第八十五話 恐ろしいのは……
その日の稽古が終わる頃には、ボロ雑巾のようになっている俊也の姿があった。
(無様だな……)
俊也自身はそう思っていたのだが、周りは誰一人としてそんなことは考えていない。周囲の門人達は一様に、信じられないものを見たという驚愕から静まり返っている。ユリも同様であったが、疲れ果てた俊也の姿に気づくと介抱するため彼に近寄ってきた。
「お疲れ様でした。大丈夫ですか?」
「……ギリギリですが大丈夫です。全然ダメですね……。思い知りました」
「何をおっしゃっているんですか? あんな素晴らしい稽古を私は見たことがありませんよ? 私も父に数度だけ稽古をつけてもらったことがありますが、稽古の形にもなりませんでした。それで父は悟ったようで、稽古をつけてくれなくなりました」
「そういうことがあったのですか」
「はい。正直に言うと、剣士として俊也さんに嫉妬しています。父があれほどまで認めた剣士は俊也さんだけです。もっと自信をお持ちになって下さい」
自分の実力がそれほどとは考えていない俊也であるが、無様と思った稽古姿がユリに嫉妬心を持たせていたとは、全く心中になかった。それも自分の未熟さと感じ恥じている。自分の剣士としての正直な心情を伝えたユリは、もうそのことを気にしていない。というよりは、俊也に自信を持たせるために心情を伝えたのである。
疲労が深い俊也の体力を回復させようとして、それからすぐに、ユリはポーションを持ってきたのだが、一足早く、セイラがキュアヒールの魔法で彼の体力を回復させていた。
「ありがとうセイラさん。楽になったよ」
「激しい稽古でしたね……。剣のことは分かりませんが、それは感じ取りました。無茶はなさらないで下さいね……」
「…………」
「あっ、ユリさん……。ポーションを持ってきてくれていたのか。ありがとう、ちょっと早くセイラさんが治してくれてね」
「いやいいんです。セイラさん、ありがとうございます」
「いえいえ。それではまた明日伺います」
礼と会釈を言い合ったものの、セイラとユリの目は一つも笑っていない。一瞬だけセイラはユリと目線を交え、練成場から帰って行った。何かの釘を刺したようにも受け取れる。
(あの人も俊也さんが好きなんでしょうけど……合わないわね……)
(イットウサイ先生よりセイラさんとユリさんのほうが恐ろしいか……)
俊也とユリは思わず腕組みをして考えてしまった。ただ、頭の中で浮かべている内容は全然異なっている……。