第七十九話 修行開始!
案内された客間は簡素だが広々とした空間があり、窓からは庭木などが楽しめる風趣もあった。俊也は一つ部屋を見渡すとすぐに気に入り、荷物を置いて少しの休息を取っている。
ユリとセイラは所定の用が済んだことになるので、その後すぐ、本館に戻って行った。セイラはユリへの警戒もあって何やら心配そうであるが、俊也と客間にとどまる理由も見当たらない。俊也は一人だけ、与えられた部屋に残り、プライベートで静かな休息を取ることができた。
静かな部屋で一時間ほど眠りを取った後、練成場本館に戻る俊也の姿が見える。彼の体調と気力は良好なようだ。
「戻ってきたか。よく眠れたかい?」
「はい。ぐっすり眠れました」
イットウサイはソウジやセイラが帰る前に、俊也がハイオークから大傷を負わせられ、瀕死の体でカラムに戻ってきたことを聞いている。それ故、彼の体調を心配していたのだが、睡眠を取った後の俊也を見て、多少安心したようだ。
「うむ。ところで、君は最近負けたらしいね」
「はい……」
「惜敗かい?」
「えっ!? はい、そうですが……どうしてそれを?」
ソウジから負けた話をイットウサイが聞いたのは分かったが、俊也はどのように負けたかまでは、加羅藤一家の誰にも詳しく話していない。ハイオークの膂力に押され負けたが、テッサイと協力し、敵にかなりの深さの手傷を負わせている。確かに完敗ではなく惜敗である。
「君の顔にも書いてあるし、まあ剣気を見れば分かるつもりだ。私のところで半月修行を積めば、何故、惜敗だったかが分かるだろう」
「俺はもう一度、同じ相手と戦って勝たなければなりません。ご指導お願いします!」
「うむ。では初日だが早速始めよう。といっても、まずはこれなんだが面食らわないで欲しい。ユリ!」
何やら前置きがあるが、イットウサイは俊也に修行をつけるらしい。本館でまた激しい稽古を続けているユリを呼び、修行に使う何かの道具を持ってくるように頼んでいる。
程なくユリは直径にすると3センチ程の鈴を幾つか持ってきた。面食らうなと言われた俊也だったが、意外な道具の登場に怪訝な顔をせざるを得ない。
「その鈴を両肩と腹に一つずつ付けてもらう。鈴の音が鳴らないように動き、竹剣を振って欲しい」
「全く鳴らないようにですか?」
「そうだ。ユリ、鈴を付けてあげてくれ」
「はい」
手慣れた様子でユリは俊也に鈴を付けていく。腹部にそれを付けるとき、少し彼女は顔を赤らめたようだったが、珍妙な修行の始まりにおいてそれに気づくことがない俊也であった。