第八十二話 師の言葉
一日目の修行が終わったが、寝る時以外、鈴を付けて所作の動きの無駄をなくそうと、俊也は腐心していた。次第に日常生活においても無駄のない動きがつかめてきたようだが、一日で完全にものにできるたやすいものではない。
良い具合に疲労し、枕が違うながらぐっすりと眠れた俊也が、翌朝朝食を取っている姿が見える。もちろん修行の鈴は付けたままだ。
「うちの米はおいしいかい?」
「はい。パン食が最近主でしたし、とてもおいしいです」
「しっかり食べてくださいね。おかわりは沢山ありますよ」
「ありがとうございます。ユリさん」
食事中に和やかな会話を交わしつつも、俊也は所作に神経を使っているが、鈴はその間もチリチリと鳴る。修行の期間は短く限られているため、次の段階に早く進みたい俊也には少なからず焦りが見えた。
「俊也君、一つ助言をしよう。焦るだろうが焦らなくていい。ゆっくり気を持ちなさい」
「はい……。ご助言ありがとうございます。気ばかりが先に行ってしまって……」
「うむ。午前中は君の部屋でゆっくりしていなさい。練成場に来るのは午後からでいい。気の走りを制するのもいいだろう」
イットウサイには全て見透かされているようだ。多少の恥ずかしさを感じた俊也だったが、この師に隠せることはないとも理解できた。師の言葉に従い、午前中は自室としてあてがわれた静かな部屋で気の疲れを取るつもりでいる。
静かに瞑想をしたり、窓から見える庭の緑を眺めたりして、俊也は静かに自室で過ごしていた。気の疲れがそれで徐々に取れていくことを彼は感じている。すると、チリチリと鳴る鈴の音も、小さくなってきたことにふと気づいた。
(ここに来てよかった)
心から俊也はそう思っている。剣道を通じ、厳しく剣の道を追い求める中で、彼はこれまで様々な師に教えを受けたが、その中でもイットウサイは特別であった。剣技だけでなく、ここまで深く俊也の心の部分を強めてくれようとした師はイットウサイが初めてである。
小一時間、静かに自室で過ごしていたが、その静寂の中に一つ足音が混じり近づいてくるのが聞こえるともなく聞こえてきた。
「おはようございます。俊也さん、お変わりないですか?」
俊也を心配し、様子を見に来てくれたセイラである。薄紫色のワンピースを着た彼女は、鈴を付け落ち着き座り続けている俊也を少しいぶかしんだが、彼の目の前にふわりと座り、しばらく静かにその様子を見続けた。夏の朝日が強くなってきているが、涼やかな風も吹き込んでいる。