第七十八話 女の顔
試合後、本館内ではどよめきと喝采が起こっている。どよめきの方がやや多いだろうか。それだけ俊也の強さが意外であり、驚いたのだろう。
「先程は失礼いたしました。お見事です」
「いやいや。ユリさんもお強い。ギリギリでしたよ」
俊也に近づいて挨拶したユリには、試合前に見せた鼻っ柱の強さは見えない。自分を上回った者に対する尊敬の念が態度に表れている。ただ、それを見ていたセイラには、その感情ばかりでなく、さっきまではなかった俊也に対する好意が彼女から感じ取られ、警戒している。
「うちの娘は門下の中では一番の腕前なのだが、一本取ったな。これで私の肚も決まったよ。半月の短い期間だが、しっかり君を鍛えよう」
「ありがとうございます! 半月ですがお願いします!」
「では、私が俊也さんを家の客間までご案内しましょうか?」
「うむ。それがいいな。荷物を下ろして休息を少し取ってからまたこちらに来なさい」
イットウサイの許可を得て、ユリは俊也の案内を始めた。どうも彼女の表情は、好意を寄せた男に対するそれに変わってしまっている。おてんば娘なのだろうが、それゆえに強い男が好きなのかもしれない。ユリのそういった変化に、俊也もイットウサイも気づき始めた。父親のイットウサイは(なるほど……いいかもしれんな……)と何やら考え、様子を軽く微笑んで見守っているが、俊也は戸惑い顔である。
「あら? あなたもこちらへ御用ですか?」
ユリが怪訝な顔でそう言っているのはセイラに対してである。セイラは当然のものとして俊也と一緒にユリの案内についてきていた。
「俊也さんは数日前まで大傷を負っていたために、体調が優れなかったんです。それを私と妹で治療していました」
「そうでしたか……。分かりました。この練成場には傷薬やポーションなど多く備えてあります。俊也さんのことは充分気をつけますので……」
セイラはムッとした表情で、その後の句を継がせず先に言いたいことを発している。彼女も美しくも強い女である。
「私はカラムで一番の癒し手です。私のキュアヒールの魔法で俊也さんの体調を看たいと思っています。セイラといいます。俊也さんが寝泊まりする客間まで案内をお願いします」
「……毎日ここに来られるということですか?」
「そういうことです」
もの凄い火花を散らすセイラとユリを、俊也はとても見ていられなかった。この二人の相性はどうしようもなく悪そうで、今後が思いやられもする。