周りの門人は、疲労困憊でもイットウサイについていけている俊也の剣才が本当に信じられず、尊敬を通り越して畏怖のような感情さえ抱き、黙って見守るばかりである。
そして互角稽古6日目。半月ある稽古期間の後半に差し掛かかったその日、俊也の動きが覚醒仕掛けていた。
「おおおっっっ!!」
気合声を発しながら、イットウサイの凄まじい打ち込みを身に受けるばかりであった俊也が、師の面打ちをかろうじて一本払うことができたのだ。
(ほう……もうここまで掴んできたか)
稽古をつけているイットウサイもこれには驚いた。俊也の剣才が非凡を大きく通り越しているのは最初から見抜いていたが、これほどの鍛え甲斐があるとまでは彼も思っていなかったようだ。周囲の門人も驚愕という表現では言い表せない目で、二人の稽古に注目している。
「…………」
「…………」
一つ面を払われたイットウサイは、少し距離と時間を置き、静かな正眼の構えで俊也と対峙した。なるほど……と、愛弟子の素晴らしい成長を喜ぶ目で師の彼は、同じく静かな正眼で構える俊也の剣圧を受けている。明らかに粗さが矯められ攻防と精神が調和されてきた圧が、俊也から発せられていた。
「さっっ!」
「!?」
ここまでの稽古で気合声を発しなかったイットウサイだが、ここで初めてそれを間合いに響かせると共に、今まで見せたことのないスピードの面打ちを俊也に放った! 身構えてはいたが、虚を突かれた俊也はそれを受けることが全くできず、打ち込まれると共に弾き飛ばされてしまった!
「俊也さん!!」
「ぐっ……大丈夫です。そのまま見ていて下さい」
立ち上がる俊也を待つ師の姿はまさしく修羅そのものである。しかし、それに立ち挑む彼も、修羅の化身と成りかけている。セイラもユリも鬼気迫る稽古をただ案じて見守るより他になかった。
錬成場の外は、雷鳴轟く夕立が降り続いている。