第八話 今度は２匹だ！
こちらの得物は教会の前でサキを助けたのと同じ木刀だが、今度はラダ２匹が相手で、しかも後ろを取って不意をつくこともできない。サキを後ろに守れるのはあの時よりいいが、他はそれと比べて俊也が有利に戦いを運べる要素は少ない。
「サキ、君はそこに居てくれ。俺は近づいてあいつらの標的になる」
スルスルと凶暴なラダに近づいて行く俊也を見て、サキは「ちょっと！ 俊也さん！」と、彼の身を案じ呼びかけている。俊也は二匹いるそれぞれのラダとの間合いを測りながら、優位を取れる位置に回り込んでいた。
「グルルルルル！！」
妖犬はよだれを垂らしながら凶暴な眼光を俊也に向けている。しかし、俊也が今いる位置ならラダを１匹ずつ相手にでき、サキを守ることも気にしないでよい。彼は木刀を得意の正眼に構え、剣先をラダのうち１匹に向けると一瞬の虚をついて間合いをつめ、妖犬の喉元の急所へ正確な突きを決めた。
「ギャン！」
子供の頃から鍛錬を続けてきた俊也が放った渾身の突きである。ラダは断末魔の鳴き声を上げると、ドサリと体を力なく地に落とし動かなくなった。だが、妖犬はもう１匹いる。突きを放った直後の彼に、横から牙を持った大口を開け飛びかかった！
「くっ！ この化物犬め！」
いくらか虚をつかれた形になり、俊也は木刀で攻撃を受け流したものの、左腕に軽い手傷を負った。彼は上段に振りかぶり、飛びかかりを流され体勢が大きく崩れているラダの脳天目掛け、高速で正確な兜割りを放つ！
「キャン！ キャン……」
急所をかち割られたもう１匹のラダもその場に倒れ動かなくなった。どちらも１撃で仕留めることができたようだ。
「俊也さん！ 大丈夫ですか！ あっ……血が出てますよ！？」
駆け寄ってきたサキに俊也は「かすり傷だよ」とだけ言い、何事もなかったように木刀を収めたが、
「ちょっと上着を脱いで傷を見せて下さい」
彼女がとても心配な顔でそう言うので、タナストラスへ来る前に家で着てきたジャージの上着を脱ぎ、サキに手傷を見せた。俊也が自分で言うとおり浅い傷だ。
（…………）
その傷に両手をかざしサキが静かに念じると、彼女の両手の平から暖かく柔らかい光が発せられ、俊也の手傷はその光を受けると共に塞がって治ってしまった。
「……これは！？ サキ、何をやったんだ？」
手荷物として持参してきたタオルで、少しだけ左腕に残っている血を拭うと、手傷を受けた痕はどこにも見当たらない。これには俊也も驚くばかりだった。
「私はキュアヒールの魔法、つまり傷や病気などの体の不調を治す魔法を使えます。カラムの町ではかなりの癒し手として有名なんですよ。戦いは全く苦手ですけどね」
彼の傷をきれいに治したサキは得意そうに笑顔を浮かべている。彼女に出会ってから俊也は驚くことばかり経験しているが、治った左腕をじっと眺め心底驚いている。
「君は色々すごいんだな……。ここに居たら、またラダが寄ってくるかもしれない。なるべく急いで町に行こうか」
手荷物を持ち直して俊也は先を急ごうとしたが、
「ちょっとだけ待って下さいね」
そうサキは言うと、またもや彼を驚かせるような意外な行動を取った。
