第八十四話 修羅稽古開始!
「大体分かってきたようだね」
俊也の素振りで、鈴は最後まで鳴らなかった。それを見届けた後、イットウサイが彼に話しかけている。イットウサイは俊也なら短期間で鈴の修行を体得すると、最初から思っていたようだ。
「はい。自分でも今までと違ってきた気がします」
「うむ、いいだろう。俊也君、期間が充分あれば他にも準備としてやりたい修行はあったんだが、如何せん時間がない。そういうわけで、一足飛びで次の修行に入ろう」
「はい! お願いします!」
俊也は完全にイットウサイを師として信頼しており、どんな修行も受けこなすつもりでいる。そんな彼の様子を好ましく思い、イットウサイは少しだけ微笑んだ。そして、練成服のみの軽装だったイットウサイは、防具を付け始め。俊也にもそうするように促している。
「イットウサイ先生……これは?」
「次の修行は私と直接行う稽古だ。鈴の修行で体得した動きでかかってきなさい」
「……はい!!」
この練成場の主、イットウサイが直接の稽古をつけるなどほぼあり得ないことらしく、門人がこぞってどよめき、それぞれ稽古を止めて、本館の一隅で対峙する俊也とイットウサイを見に来ている。ユリもその一人だった。門人の中では最も実力がある彼女でさえ、父イットウサイに稽古をつけてもらえたことは数度しかない。
(お父様がこれほどまで俊也さんを認めるなんて……)
ユリは非常な驚きと俊也に対する尊敬、と同時に剣士としての嫉妬も少なからず覚えていた。
双方全く隙がない構えで対峙しているように門人達には見えているが、竹剣を向き合わせている当人達……いや、俊也には目の前のイットウサイが今までと同一人物には見えていない。かろうじて正眼の構えを崩さず、イットウサイの大上段の構えから来る、ともすれば全て呑み込まれてしまいそうな剣圧を必死に受けている。彼の額には冷や汗が滲んでいた。
(この人をどう打てと……!?)
俊也にとっては隙を探すどころの話ではない。イットウサイと対峙するのがやっとで、構えながらにして既に無数の剣撃を打ち込まれた感にさいなまれている。
そうこうしている内に、イットウサイの方から不用意とも見える間合いの詰め方をされた。罠に誘い込まれた獲物のように、それに釣られ、俊也は懸命な面を打ち込む。面は既にそうなるのが決まっていたかのように擦り上げられ、いなすような咎めるような返しの面を俊也は受けた。
「最初はこんなもんさ。続けようか」
バランスを大きく崩し、片膝を突いている俊也は心底思った。
(恐ろしい……)